終焉の時はなく もしも1 7.もしも 「艦長。パネッシアから着艦要請が来ています」 通信席で信号を受けた西奈が、杉崎に報告した。 「管制室に、誘導の指示を出せ」 杉崎は司令席を降りて応える。 「俺は出迎えに行って来る。大事な助っ人だ。粗相の無いようにしないとな……」 そう言い残して、杉崎はブリッヂを後にした。 馴れ合いを嫌うあの杉崎でも一応は気を使うらしい……。 オペレーターたちは意外に感じていたが、杉崎が外部からの戦力の投入に感謝するほど事態はひっ迫しているのだと、改めて気を引き締めた。 フライトデッキには、既に全ての戦闘機が収容され、最後にパネッシアが着艦しようとしているところだった。 多くのパイロットとメカニックマンが、パネッシアを迎えるために待機している。 「よう、お疲れさん」 たむろするパイロットたちの間をぬって、ブリッヂからやって来た杉崎が次郎の傍に現れた。 「全員無事か?」 「はい。……しかし、今後もパワードスーツと戦わなければならないなら、戦闘機では分が悪すぎる」 次郎は、戦闘機隊隊長として艦長に進言する。 「弱音か?」 「はい」 ふたりはパネッシアの収容を見届けてから、フライトデッキに降りてゆく。 「例えパネッシアの火力をもってしても、機動性であちらの方が有利と言えます」 冴えない表情でパネッシアを見る次郎の顔を眺めて杉崎は苦笑した。 「笑うなよ。それだけ怖い思いしてるんだ」 次郎は小声で兄に愚痴をこぼす。 「もう少しの辛抱だ。今、開発研究部でパワードスーツを研究している」 「研究ね……。そんなんで間に合うのか?」 不安げに声を低くおとして訊ねる次郎の肩を横から抱き寄せ、杉崎は耳元で囁いた。 「間に合わせるように、お前たちが頑張るの」 「いつもそれだ……。たまには下っ端の管理職の身にもなれよ」 横目で悪態をつく弟に、杉崎は笑いを圧し殺している。 まるで次郎が悪いことを唆されているようにも見える構図が、周囲の余計な妄想を掻きたてるが、ふたりはまるで自覚がない。 フライトデッキの壁面に沿う、管制室に通じる通路。その柵に凭れて、そんなふたりの様子を上から眺めていた森は、嫉妬と動揺を覚えた。 「あ……。きょーだいであんな事して」 悔しくて情けない声で焦れる。 「兄弟だから、許されんでしょーが」 横にいた野村が、当然と言った態度で兄弟を眺めていた。 「いーなー。僕もあんなふうに……」 「はいはい」 次郎に対する切ない恋心を察して、野村は森の頭を撫でて可愛らしいジェラシーをなだめる。 杉崎兄弟は、変わらずべったりとくっついたまま話し込んでいた。 「そんなに怖い顔すんな。開発研究部も躍起になって研究しているんだから」 「ホントに間に合うんだろーな?」 ふくれっ面になっている次郎を、杉崎はしばし無言で見つめていたが、やがて満面に微笑みをたたえ「頑張って間に合わせるんだよ」と、猫なで声で囁いた。 「しまいにゃ泣くぞ……」 次郎は、がっくりと首を項垂れた。 ふたりが兄弟の会話を交わしているうちに、パネッシアのパイロットがコックピットから現れた。杉崎の姿を確認した立川は、まっすぐ杉崎に歩み寄り、彼の前でヘルメットを取った。 その瞬間、杉崎は目を見開いて表情を凍りつかせ、茫然としたまま立川を凝視した。 「本日付けで、フェニックスに配属となりました。立川と中田です。よろしく」 立川は笑顔で握手のための右手を差し出した。 杉崎は、驚いたまましばらく立川を見つめていたが、「どしたの、杉はん?」と、能天気な表情で訊ねられた途端、急に憤りにかられて立川の左顎に拳を叩きつけた。 立川はその勢いで倒れそうになったが、中田がかろうじてそれを支えた。 「……っ痛ぇ――っっ!!なんだよっっ!?」 「俺は、出戻りなんて認めんぞっっ!!」 あまりの仕打ちに抗議する立川に対して、杉崎は切り捨てるように言い返した。出戻りというフレーズが、傷ついた立川の胸に突き刺さる。当たっているだけに何も言い返せない。 「司令部に転属までしたお前が、何故こんな時にノコノコ前線まで出て来るんだ!?」 「あんたひとりを、戦場にやれるかよ」 殴られた顎を押さえて、苦痛の表情で返す立川。 いささか険悪なムードで睨み合うふたりだったが、やがて杉崎のほうから視線を逸らした。 「……立川は艦長室へ。俺と一緒に来い。……杉崎大尉!」 「はい!」 「中田軍曹を個室まで案内しろ」 「了解」 「メカニック!」 「はい!!」 整備管理官があわてて杉崎のもとへ駆け寄って来た。 「パネッシアを頼んだぞ」 「了解しました」 メカニックマンが敬礼で応じると、フライトデッキに集まっていたパイロットたちの注目を集めながら、杉崎は立川を伴ってその場を後にした。 「せっかく立川さん帰ってきてくれたのに……」 森がため息をつきながら不満げに呟く。 「あれも愛情ゆえさ」 野村が失笑して返す。 「わっかんないなあ……。なにも殴ることないでしょう?」 「それだけ思っていたんでしょ」 「随分艦長のカタもつんだね」 「気持ち、わかるからねぇ……」 「ふ〜ん。タカは大人なんだね」 森は感心して野村を見る。 立川への野村の感情は、ずっと変わってはいなかった。野村と再会してその事を知った森は歯がゆさを覚えたが、自分も同じだった事を自覚してなんとなく切なくなったのを思い出す。 「そーよ。伊達に何年も苦しい片思いしてるわけじゃないのよ!」 野村は空しさと照れをごまかして、半ばやけになって胸を張って言い返す。そして、後ろ髪を引かれながらも、立川が戻ってきたフライトデッキを後にした。 残った森は、しばらく中田と談笑する次郎を見つめていた。 (片思いって、やっぱ苦しいものなのかなあ……) 次郎の笑顔を遠巻きに眺めていると、その視線に気付いたように次郎が森を見上げてきた。森は次郎に微笑みを返してから、フラィトデッキに背を向けて艦内へと歩き出した。 (僕は、生きて側にいられるのならそれで……。それだけでいい) 早乙女の戦死を思い出し、個室にもどる森はそう自分に言い聞かせていた。 [次へ#] [戻る] |