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終焉の時はなく
触れて欲しくない3



「待ってくれ隊長!」
 やっと追いついた野村が次郎に声をかけると、次郎は荒い呼吸に肩を上下させながら足を止めた。
「誤解すんなよ?」
 野村も息があがって言葉が吐息と交じる。
「誤解?」
 次郎は不機嫌そうに野村を振り返った。
「僕と蘭の事」
「……なにが誤解だ。下手な言い訳はよせ。誰にも言わないから安心しろよ」
「ちがうって。冗談だよ。……ふざけてただけだって」
「おふざけでああいう事が出来る関係ってのも、すげぇよな」
 次郎は野村の言い分に全く耳を貸そうともせず、再びそこから去ろうとした。
「待てよ」
 次郎の肩を掴んで引きとめる野村。その手はすぐに払われた。
「何怒ってんのか知んないけど。あいつのこと変な目で見んなよ?あれは本当にそんなんじゃないんだから」
「怒ってなんて……」
「怒ってるよ」
「何で俺が怒んなきゃなんねーんだ?」
「……蘭丸を奪られたとでも思ったんだろ?」
 野村の指摘で、驚いた次郎の顔が瞬時に赤くなった。
「え?図星だった?」
 野村は思いがけない次郎の反応に驚いた。
「ば、ばか!そんな……ガキじゃあるまいし!」
 次郎の拙く言い捨てる言葉で、野村はその動揺の意味を知った。
(だろーなぁ……。そういうレベルかぁ)
 次郎は、友人を奪られて不機嫌になっている。そう思われたと感じて動揺を見せたのだろう。
 野村はそう理解した。
 前途多難な森の純情に同情する。生半可に好かれているだけにタチが悪い。
「じゃ、あいつとは今まで通りにつきあってくれ。本当にあれは僕の冗談なんだから」
 野村は念を押した。
 次郎は野村の気迫に圧されて、ただ「解った」とだけ返した。
 野村は安心したように微笑みを返してから踵を返して去ってゆく。
 自分が知っている頃とは、全く違って強気な野村の変貌にむしろ感心して。次郎は茫然と野村を見送った。



 個室にひとり取り残された森は、半ば諦めた表情でベッドに座り込んで、すっかり気落ちしてうつむいていた。
(知られたよなきっと……僕がゲイだって事)
 森は深く、深くため息をつく。
(もう。側にいられないよな。……隊長、ホモ嫌いだもんな)
 普段の土井垣に対する冷たい仕打ちを見ていて森はそう覚悟した。
 しかし、考えれば考えるほど悲しみが込み上げてきて仕方がない。
「くっそぉ――っっ!!あの野郎!おぼえてろよぉっっ!!」
 自棄になって泣きながら悪態をつくと、ドアを開けて次郎が現れた。
「おま……どーしたんだ?何、泣いて」
「隊長?どうして……」
「いや……あいつが冗談だって言ってたから。誤解して、悪かったなって……」
 穴があくほど見つめられて、次郎はばつが悪そうに不器用な言葉を綴る。
 森は更に涙を零しはじめた。
 目を疑いたくなる次郎の態度が、この上なく嬉しかった。
 すると、そんな森の泣き顔を見た次郎は、再び野村を疑いはじめた。
「あいつ、冗談なんて言って逃げやがって、本当はマジで犯ろうとしていたんじゃ……」
「ちがうよぉ!本当に冗談なんだってば。あいつ、そんな事するようなヤツじゃないよぉ」
 森は慌てて否定した。
「じゃあ、なんでそんなに泣いてんだ?」
「だって、あいつのせいで隊長に変な誤解されたから」
 森はユニフォームの袖口で涙を拭いながら訴える。
 次郎は、そんな幼さの残る子供のような仕草に心を和ませた。
「野村はちゃんと説明してくれたよ」
 次郎はベッドに腰掛けて森の泣き顔を覗き込んだ。
「ごめんな。おまえらがダチだって分かってんのに、変な想像しちまって」
 頼りなく不安を見せる森は黙って次郎を見つめる。
「どうも、海兵隊の毒気にあてられっぱなしで。すぐ変に考えるようになっちまって。……悪かった」
 次郎の考えは間違ってはいなかったのだが、森にとって次郎の判断は幸運だった。
 森はゆっくりと首を横に振った。次郎のほうから謝られては心苦しい。
「……だから泣くなって」
 次郎は自分のシャツの裾を掴んで森の涙を不器用に拭う。
「おまえの泣き顔を見るのなんて、あの時以来だな」
 ベルト上からめくられたシャツまでの露わになった肌に、森の目が眩んだ事など気付きもしないで、次郎は包み込むような優しさを向けて微笑んだ。



 自分の盾になって戦死した森の後を追うように、HEAVENにやって来た。
 暖かく淡い日差しの中で目覚めると、そこに森の泣き顔があった。
 若さゆえの感情の乱れが、一瞬の判断を狂わせて。その原因が、何故か目の前で、悲しそうに自分を責めていた。
 自分でも解らない。
 森の死を目の当たりにして、押さえきれなくなった感情の乱れは、自分の命までも奪い去った。
 それでも後悔はしていない。
 常に傍にいる存在を、もはや失ってはいられない事に気付いてしまった。
 戦友という呼び名の、それ以上の存在。
 次郎はこのとき初めて、自分のなかにある独占欲を知った。




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