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終焉の時はなく
TRAGEDY2



「どういうこと?」
 突然の響姫の要求に戸惑って訊ね返す。
「パイロットは危険だ。お前を失いたくないと言ったろう」
「でも、僕は」
 困惑する早乙女を見て、響姫は再び悲しそうな表情を見せた。
「俺は、もう二度と、パイロットと恋はしない……。そう思っていたんだ」
 思わぬ告白に驚く早乙女をよそに、響姫は踵を返して通路を戻って行った。早乙女が彼の後を追う。
「俺がまだ医者になりたてだった頃、パイロットの恋人がいた」
 歩きながら話す響姫の言葉を、早乙女は黙って聞いていた。
「男勝りの娘だったけれど、長い髪が綺麗で……。俺にとっては彼女が全てだった。彼女が居ればあとは何も要らない。そう思えるくらい……」
 響姫は、居住ブロックに向かいながら、歩き続ける。
 不意に重力管理システムの制御警報が響き始めた。
 全艦が戦闘態勢に突入する。
 響姫は通路の角を曲がってから、移動用グリップを操作した。
 壁面を滑る装置に導かれて響姫の身体がふわりと宙を滑る。
「……なのに、彼女は戦場へ行ったまま還ってはこなかった。……直撃をくらって……」
 響姫はそのまま言葉を失ったように沈黙して、副長執務室の前でガイドの途切れたグリップを離して早乙女と向き合った。
「すまない、早乙女大尉……」
 響姫は辛そうに早乙女を見つめる。
「自分でも情けないと思う。そんな事をいつまでも引きずっているから、待つのが辛いんだ。戦場に送り出すのが、怖くて仕方がない」
 今にも泣き出しそうな、響姫の声が震えていた。
「今のおまえに言ってはいけない事だ。分かっている。戦場に向かう奴が一番辛い。そんな事も分かっている。……けれど、還らないかもしれない奴を愛する事が出来る程、俺は強くない。……幸福な時を知ってしまった後で、独りになれる程……俺は……」
 うつむいた顔を片手で覆い隠して、響姫はその後の言葉を続けることが出来ずにいた。
「戦場に出るのは僕だ」
 それまで黙って響姫の言い分を聞いていた早乙女は、悲しみと怒りの入り交じった感情を響姫に向けた。
「あなたより、僕のほうがずっと怖いんですよ」
 響姫の腕を掴んで、個室のドアを開けて室内に連れ込む。
「僕だって、あなたを独りになんてしたくない。あなたをおいて死にたいわけないでしょう!」
 響姫の両肩を掴んで、荒れた感情を隠しもしない。
 その訴えは悲鳴に近い。
「離れたくない。ずっと側にいたい。……それは、彼女だって同じだったはずだっっ!!」
 自分よりひとまわり小さな身体を抱き締めながら、昂ぶる感情に早乙女の声が震える。
「彼女との恋を後悔しましたか?愛さなければよかったと思いましたか?」
「慎吾……」
 全身が痛む程の感情の昂まりが、響姫を支配する。
「違う……」
 響姫の閉じられた瞼から、熱い涙が溢れてきた。
「心から愛していた。彼女に逢えてよかった。幸せだった。……失いたくなかっただけだ」
 抱き締める力を緩めて、早乙女は響姫を見つめた。
 素直な泣き顔が愛しいと思える。
 無神経にひどい事を言った。それでも、本心を偽らない在り方が、自分を求めている感情の裏返しだと感じる事が出来たから、早乙女は響姫を抱きしめた。
「あなたが好きです。決して、独りになんかしない」
 頬を伝う涙をそっと唇ですくう。
「僕は、必ず還ってきます……。だから、パイロットと恋はしないなんて、言わないで」
 そっとくちづけを贈りながら、ふたたび甘えるように囁く。
「僕も、愛してください。その女性と同じくらい。……出来ればそれ以上に」
 早乙女は白衣のボタンを外し、襟元にそっと唇をおしあて、肌に紅い刻印を残した。
「……出撃まで、一緒にいてください」
 その願いに響姫は何も言わず、くちづけを返して応えた。



