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聖戦の礎 ―出征編―  (完結)
決意1



8.決意



 HEAVEN防衛軍統合本部のビルから、少し離れた場所に防衛研究所のビルがある。
 林の中にあるビルと隣接するテスト飛行場は広大で、工場を含めると本部の約半分の敷地面積を有している。
 開発研究部機甲開発課の研究室で、課長小松原礼が総帥の依頼を受けて、ヴァ・ルーに造設したポートのテストと調節に取り組んでいた。
 小松原は、今回の生体融合兵器の開発のために五年の歳月を要し、その時間の殆どをこの研究室の中で過ごしてきた。
 防衛大学の医学部研究室で大脳生理学の研究をしていた恋人とともに開発を進めてきたが、小松原のあまりの没頭ぶりに愛想をつかされて、ヴァルキュレイの完成と同時に三行半を叩きつけられた。
 研究員たちの証言によると、元々物事に没頭しがちなタイプだったが、生体融合兵器の開発は余程興味深かったのか、その熱中ぶりは見事だったと言う。
 彼女が居る時は色々と世話を焼いてくれた為に、何とか体面を維持できる体裁は保っていたが。彼女が出て行ってからはどんどん荒んでしまったらしい。
「ハカセ……風呂入ってる?」
「入ってるよ」
 確かに、週一回は入っている。
「着替えてる?」
「着替えてるよ」
 約三日に一度は着替えているが、白衣は週一ペースなのでヨレヨレで薄汚れていた。
「食べてる?」
「食べてるよ」
 一日に一二食、それも合わせて通常の一食分に満たない。
 頭を使うので、糖質だけは辛うじて必要量を摂っていた。
 睡眠は当然とっていないだろうから、聖はあえて尋ねなかった。
 聖の質問に面倒くさそうに応えながら、コンピューター端末のキーボードを亡霊のような姿で叩き続ける様は、鬼気迫るものがある。
 彼女にふられてこうなったのか、こうなってふられたのか。
 ただ、ここまで酷くなったのは、やはりふられてからだろうな……と、聖は呆れていた。
 もとの、爽やかで優しげな二枚目だった頃の小松原を知っているだけに、これは少しインパクトがあり過ぎる。
 少しだけウエーブのある髪は伸び放題で、既に長髪の域に達しており、左の襟元で無造作に括られている。
 髭はたまに剃るのか、まばらな無精髭止まりでいる。
 たぶん、ずっと研究室に籠っているのだろう。陽に当たらない肌は、静脈が透けて見えるほど青白い。痩せてしまった首筋は細く、白衣の襟元の隙間が大きくて、まる見えの浮き上がった鎖骨が生々しくも痛々しい。
 それはもう、救いようのない状態だった。
「OK、問題ない。あとはシミュレーションで、指令系統の感覚を掴む事が出来ればいいだろう」
 小松原は立ち上がって、安楽椅子に座っているヴァ・ルーのポートに接続していたコードを外した。
「気分はどうだ?」
 小松原は、ヴァ・ルーの視界を遮っていたスクリーングラスを外して尋ねた。
「大丈夫。何でもない」
「感じは?どういったイメージかな」
 脳内に直接投影されるデータについて再確認した。
「夢を見ているような。自分でコントロールできないイメージがあって」
 ヴァ・ルーは然程驚いた様子もなく淡々と答える。
「あれが外部入力されたデータなのだろう。……そんな感じだ」
 やんわりと微笑み返すヴァ・ルーは、小松原を見つめてしばらく何かを考えていた。
 そして、意を決したように小松原に進言した。
「今すぐ湯浴みと食事をして、眠った方がいい。美しいのに……美しくない。それは罪な事だ、博士」
 真っ直ぐに向けられる澄んだ水色の瞳に見つめられて、小松原はばつが悪そうにぼりぼりと頭を掻いた。
「――叱られちゃった」
 聖に向かって、照れくさそうにぽそっと呟く。
 ほんのり赤くなった顔とその仕草が素直で可愛いと、ヴァ・ルーは感じる。
 聖は、やれやれといった呆れた顔で、肩を竦めた。
 彼女にもいつもこうやって叱られていたのだろう。
 この男は本当に、もうどう仕様もない。一歩違えば、引きこもりのオタクだ。
 しかし、そのお陰で、HEAVENの軍事力は今までにない進化を遂げた。
 このどう仕様もない引きこもりヲタクの男の力が、HEAVENを救ってきた。
 そう考えると、邪険には出来ない。
 幸い、言いにくかった事を、ヴァ・ルーがすっきりと伝えてくれた。
「シャワーは何処にある?」
 ヴァ・ルーが小松原に尋ねた。
「ああロッカールームの……」
 小松原が言いかけると、ヴァ・ルーはその手を取ってそこに向かうよう促した。
「案内してくれ、わたしも汗を流したい」
 聖は、そのヴァ・ルーの申し出に驚いた。
 一体、何がどうなって、そうなるのか。
 聖の驚きを余所に、ヴァ・ルーは薄汚れた小松原を連れて、研究室から出て行ってしまった




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あきゅろす。
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