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終焉の時はなく
恋情4



 深夜、ハンナは眠る早乙女をベッドに残し、部屋を抜け出して行った。
 誰にも自分を悟られぬように作業着に身を包み、長い金髪は無造作に束ね、深くキャップをかぶっていた。
「−はい……」
 居住区の個室のひとつを訪ね、インターホンのコールボタンを押すと眠そうな声が返ってきた。
「ブレンダ、わたしだ」
 周囲を気にしながら、ハンナはブレンダに告げた。
「わたしじゃわかんないよ」
「ハンナ……ハンナ・ルビーシュタインだ。話がある、入れてほしい」
「ハンナ?」
 ブレンダは驚いてインターホンを切ってからドアを開けた。
 ドアが開いた途端、ハンナがブレンダを部屋の中に押し戻しながら強引に入りこんでドアを閉めた。
 ブレンダは突然のことに驚きすぎて茫然としていた。
 突然の訪問もさることながら、その姿にも驚く。
「どうして」
「ここではまずい。こっちへ」
 ハンナはブレンダの腕を掴んで、有無も言わせずバスルームに連んだ。
「ここなら、たぶん大丈夫だろう」
 ハンナは辺りを警戒して見回してからブレンダと向き合った。
「一体どういう事です?」
 ブレンダは、尋常ではない様子のハンナに半ば憤りを感じながら質問した。
「おまえに、頼みたい事がある」
「わたしに?」
 ブレンダは怪訝そうに尋ねた。
 あまりにも彼女らしくない在り方に戸惑う。
「おまえにしか頼めない。いろいろ考えたが、シンゴの事を頼める者はおまえしかいないのだ」
「シンゴがどうかしたのですか?」
 ハンナの言葉を聞いてブレンダは驚いた。
 権力者である彼女のもとにいながら、何があったというのだろう。
「もうわたしの力ではどうする事もできない。わたしの権限を越えたところで……。シンゴを守りきれなくなってしまった。」
 取り乱して涙するハンナの様子を見てブレンダも動揺する。
 ブレンダはハンナの肩を支えて問いただした。
「いったいどういう事?ちゃんと説明して!」
「総帥が、シンゴの素性に気づいたとしか思えない」
「まさか」
「今回の作戦から、わたしは外されてしまった。総帥の命令で要塞に残らねばならない。シンゴはわたしの代わりに作戦の指揮を執る」
 ハンナの瞳が悲しみに歪んだ。
「わたしの予感が正しければ、シンゴはその作戦中に……」
「消されるというの?まさか、総帥が前線になど出るわけがない」
「自分の手を汚さなくとも、巧妙な手口でいくらでも可能になる。今までにもそんな人間を、何人も見て来たのだ」
 ブレンダは愕然としてハンナを見つめた。
「わたしが……おまえにこんなことを頼める立場ではないと分かっている。だが、シンゴを頼めるのはおまえしかいないのだ。シンゴを守ってやって欲しい。……惨めな死に方は……させたくない」
 あふれる涙を拭おうともせず、必死に懇願するハンナを見ているうちにブレンダは同情を覚えた。
 自分と同様に早乙女を思うハンナが身近に感じる。
「……ひとつだけ、聞いてもよろしいですか?」
 ブレンダの問いにハンナは視線で応えた。
「彼は、あなたを愛していますか?」
 その問いはハンナを消沈させた。
 恨みがましい視線でブレンダを見る。
「分からない。……多分、まだ誰も愛せないのだと思う」
 ハンナの正直な答えにブレンダは苦笑した。
 好きな男のためにこんなに必死になって、素直で可愛いとさえ思えるハンナの在り方を誰が知るだろう。
 ブレンダは嬉しかった。
「シンゴはわたしが守る。決して独りで死なせやしない。……随分前に、シンゴにそう約束してあります」
 ブレンダは決意の微笑みを見せてハンナに応えた。
 ハンナの表情が途端に緊張から解放されたように変わった。涙に腫れてしまった顔が、華やかな笑顔に飾られた。
「ありがとう」
ハンナは一縷の望みをブレンダに見出した。


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