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終焉の時はなく
届かない想い3



 作戦が終了してからずっと、ブレンダは塞ぎ込んだままだった。
 正確には、早乙女がブレンダ隊を去ってからで。自分のために隊員たちを窮地に追い込んでしまった事を後悔していた。
 しかも、早乙女が自分の手の届かない所へ行ってしまった。それが、彼女の心を更に沈ませる。
 事情を知っている隊員たちは何度かブレンダにアプローチしたものの、自分の責任を問うブレンダにはその慰めも通じない。
 覇気を失ったブレンダは、休憩室の窓から出陣して行くイワノフ艦隊をぼんやりと見送っていた。
 衛星要塞へ向かう艦隊から分離し、フェニックス艦隊を撃沈に向かうイワノフ艦隊は、決戦の座標へと陽動する役割を担っている。
 ホフマンは、雌雄を決するために次の作戦へと速やかに動き始めていた。
 休憩室に独り佇むブレンダは、自分を呼ぶ声に気付いて振り向いた。入口に立っていたのは、今もブレンダが思い続けていた早乙女だった。
 突然のことに驚き、困惑した視線を向けるブレンダに、早乙女は以前と変わらない笑顔を向ける。
「どうしたの?そんな顔して」
 ブレンダの困惑の意味が解らなくて、不用意に尋ねて近寄ろうとした早乙女は、ブレンダたちにリスクを負わせてしまった事を思い出して笑顔を失った。
「ごめん……ブレンダ」
 早乙女は行動を控えて、直ぐにそこを立ち去るために背を向けた。
「待ってシンゴ!ちがうの!」
 ブレンダはあわてて早乙女を引き留めた。
「あんたが謝らないで……。お願い」
 辛そうに訴えるブレンダを、早乙女は不思議に思いながら振り向いた。
「どうして?悪いのは僕なのに」
「ちがう。あんたは少しも悪くない。……誰もそんなふうにあんたを見ちゃいない」
「僕の存在が隊に迷惑をかけた。僕が悪いんだよ」
 諦めたような表情で俯く早乙女だったが、すぐに気を取り直して笑顔を見せた。
「でも安心して。ルビーシュタイン閣下が身の安全を保障してくれたよ。……君たちの事も」
 早乙女に笑顔を向けられてブレンダの胸が痛む。
 ハンナが早乙女を手元に置くために銃殺という言葉で脅しをかけたが、それが本気だとはブレンダも思ってはいない。この重要な時期にパイロットを無駄死にさせるほどハンナは愚かではない。
 自分たちの立場が約束されて安心した一面はあるものの、一方では二度と手の届かぬ相手となってしまった早乙女が、ハンナの采配を嬉しそうに口にする様子に堪らなく嫉妬を感じる。
 それはあまりにも惨めな感情だ。
「あたしと一緒にいるところを見つかったら……」
 ブレンダは、歩み寄ってくる早乙女の立場を案じた。
「大丈夫。行動の規制までは受けていないよ」
「でも……」
 ブレンダは、切ない視線で側に佇む早乙女を見上げた。
 もう、彼に抱かれて眠る事などかなわぬ願いなのだと実感する。
 ハンナの采配で昇進し、いつのまにか高官の側近のみが着用する黒いユニフォームが馴染んでいる。以前とは違う光に透ける淡い髪色と、耳元に輝くブリリアントカットのピアス。高級で優秀な軍人でありながら、特別に洗練された姿が今の早乙女のなかにある。
 多分これからも、ハンナの手によってより繊細に磨き抜かれて昇進し続けるのだろう。それは、自分たちの立場の保障を示してはいるものの、変わっていく早乙女の姿を見るのはブレンダにとっては辛い事だった。
「ハンナは、あんたの事を愛しているから」
 ブレンダはそう言って、力なく視線をおとした。
 早乙女はその言葉に苦笑する。
「僕はべつに、愛人をやってるわけじゃないんだけどなぁ」
 クスクス笑う早乙女に、ブレンダはばつが悪そうな表情を向けた。
「それに、閣下は総帥を愛している」
「でも。随分、目をかけてもらっているみたいだ」
 ブレンダの指摘で早乙女は答えに詰まった。
「うん。……そうだね」
「あんたは?ハンナを愛してるの?」
 早乙女は苦笑した。
 肯定しても否定しても、なんらかの形で自分の立場に影響する質問だと思う。そして一方では、自分の身を守るために、計算高く言動にそつがない自分自身に嫌気がさす。
「敬愛しているよ。心から」
 早乙女の模範的な回答にブレンダは失笑した。
「上手い逃げ方」
「困らせないでよ」
「あんたの本当の気持ちが知りたいのよ。いつも自分の気持ちを隠して、他人の感情を傍観しているんだもの」
「仕方ないでしょう。僕は亡命者なんだから」
「……あんた、そうやって一生ハンナの影にいるつもりなの?」
 ブレンダの問いは早乙女を当惑させる。
「考えたこともなかった……そんなこと」
「あんたは全てに無関心すぎるわ。自分の未来に不安を感じる事はないの?」
 どうして彼女は、正直に答えてしまったら自分の立場が危うくなるような質問を、こうも次々にあびせかけてくるのか。早乙女は再び苦笑する。ハンナに拾われなければ、命さえ無かったかもしれない。それはブレンダもよく知っているはずなのに。
「どうして、そんなに僕の心配をしてくれるの?」
 早乙女はブレンダの質問の数々に逆手で切り返した。
「それは……」
 ブレンダは一瞬答えに詰まったが、視線を逸らしながらも素直に告白した。
「あんたのことを……愛してるからよ」
 諦めながらも、それでも変わらずにいたその気持ちを言葉にする。
(最悪……)
 早乙女は何も返せなかった。もちろん、それはブレンダの気持ちに対してではなく、今まで自分がしてきた事に対しての評価だった。




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