終焉の時はなく
届かない想い6
薄闇のなか、響姫はシーツをまとっただけの姿で、窓際から漆黒の闇を眺めていた。
HEAVEN艦隊がドック衛星に寄港して3日目。艦の整備と補給は順調に進み、多忙な時間を互いに調整しながら、ようやく人心地がついた杉崎とプライベートを共にしていた。
動力システムの低い唸りが微かに聞こえるだけの静かな部屋には、仄かに足元を照らす照明だけが灯っていて、昼夜の別無く過ごしている彼らの時間の感覚を麻痺させる。
静寂が支配する時の流れのなかで、甘く香る煙りをくゆらせながらぼんやりと佇んでいると、やがて目覚めた杉崎が、思索に耽る響姫の姿に気付いて声をかけた。
「どうした?」
ベッドの上でゆっくりと上体を起こす杉崎の肌は露わで、その姿を見つめる響姫の視線は情動を見せない。
「う……ん」
吸い終えた煙草を灰皿に押し込んで答えを探す響姫。
杉崎はベッドに俯せて枕元の煙草を一本取って火をつけた。
「ズルズル流されて……こんな関係続けていって。いいのかなって思ってさ」
たった今思いついたような決め科白を言ってみる。
何を考えていたかなど言えるわけもなく。どうにもならない事を、未だに思い続けていると知られたくはなかった。
こんな静かな夜が続くとどうしても思い出してしまう。
あの恋人と肌を合わせたのはたった一度だけ。そのたった一度の事があまりに幸福で、切なすぎて忘れられないでいた。
自分の持てる情熱の全てを捧げながら、絶えず甘くささやく早乙女の声も、ぬくもりも、鼓動さえも、今も鮮明に肌に焼き付いて離れない。
あの思いを、どうして忘れる事が出来るだろう。
今はもう自分さえも裏切り去って行った早乙女だが、幸福だった甘美な交歓の記憶は響姫を捕らえて放さない。
時折鮮やかに明るくなる煙草の火が杉崎の顔を紅く照らす。
感情を伴わない乾いた横顔が冷たく感じた。
「……煮詰まった女の科白だな」
勿論、響姫自身もそう思う。
「今まで何人に言わせてきた?」
からかい半分に尋ねると、杉崎の表情が凍りつく。図星か……と響姫は直感した。
「記憶にない」
「非道ぇ男……」
いささかの動揺も見せずに、あたりまえの事のように応える杉崎。響姫はクスクス笑いながらベッドヘ戻った。
「なぁ」
杉崎に寄り添う響姫は、枕元から杉崎の顔を見上げて訊ねた。
「もし、俺があんたに溺れていったら。あんたどうする?」
思いもよらない響姫の問いかけで、いささかの動揺をみせた杉崎だったが。響姫の口元に見えた揶揄を含んだ笑みが平静さを取り戻させた。
「何を企んでいる?」
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら問い返す。
「やっぱり、鬱陶しくなって逃げるのか?」
揶揄を含んだ表情が憎めなくて、つい可愛いと思ってしまう。
そんな感情を修正しながら、杉崎は仰向けに寝転んで響姫の腰を抱き寄せた。
胸に抱き上げて、唇を寄せて、キスで響姫を黙らせる。
「決着がつくまで、そういうのは無しなんだろ?」
杉崎の一致しない言動は響姫を迷わせた。
気がつけば、いつも杉崎が側にいた。
その優しさに、つい甘えてしまった自分がいた。
たったそれだけの事だったのに、なぜか今更ながら理由が欲しくなった。
いつの間にか、当たり前のことになってしまった逢瀬を続けていくための約束が欲しい。
自分が特別な存在であることは望まない。
自分には忘れられない想いがあるから。
ただ、こうして共に在る理由が知りたいと思う。
慰めだけの関係と割り切るには、心まで許しすぎた。
響姫は、杉崎の本心を探っていた。
「上手いな。……逃げ方が」
杉崎を責めると「溺れる事なんて出来もしないくせに」と、すぐに切り返されて、自分を射抜く双眸に縛られて言葉を失う。
溺れる程愛する者は他にある。しかし、魅かれているのは事実だ。
響姫は行き場のない想いに焦れていた。
それは、杉崎にしても同様で。響姫の悲しみを受け止めてから、今までとは違う感情が自分の中に育ってきた事に気付いていた。
この、遣る瀬無い感情の正体が分からない。
分かりたくないと、あえて目を逸らしているだけなのかもしれない。
早乙女と響姫が互いを必要としていると、強く自分に言い聞かせて。感情を圧して、自分らしい在り方を探っている。
それは、杉崎の欺瞞に外ならない。
13.届かない想い
──終──
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