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終焉の時はなく
SAYONARA5



「どうして……どういう事だ?」
 響姫が疑問を投げかけたその時、突然轟音と衝撃が辺りを襲った。基地内を満たす空気が暴風と化し、真空の空間へと流れ出し始める。空気の流れは、先ほどのドームのブロックへと向かっている。
 早乙女は急いでヘルメットを装着して再びドームへと足を踏み入れた。隔壁を破壊してローダーが侵入するのが見える。
 響姫が早乙女を追って来て、背後からその腕を捕らえた。
「慎吾、いったい……」
 響姫が早乙女に詰め寄ると、さらにもう一機のパワードスーツが破壊された天蓋を越えて飛び込んで来た。
 早乙女の姿を認識したローダーは、ふたりの前に着陸した。早乙女は、逆噴射の気流から響姫を守るように抱いてローダーを見上げた。
「シンゴ、こんな所で何をしている!?早くゲオルグへ戻れ!!」
 ローダーのパイロットブレンダが、通信を介して早乙女に指示した。
「ブレンダ、後ろ!!」
 ローダーの背後に迫る所属不明のパワードスーツを見て早乙女が叫ぶ。
 ブレンダは即時に反応して、刀剣のような武器で切りかかってきたパワードスーツの攻撃を、同様の武器で受け止めた。
 二機のパワードスーツは、ふたりの存在を意識しながら刃を交わしたまま互いに牽制し合っていた。
 早乙女は響姫の手を引いて基地内に戻り、通路の壁に設置されるコントローラーを見付け出して基地とドームを隔壁で遮断した。
「アキラ。早くここから脱出して……」
「お前はどうするんだ?一緒に……」
「聞いたでしょう?僕はクロイツのパイロットです。……もう、還れないんですよ」
「嘘、だろ?」
 驚きと悲しみが響姫を襲う。早乙女の言葉がどうしても信じられなかった。
「僕は、この基地を壊滅するために遣わされた部隊の指揮官です。ここを襲撃しに来たんですよ?」
「そんな事、信じられるものか!」
 響姫の手がパイロットスーツの襟元を掴んだ。混乱が響姫の焦りを駆り立てたが、早乙女の悲しげな表情を見て、高ぶりはいつしか消沈へと変わった。
「ここを脱出したら、フェニックスを降りてHEAVENへ帰って下さい。クロイツ総帥の狙いはフェニックスそのものです。HEAVENにまでは手を伸ばさないはずだ。」
 淡々と話す早乙女を、響姫は言葉を失ったまま悲しげに見つめ続ける。
「あなたには、死んでほしくない……」
 早乙女は、響姫の身体を強く抱き締めて切ない思いを伝えた。ずっと分からなかったこの想いが、真実を知って更に辛くなる。
「また、俺を独りにするのか?」
 不安そうな響姫の言葉で、早乙女の心が軋む。自分自身もこの真実など分からない。疑問は更に早乙女を追い詰めた。
「嫌だ。俺は嫌だ。お前がフェニックスへ還らないと言うのなら、俺も還らない。お前と離れ離れになるなんて、もうたくさんだっっ!!」
 響姫の心からの叫びが、早乙女の胸に突き刺さった。
「アキラ」
 全身が熱くなって指先まで痺れるような痛みを覚える。響姫を見つめるうちに不意に涙が溢れてくる。止めようもなく激しく高まる感情の波が彼を突き上げた。
「僕だって放したくない。ずっとこうしていたい。……やっと逢えたのに」
「なら、どうして俺から去ろうとする?」
「分からない。今となっては、どうしてこうなったのか自分でもわからないんです。何故あなたと別れてしまったのか……。こんなに、愛しているのに」
 抱きしめる両腕の力が、響姫を離そうとしない。それは、早乙女の情を強く響姫に伝えていた。
「それじゃあ、フェニックスに還ってくればいいじゃないか。記憶喪失なんだろ?それでクロイツに拾われただけなんだろう?」
 今にも泣きだしてしまいそうな視線が問い詰めて、焦れったい思いを乗せた指先が愛しいぬくもりを持つ頬を包み込む。
 不意に響姫の指が、早乙女の耳に飾られたピアスに触れた。
 鋭い痛みを与えたそれは、早乙女に自分の立場を思い起こさせる結果となった。
──痛みとともにわたしを思い出せ
 ハンナの言葉が、はっきりとしたイメーシを持って早乙女の中によみがえる。
 HEAVENに背を向けた投降者である自分は、彼女の元に還らなければならない。
 早乙女は、そんな鎖に囚われた。
「それは、出来ません」
「どうして!?」
 ただ辛そうに涙を零すだけの早乙女を見て、響姫はつかみどころのない態度に歯痒さを覚える。
「アキラ。フェニックスを降りて下さい。……いいですね?」
 早乙女が自分から去ろうとしている事が明らかで、響姫は焦燥に駆られた。
「慎吾?」
「約束して、アキラ」
「慎……」
 響姫の言葉は、紡がれないまま早乙女の唇に塞がれた。
 ありったけの思いを込めた深く強い愛撫が、響姫を陶酔へと導く。その思いがけない甘美な出来事は、響姫の思考に一瞬の空白を生み出した。
「あなたを、愛しています」
 きつく抱き締めたまま、解放した唇が甘い囁きを注ぐ。響姫は、心が蕩けてしまいそうな幸福の中で、規則正しい胸の鼓動に安心をもらっていた。
「慎吾……」
「でも……。僕の事は、忘れて下さい」
「慎……?」
 早乙女の意志を疑い、問い詰めようとしたその時、再びくちづけが贈られた。甘く痺れるような愛撫を受けながら、抱きしめられて。夢心地に酔っていると、首筋にそっと指先が触れてきた。
 疑うことを知らず、愛撫するように触れてきた指先を心地よく感じる。
 やがて、ゆるりと圧をかけてきた指先は、陶酔したままの響姫の意識を、まるで眠りにでも引き込むようにそっと奪い去った。




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あきゅろす。
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