[携帯モード] [URL送信]

終焉の時はなく
情熱3



『――沢口少尉。お近くの内線をお取り下さい』
 休憩室で橘とともにすごしていた沢口は、艦内放送を聞いてすぐに休憩室の受話器を取った。
「……沢口です。あ、艦長……はい!了解しました。至急、そちらに参ります」
 ラインを切った沢口は嬉しそうに橘を振り返った。
「悪い。俺、仕事が入った。セレスに行ってくる」
 少しも悪びれた様子はなく笑顔を向ける沢口に、橘は同様の笑顔で応えた。
「ああ。行ってこい」
 艦長からの呼び出しに喜びを隠せない沢口の笑顔は、橘まで幸福な気分にさせる。
 橘は快く沢口を送り出した。



「杉はん!」
 沢口を伴った杉崎がフライトデッキに向かう途中、後ろから追いかけてきた立川に呼び止められて足を止めた。
「あんたに、もうひとつ報告しておきたい事があって……」
 立川は杉崎の傍らに立つ沢口を一瞥した。
 人払いが必要な状況を暗に了解した杉崎は、沢口に先に行くように命じてから立川と向き合った。
「あいつを連れて行くのか?」
 立川は先を急ぐ沢口の後ろ姿を見送って杉崎に訊ねた。
「ああ」
 杉崎の返答を聞いて立川は杉崎を見据えた。
「あんた、随分あいつを可愛がってるよな」
「また、そーゆー事を言う」
 立川の指摘に杉崎は辟易した。
「あいつの気持ち、知らないわけじゃないだろう?」
 咎めるような立川の口調に杉崎は戸惑う。
「何が言いたいんだ?」
「残酷だって、言ってんだ」
 立川の一言は突然すぎて不快だ。杉崎の視線が険を帯びた。
「どういう意味だ」
「鈍いんだよあんた」
 立川は呆れながら杉崎に告げる。
「沢口はあんたを慕ってる。俺だって薄々感付いていたくらいだ。ずっとあんただけを見つめてきた」
 立川の沈んだ声は、沢口への同情を物語っていた。
「それくらい知っている。だからこそ俺について来ているんだろう」
「なんにも解ってねーよ、あんた」
 視線を床に落としながら、言葉を続ける。
「あいつはずっとあんたに恋してきた。そりゃもう命懸けだ」
 突然の告知に杉崎は唖然とした。
「もし、あんたが危険に晒されるような事があったとしたら、あいつは迷わずあんたの盾になるだろう。それは忠誠心なんてクサいもんじゃなくて、純粋に愛情のなせる技だ。」
 立川は視線を持ち上げて杉崎を見据える。
「たかだか二十歳の男でも、本命にめぐりあう事だってある」
「なんで……おまえが、そんな事」
 その手の話題に関してはいつも相手にしなかった杉崎が、驚きを隠せない表情で動揺を見せた。
「ちょっと締め上げただけで、あいつ自分で白状したからな」
 杉崎は唖然とした。勿論、立川のそれは言葉の綾だ。
「おまえ、なんて事……」
「あいつ、杉はんの迷惑になるから誰にも口外しないでくれって。いじらしいよなぁ……。そいつが、他所の男抱いてるとも知らねーで」
 杉崎は険悪な感情に支配されそうになったが、立川の誤解は解いておきたかった。
「あれは違う。そんなんじゃない」
「バックレは通用しないぜ。俺はあんたがストレートだと思っていたから沢口に関してはそっとしておいたんだ。けど、こうなっちゃ、黙っている訳にはいかなくなったんでね」
 立川は強引な物言いで杉崎に迫る。
「俺にとってもあいつは可愛い部下なんだ。その気もないのに期待させるような真似はしないで欲しい」
「俺がいつ、そんな」
「いつも過剰に猫可愛がりしてるだろう。あれは明らかに上官の態度としては行き過ぎだ。……誰だって期待するさ」
 図星を指されてばつが悪い。杉崎は反論出来なかった。
「これからは身の振り方を考えるんだな」
 立川の指摘は耳が痛い。確かに自分が気に入っている部下とはいえ距離が近すぎた。
