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終焉の時はなく
明星8



「すみません。降ろして下さい、黒木さん」
 当惑する野村を担いだまま、黒木は突然立ち止まった。
「あ、立川大佐」
「え!?」
 突然の事に動揺して辺りを見回す野村。
 黒木はくすくすと笑って、野村の純情を楽しんでいた。
 立川の存在など黒木の出まかせにすぎない。
「可愛いなあ。本当に好きなんだね」
 好意的に指摘する黒木だったが、野村にとっては恐怖だった。自分の想いが知られてしまえばただでは済まないことくらい予想がつく。
「違います!誤解しないで下さい」
「誤解かなあ。……君の身体は正直だと思うんだが」
 立川の名を聞くたびに野村の胸の鼓動が速くなる。それが黒木の肌に伝わって、あまりにも純情すぎる反応が可愛いと思えた。
「黒木さんお願いです。このことは誰にも言わないで下さい。こんな事が人に知れたら、僕は……」
 肩の上から自分を見下ろして訴える顔は色を失って、そんな表情を見せる野村を黒木は憐れに思う。
「何故君は、自分の気持ちを隠してしまうんだ?」
「迷惑になるから……」
「どうして?」
「あのひとには奥さんがいるし。……それに、僕がゲイだって知られたら、隊の連中に何て言われるか……」
 悲しみを見せる野村は黒木の目に痛々しく映る。
 同情したと言えばそれまでかもしれない。
 ただ、今にも泣き出しそうな風情で自分の想いを否定する目の前の存在が、あまりにも不憫でならなかった。
 黒木は野村をそっと通路に下ろすと、顔を近付けて「殴れ」と命じた。
 突然の脈絡のない言動を野村は理解できない。
「はい?」
「俺を殴れ」
「どうして」
「いいから早く」
 理由も言わずに急く黒木に圧されて、仕方なく黒木の頬を叩く野村だったが、黒木はびくともしない。
「俺は殴れと言ったんだ。誰が撫でろって言った」
「理由もなく殴れませんよ」
「殴らないとここで襲うぞ!」
 迫る黒木に恐れをなして、野村は思わず力任せに黒木の頬に拳を叩きつけた。
「あ!?大丈夫ですか?」
 野村は慌てて顔を押さえる黒木を案じたが、黒木はすぐに笑顔で応えた。
 口角から頬にかけて、見る見るうちに内出血が広がっていく。
「なかなか効いたよ」
「すみません。あの……」
 何がなんだかさっぱり分からないが、黒木を殴ってしまったのは紛れもない事実で。野村は動揺したまま、黒木の顔をのぞき込んだ。
「いや。これでいい。これで連中には君に抵抗されて逃がしてしまったと言い訳ができるよ」
 穏やかな微笑みを向ける黒木の様子から、野村は思いがけない配慮に気付いた。
「それじゃあ……」
 嬉しそうに見つめる野村を、黒木は再び抱き上げる。
「さあ。行いこうか」
 逃がしてもらえるとばかり思っていた野村は唖然とした。
「え?止めたんじゃなかったんですか?」
「どうして?」
「だって今、言い訳ができたって」
「だから心置きなくできるんだろ?」
 黒木は上機嫌で野村を放そうとしない。野村は予測のつかない黒木の行動に戸惑うばかりだった。
「君の片思いは辛そうだし、慰めてあげたいよ。まんざらその気がない訳でもなさそうだし。君とはもう少し話してみたい。……ベッドの中でね」
 黒木の指摘に野村は何も返せなかった。本当に黒木が嫌ならいつでも逃げられたはずだった。
 そんな事を知って野村は困惑した。
「僕はまだ、シャワーも浴びてませんよ」
 黒木はその言葉に同意を汲み取る。
「いいさ。ダシが出て旨そうだ」
「塩味しかしないと思います」
 野村の表情から痛みが消えて、はにかむ様な笑顔を見せた。その笑顔が愛らしい……と、黒木は思う。
「美味しそうなものは、どうしても味見がしてみたくてね」
「食べながらのウンチクは勘弁してくださいよ?」
「……ははっ。努力するよ」
 ふたりの雰囲気が和らいで、担ぎ上げられていた野村は黒木の肩を抱き寄せた。
 ふたりは、そのまま個室へと消えて行った。




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