聖戦の礎 ―出征編― (完結)
再会6
初めてヴァナヘイム元首、オットー・ホフマンと対峙し、ウィルは愕然としてその場に立ちつくした。
一歩も動けなくなったウィルの背中で、重々しくドアが閉じる。それと同時にオートロックが作動した。
目の前には、若き日をドイツの寄宿学校の学生として共に過ごし、互いに高め合った懐かしい友の面影が在った。
広い背もたれの大きめな皮張りの椅子に、広い肩を持つ身体を丁度良く馴染ませてくつろぐ居住まい。心の奥底まで見透かすような双眸を持つ、その表情。少年から大人の男に成長していたとしても、彼である事の特徴は変わらずに存在している。
なのに、その在り方はウィルの知らぬものとなっていた。
「オットー・ヴィルヘルム・フォンデンブラント」
ウィルの声が震える。
否応なく襲う、例え様の無い感情の昂まりは、ウィルを打ち拉いだ。
「──君が『オットー・ホフマン』だと?」
項垂れるその閉じた瞼から、溢れる涙が滴となって零れ落ちた。
もうずっと永い間、敵と認識していた。
数々の確執を重ねて、今も欺瞞を抱えながらここまでやって来た。
混乱と割り切れない複雑な想いがウィルを押し潰そうとする。
「ウィリアム」
ホフマンは立ち上がって、ゆっくりと歩み寄った。
ウィルは俯いたまま、何かから逃れる様に、項を力無く左右に振る。
「ウィリアム・レイノルズ・バーグマン」
HEAVENには、その名を知る者は存在しない。
フルネームなど、軍に在籍してから使用した事など無かった。
その名を口にするこの敵の元首は、自分にとって何者なのだろう。
ウィルは混乱し続けていた。
逢いたいと言った。
その申し出の意図とは、この事だったのか……と、ウィルはやっと理解した。
ふと、近づいて来ていた靴音が、傍で止まった。
伏せていた視線を持ち上げると、そこには敵国の元首が、穏やかな視線で自分を見つめていた。
「助けに来てくれたのか?」
その問いに、すぐには答えられない。
「何故……偽名を?」
「悪事を働くのに、真の姿を晒す馬鹿者などいない」
泣き濡れた顔を拭おうともせず、ウィルはホフマンを見上げた。
恨み事のひとつでも言いたげなその表情に、ホフマンは苦笑する。
「何を怒っている」
その指摘で、ウィルは自分が今、どのような表情でいたのかを知った。
自身のその顔を両の手で覆って、ゆっくりと呼吸を整える。
涙を押さえて、感情の平静を取り戻すように務めた。
「……止めよう」
やがてウィルは、冷静な自分を取り戻した。
「済まない。突然の事だったので……」
背筋を伸ばして、いつもの美しい佇いを見せる。
そして、決然とホフマンに向かった。
「わたしは、HEAVEN防衛軍総帥の命を受けてここに来た。大統領との同盟を……」
「国家間の条約は控えたい。今後が面倒だ」
ホフマンはにべもなく断った。
ウィルは意外な返答に戸惑う。
その反応を見て、ホフマンは口元を綻ばせた。
ウィルは、このヴァナヘイムを本気で護りに来たらしい。
それとも、今になってそう思い始めたのか。
ホフマンは、満足そうにウィルを見つめた。
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