「有り難い忠告感謝するよ」
 事実を真摯に受け止めて立川に返す杉崎の言葉は、立川にとっては意外な一言だった。そんな言葉の裏にある杉崎の本心が知りたいと思う。
「あんたの気持ちはどうなんだ?」
「部下を可愛いと思う気持ちならあるが……」
「つれないな」
 立川は残念そうにため息をついた。
 それは、沢口を応援している下心が見え見えな態度で、杉崎は困惑する。
「報告したい事ってなんだ」
「ああ」
 立川は本題を思い出す。
「早乙女と先生。何かあったのか?」
「え?」
 突然、核心に触れるような質問に杉崎は身構える。
「早乙女は早乙女で記憶がないくせに随分先生を大事にしていたし……。先生は早乙女と出会った事で相当ダメージを受けている」
 杉崎は呆然と立川を見つめ続けた。
「あのふたり……もしかして」
「どういうことだ?おまえ、先生を拾ってきたんじゃないのか?」
 狼狽している杉崎の様子が立川には理解できない。
「いや。先生は、気を失っていたから早乙女とのやり取りは知らないが。先生は早乙女から預かったんだ。あいつ、大切そうに抱きかかえて。決して傷つけてくれるなと言い残して……」
 立川からの報告は杉崎を愕然とさせた。
「あんたに口止めされていたから、先生にも言わなかったけど」
 早乙女の言葉は嘘ではなかった。たとえ記憶を失っていようとも、今でも変わらずに響姫を愛していた。
 杉崎はそんな早乙女の思いを知って、呼吸が苦しくなるほどの胸の重圧を感じた。
「そうか。……解った」
「どうだった?先生」
「なにが?」
「フォローしたんだろ?」
「ああ、大丈夫だ。早乙女を引き留めようとしたらしいんだが。口止めはしておいた。士気にかかわるからな」
「ふ……ん」
 沈みがちな感情が何を意味するのか。全てを話したがらない様子に気付いた立川は、杉崎の情動を見抜いて、曖昧な何かを直感する。
 しかし、立川は何も訊ねる事なく、あえて黙って傍観する事を決め込んだ。
 時が来れば事の全貌が明らかになる。立川はそう予感していた。
「あとな」
 立川は更に報告を加える。
「敵のパワードスーツに新型が出て来たろう?」
「ああ。城が喜んで分析していた」
「それのパイロット。早乙女なんじゃないのか?」
 杉崎は突然の指摘に息を呑んだ。
 確かに。指揮官として戦場に現れたのだ。新型を任される事も十分に考えられる。
「俺がそんな事知るか」
「静香が脅えていた。マシンもパイロットも、とても強い……ってね」
 杉崎は戦闘レコードを思い出す。新型の敵戦闘機が戦場を派手に掻きまわしていた。
「……パイロット全員に死ぬほどシミュレーションやらせておけ。死人は出したくない」
「了解」
 気が進まない様子で敬礼を返してから背を向けた立川に、杉崎は念を押す。
「敵は迷わず撃て。そうじゃなけりゃ、お前が殺られる」
「分かってる」
 立川は振り向きもせず、重い心持ちのまま別ブロックに向かって去って行った。
 杉崎は、重い足取りでふたたびフライトデッキへ向かう。
 転身した早乙女の思いを知ったところで、どうする事も出来ない。
 敵である以上戦わなければならない相手だった。
 勿論、響姫に対しても、早乙女の思いを伝える事など出来るはずもない。二度と還ることのない恋人の想いを知ったとしても、余計に苦しむだけだろう。
 悲しみに暮れるより、憎む事で生きる力を得る事もある。
 杉崎はどうしようもない状況に苛立ちながら、それでもひとつの決意を固めていた。
(やれるだけやってみるさ)
 響姫の真実の思いを大切にしたい。
 杉崎はそう願っていた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!