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終焉の時はなく
情熱1



12.情熱



 作戦会議のため各艦の責任者には旗艦セレスへの招集がかかっていた。
 立川は杉崎の携帯に何度かコールしたが繋がらない。
 この非常時に何をしているのかといささか腹立たしくなる。
 立川は半ば惰性のようにふたたび艦長室に直接コールした。
 なかなか反応しない内線の呼び出し音を聞き流しながら交信を諦めかけた時、やっと杉崎からの応答があった。
「――なんだ」
 通信画面はベッドサイドの壁面に設定されているため、すぐに眠気の残る杉崎の姿が現れた。
「え?」
 何も身に着けていない上体を起こす杉崎。その手前に誰かが寝ている事に気付いて、驚きのあまり凝視する。
 寝具の中に居た響姫が、杉崎が起き出した刺激で目覚めた。
「なに?」
 杉崎に声を掛けたが、画面に気づいた杉崎にふたたびシーツに包まれて胸元に隠された。
「ちょっと辛抱してろ」
 杉崎の言葉で全てを理解して、響姫は黙ってその胸に抱かれていた。
「どうした。立川」
 すっかり眠気から醒めた杉崎は、何事も無かったように立川に応える。
 立川は、何事もなかったような態度に更に唖然とした。
「……男だよな。それ」
「何の用だ」
 杉崎は立川の疑問に全く取り合わない。しかし立川の注意は、杉崎の相手に向けられたままだった。
 相手の長い黒髪が見えた。それが女性でなければまさかの橘航海士かと、立川は自分でも信じられない事を予測した。しかし橘は砲術管理主任の沢口と同期の親友だったはずで、沢口が杉崎を思っている事を知らないはずがない。
 混乱しながらも、そんな野卑な憶測を振り払おうとしたが、他に思い当たる人物が見つからない。
 立川は自身の情報の貧困さに苛立ちながら杉崎に詰問した。
「杉はん。お願いだから、相手が誰だか教えて」
「おまえに関係ないだろう」
「だって俺、人間不信に陥りそう」
 情けない顔で訴える立川は何を言っているのか訳が分からない。
 杉崎は呆れながら用件を急いた。
「何が人間不信だ。早く用件を言え」
「……じゃあ、ひとつだけ訊いていい?」
 困惑しきった顔で立川が言う。
 杉崎はうんざりしながら立川の言葉に耳を傾けた。
「それ……橘?」
 おどおどと遠慮がちに訊ねてくる立川。
 杉崎は憤然とした表情で、無言で抗議を向ける。
 さすがに余計なことを訊いたかと立川は気まずくなった。
「なんで、黙っちゃうわけ?」
「――下種だな」
 不機嫌な蔑みの言葉が立川に向けられて、立川はどういう訳か泣きたくなる。
「でも、俺の気持ちが収まらない」
「俺たちはそんな関係じゃないだろう」
「俺自身の問題じゃない」
「なら、いいじゃないか」
「嫌だ」
 杉崎は自分を恨めしそうに見る立川の真意を見いだす事は出来なかったが、この訳の分からない押し問答から早く逃れたかった。
「じゃあ教えてやる。橘じゃない。だから用件を言え」
「本当?」
「……いい加減にしろよ」
 なおも疑いを抱く立川に対して杉崎は怒りを覚えてきた。
 鋭い視線が立川に向けられる。
 立川はその雰囲気を察した。
「わかった。……一条大佐から入電。0820時よりセレス大会議室に於いて作戦会議を開くとの旨、艦長にお伝えするようにとの指令を受けました」
 しぶしぶ応える立川。
「了解した。会議には間に合うと返信しろ」
 あくまで何事もなかったように事務的に返答し、一方的に強引に通話を切った杉崎。
 立川は気分を害したが、原因は自分にあるので杉崎を責めるわけにもいかない。
 立川の思考は、ふたたび杉崎の相手へと向けられた。
(――橘じゃないとすると、誰なんだ?)
 立川はふたたび深く考え込んだ。
(杉はんって両刀いけるくちかぁ……。沢口にも可能性は出て来たけど……)
 沢口の思いを知った後に、杉崎のプライベートを知ってしまった事で気落ちする。
(まったく……。艦内で部下に手ェだすなよなぁ。トラブったらどうすんだよ……)
 自分は静香との事を棚に上げ、やっかみ半分に批判した。




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