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終焉の時はなく
情熱8



 一歩後ろをついてくる沢口を意識しながらフライトデッキへと向かう杉崎は、立川に指摘された事を思い出す。立川と同様、沢口をいつまでも束縛できるわけではない。
 自分たちは所詮は組織の人間で、組織が下す辞令に抗う事など出来るはずもない。
「……おまえが希望するなら、人事にかけあってもいいぞ」
「え?」
 不意に杉崎からもたらされた言葉は、沢口を驚きで拘束した。
「おまえもそろそろ上のポストを狙ってもいい頃だ。戦が終わってからになるが……昇級試験さえ受ければ、遮那王の副長にだって推薦してやれない事もない。弁慶も、艦長職へのくちがかかっているし……」
 何げなく話し続ける杉崎の後ろで沢口は足を止めた。
 全身が痛む程の悲しみに襲われて表情が凍りつく。
「沢口?」
 沢口の気配が遠くなった事に気付いて振り返った杉崎は、愕然として佇む沢口の瞳が潤んでいる事に気付いた。悲愴な表情で涙を浮かべる沢口の姿に狼狽する。
「な……んだ?」
 思いもよらない沢口の反応にどう対応していいか分からない。
「……自分では……艦長のお役に立てないのですか?」
 震える声が杉崎の胸を圧迫する。沢口の痛みが伝わってくるようだった。
「そんな事は言っとらんぞ」
「嫌です」
 決然と告げる。杉崎は、自分に逆らう沢口を初めて目の当たりにした。
「自分は、艦長の側で働きたいです」
 俯いてユニフォームの袖で涙を拭う姿に、杉崎の胸が疼く。
「ずっと艦長の下に帰りたいと、今度こそお役に立ちたいと思っていました。いつかはそれも叶うだろうと思って軍に在籍して……」
 嗚咽をこらえるように言葉を詰まらせる。沢口の縋る瞳がふたたび杉崎に向けられた。
「自分は、艦長が」
 そこまで言いかけて、言葉を呑み込んでためらいを見せる。
 杉崎は、そんな沢口の思いを快く感じている自身の感情に困惑した。
 感情の質に違いがあっても、互いに魅かれ合っているのは事実で。沢口の言わんとしている事も、十分に分かっている。
 今更、どうしてこの可愛い部下の手を離せるだろう。
 立川の言う理屈は分かっていても、感情がそれを否定する。
 その気もないのに残酷だと言う。
 しかし、その気はなくとも特別な感情は確かにある。それではだめなのだろうか。
 杉崎は、理屈では割り切れないこの部下への愛情を認めざるを得なかった。
「いい年して泣くな、みっともない」
 意を決して沢口に歩み寄る。
 迫られてたじろいだ沢口の身体は、強引に杉崎の腕によって拘束された。
 ハラスメント行為だと苦言を申し立てる者が居るかもしれない。上官の権限を悪用していると責められるかもしれない。
 それでも、どうしょうもなく沢口が可愛い。
「艦長?」
 長く力強い腕が自分の肩を抱き寄せる。
 信じられない杉崎の行動に沢口は唖然としていた。
「俺の側に居るんだな?人事にはもうかけあってやらんぞ」
「……はい」
 沢口の表情が変化し、その瞳は喜びに潤んで目元が淡く色づいた。
「ずっとフェニックスのシューティングオペレーターで終わってもいいのか?」
「艦長のために働く事ができるのなら、かまいません」
 沢口の手が杉崎のユニフォームの脇を掴んで応える。
 そんなひたむきな素直さが、杉崎にとってはこの上なく可愛いと思える。
 所詮は組織の人間であろうとも、自分の望みぐらいは叶えたい。
 はたから見れば危険な関係だろうが、今の杉崎にとって外野のうるさい声などどうでもよかった。
 しかし、そんな杉崎の甘い感情を沢口の身体の反応が現実へと引き戻した。
「おまえ……その動悸はなんだ?」
 いささか呆れられながら指摘されて、沢口は慌てて杉崎から離れた。
 ドキドキを通り越して、ドクドクと脈打つ興奮が杉崎の身体にも伝わっていた。
「あ!……いえ、その……嬉しくて」
「嬉しくて赤くなるのか?」
 自覚していなかったさらなる指摘で、更に鼓動が高鳴り、肋のなかで心臓が暴れるのを自覚する。
 杉崎は、抱きしめられただけで昂まってしまう沢口の幼さを直感した。
 もしかしたら、簡単に反応してしまっているかもしれないと思う。
「……おまえ、童貞だろ」
「どっ!……どうしてそれをっっ!!」
 動揺を通り越して恐慌に陥る沢口を見て、やはりそうだったか……と、杉崎は笑い出しそうになるのをこらえていた。
「いや……ただ、なんとなくな」
 何げない自分の言動が、沢口にとっては挑発にもなりうる。
 杉崎はなるべくそっとしておく事で、沢口との関係を保つよう自重する事を決めた。
「帰るぞ」
「はい」
 何がなんだかよく分からないまま、沢口は先を急ぐ杉崎の後を追って行った。
 自分は杉崎の機嫌を損なったわけではないらしい。
 もしかしたら、自分の気持ちを知られたかもしれないが、杉崎はそんな事には関心がないようだ。
 恋心を全く気づかれないのは少し寂しい気もするけれど、これからもずっと側にいる事を認められた喜びに沢口は満足していた。

 ふたりはふたたび、何事も無かったようにフェニックスへと帰艦していった。



12.情熱
――終――

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