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終焉の時はなく
明星10



 ブリッヂへ上がった静香と葵は早速艦長杉崎に着任の挨拶をしたが、そこでもクルーたちが騒然としていた。
 杉崎は、声もないまま静香を見つめて、その反応は立川と全く同様だった。
「姉さん……」
 橘と沢口が唖然として同時に呟く。
「……なにも、そんなに驚かなくても」
 静香は周囲の過剰な反応に戸惑っていた。
「どうして軍に?」
 弟の橘でさえ知らなかった。
 静香は橘がHEAVENにやってきたと聞いて仕事を辞めたと言っていた。それは、橘が帰る家を守ってくれるためだと思っていたから、以前の事など気にもとめていなかった。
「HEAVENに来てから、防衛大に編入したのよ。実戦は今回が初めてだったけど」
 静香は橘の疑問にあっさりと答える。
「でも、軍には在籍していなかったじゃないか?」
「一時退役したけど、また志願したのよ」
 笑顔で答える静香には変わらない決意がある。
 そして改めて杉崎に向かった。
「ところで艦長」
「はい」
 どういう訳か妙に緊張している杉崎。
 自分では決して認めたくなかった嫉妬心をこの女性に向けていたのかと思うと、とても恥ずかしくて直視できない。
「先の防衛戦では、お役に立てなくて申し訳ありませんでした。基地が破壊されてしまうなんて……」
 悔しそうに言う静香に対し、杉崎は我に返ってその思いを修正した。
「いや、パワードスーツ2機で戦況が好転するとは思えない。破壊工作を許してしまったのは、自分たちの危機管理の甘さもあるが、何より敵が巧妙だったからだ」
「はい」
「しかし、敵艦を沈めた功績はたいしたものだ」
 杉崎はふたりの新人パイロットを称えた。
「いい腕だ。今後の働きを期待している」
「はい。ありがとうございます」
 ふたりは声を揃えて応えると、嬉しそうに笑い合った。
「艦長。輸送船から入電。接舷の許可を求めています」
 通信席から、西奈が報告してきた。
「ガイアスを搬送してきた船です。あと1機がまだ船倉内に残っています」
 静香が杉崎に報告する。
「では、パワードスーツのパイロットは、君たちふたりだけだったのか?」
「はい。急な完成でしたので」
 期待は全てが揃っての戦力だった。
 パイロットがいない機体を有してどうするのか。杉崎は悩んだ。しかし、それでも可能性が全くゼロではないなら、その機体に懸けてみたいと思う。
「城、接舷を誘導しろ。パワードスーツを引き取る」
「了解」
 城が輸送船とコンタクトを取り誘導を開始する。すると、ブリッヂに息を切らして立川がやって来た。
「静香」
 立川はブリッヂに入るなり、外の者などは一切目に入らない様子で、静香の姿だけを見つけた。
 そんな立川の動揺した様子を見て、杉崎はふたりを取り計らった。
「立川。橘少尉を空いている士官室に案内してくれ」
「……ああ。分かった」
 立川は近付いてくる静香を解せない様子で見つめる。
「お願いします。大佐」
 立川の傍らに立ち、促す静香に誘われて、立川は静香を伴ってブリッヂを後にした。
 ふたりが去って行くのを見送って、杉崎は苦笑した。
 静香の思いがよく分かってしまう自分が信じがたいが、今なら立川も彼女の想いが手に取るように分かるのだろうと思える。
 じっと帰りを待つことが苦痛だと言って自分を追って来た立川同様、静香もまた立川を追って来たのだろう。
 婚前の退役なのだとしたなら、軍への入隊のために離婚してまで姓を変えた。
 前線に出るには、それ相応の覚悟が必要だったはず。
 そうまでして立川の側に居たいと願う静香の意志の強さに、杉崎は敬意を抱く。
「立川を守りに来たって訳か」
 何気ない杉崎の呟きを聞いて、葵は不意に静香の心情を理解した。
「じゃあ、少尉の守りたいひとって、立川大佐の事だったんですね」
「え?そんな事言ってたの?」
 葵の言葉に橘が反応した。
「はい。守りたい人がいるからフェニックスへ行くのだと、話されていました」
 葵からもたらされた事実によって、杉崎は穏やかに笑う。
「よかった。離婚は形式的なものらしい」
 杉崎の言葉が、ブリッヂの困惑した空気を和らげた。
「俺はこれから輸送船を出迎えに行ってくる。後を頼む」
 司令席を降りた杉崎は、オペレーターたちに指示を残してから葵に向かった。
「行き掛けに部屋に案内する。追いておいで」
「はい」
 葵は杉崎の後を追い、ふたりは連れ立ってブリッヂを出て行った。
 葵は女性でも身長が高い方だ。けれど、杉崎と並んで歩くと華奢で小さく見えてしまう。
 女性と並んで歩く杉崎を初めて見た沢口は、ふたりを見送りながら複雑な心境で表情を曇らせた。
「……相手が女の子だと、優しい」
「そお?変わらないと思うけど」
 橘は軽い気持ちで返したものの、沢口の不愉快そうな口調に気付いてすぐに胸のうちを理解した。
「沢口」
 切ない思いが橘に伝わる。橘はそっと沢口に寄り添い、その耳元で囁いた。
「おまえが一番大切にされているだろ?」
 橘の優しさに縋るように、沢口はその肩に顔を埋めた。
 西奈と城は、そんなふたりに背を向けたまま、輸送船の誘導を続けていた。




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あきゅろす。
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