『交戦始まりました。敵機の情報です』
 味方機から送られてくる情報が、戦闘情報室経由でブリッヂに送られる。その情報を、システム管理主任の城が分析していた。
「これは、全く新しいタイプの戦闘機ですね」
 前方のスクリーンの一部に、敵機のスキャン映像を投影して分析を進める。
「戦闘機というより、パワードスーツかな」
 分析しながら即時報告する。
「民間の重機を軍事開発したのでしょう。アームの部分にビーム砲が……あ、いや、ビームナイフですね。接近戦では威力を発揮しそうです。それと、ランチャーの搭載でミサイルも装備しています。機銃も……。凄い、まるで戦闘艦だ」
 新型の機体に魅せられたように、城は分析を続ける。
 杉崎は心中穏やかではなかった。
「あのスケールと装備を考えると、搭乗はパイロットひとりでしょうね。動力システムは分かりませんが、機動性もいい」
 現実は厳しい状況を伝えてくる。
 杉崎はクロイツの発見とともに、カインへ向けられたという援軍に期待していた。
 それまで現状の戦力で持ちこたえなければならない。
 一抹の不安を抱えながら、杉崎は全艦に発令した。
「全艦、艦隊戦突入用意、実戦体勢へ変更を急げ。メインキャノン起動、CIWSシーブス発動。弾幕を張り、敵戦闘機を近づけるな」
 フェニックス擁するセレス艦隊は、クロイツを迎え撃つべく、全艦隊を発動させた。
 整備完了の連絡を受けた次郎は、隊のメンバーを伴ってハンガーへと戻って来た。
「補給も済んでるか?」
「はい、即時出撃可能です」
 整備士がコックピットを離れ、次郎に機体をあけ渡して応えた。
「あれはどうなんだ?」
 パネッシアを指して訊ねると、整備士は難色を示した。
「はい。カノン砲のセッティングにもう少しかかりそうです」
「そうか。じゃあ俺たちは先に出る」
 そこまで言いかけて、次郎は自分の一存では出撃できない事を思い出した。
「……その前に、艦長に報告だ」
 コックピットに入り機内の通信ラインを利用して、ブリッヂの杉崎へとコールした。
 杉崎はヘッドセットのシグナルに気付いて、耳元にはねあげていたマイクを口元に下ろして応答した。
「杉崎だ」
「杉崎です」
 同じ名前で応えられて一瞬戸惑ったが、杉崎は気を取り直して応答した。
「どうした?」
「全機発進準備完了しましたが、パネッシアがまだ仕上がっていません。どうしますか?」
「いい。先に出ろ。パネッシアは整備出来次第出撃させる」
「了解しました。全機発進します」
 次郎は整備管理官を促し、機体をカタパルトへと移動させ、管制塔からの指示を待った。
 エンジンの回転が高音で伝わって来る。
 目を閉じて、戦意を昂揚させていると、不意にラインを通して兄の声が聞こえて来た。
「次郎」
「え?なに……」
 艦長としてではなく、肉親としての声に戸惑う。
「……死ぬなよ。必ず全員、生きて還って来い」
 杉崎の思いが次郎に伝わる。
 自分をも含めて、クロイツとの戦いで多くの部下を失っていた杉崎にとって、特に嫌な相手との一戦といえた。
 過去の苦い経験が、次郎の脳裏に蘇る。決意を新たに、戦意が昂まってきた。
「了解。……たまには飯でも用意して待っていてくれ」
 次郎の返答に、杉崎は二の句も継げずに絶句した。
 出撃の時が告げられ、次郎はカタパルトの向こうにある戦場を見据える。
「隊長機、出るぞ!!」
 次郎がフェニックスから発進した。
 それを追うように、次々と戦闘機が後続してゆく。
 その様子をブリッヂで見守っていた杉崎は、地球で一緒に暮らしていた頃、いつも次郎が家事をしていた事を思い出していた。
(俺のスペックに、料理はないんだが……)
 杉崎は意外な要求に真剣に悩んでいた。



「敵は戦闘用パワードスーツだ。距離を持ってかかれ。奴らのお得意は接近戦だろうからな」
 戦場へ向かう途中、次郎は全機に向かって指示を出す。
「寝技なら、僕も得意なんだけどなあ」
 副隊長の野村が、クスクス笑いながら茶化してきた。
「ああ……。好みの相手がいたなら好きなだけ寝技使ってもいいぜ。シートぶっ壊さない程度にな」
 戦闘機隊は編隊を組んで、ゲラゲラ笑いながら戦場へと姿を消して行った。
(海兵隊といい、戦闘機隊といい……。戦闘隊の連中ってのはどうしてああやって変なのが多いんだ?)
 通信を傍受して、杉崎は呆れ返っていた。
(……立川の悪影響だな)
 言い訳できない不在者の所為にされるのは、世の常だった。



 ベッドでまどろんでいた響姫と早乙女は、突然の爆発音と衝撃によって現実へと引き戻された。
「直撃?」
 響姫は驚いてベッドの上に身体を起こした。
「まさか。フェニックスが直撃を受けるなんて」
 早乙女も起き上がって応える。
「苦戦しているのか?」
「帰還する途中で見たんだけど、敵はパワードスーツを戦闘用に開発したらしくて……。あれが相手なら、ちょっと厄介だね」
 ふたりはそれぞれユニフォームを身につける。響姫が上着に手をかけると、それと同時に、ポケットのなかの携帯が鳴動した。
 響姫は通話口を開いて応答した。
「響姫だが、どうした?」
『負傷兵がセンターに搬送されました。救急処置が必要かと』
「分かった。今行くから、ルート取って準備しておいてくれ」
 響姫は携帯を切って早乙女を見た。
 早乙女は既にパイロットスーツに身を包み、ベッドに腰掛けてブーツを馴染ませていた。
 響姫が声をかけようとした時、今度は早乙女の携帯が鳴った。
「早乙女です」
『大尉。パネッシアの発進準備が整いました』
「ありがとう。すぐ行くよ」
 簡単に通話を済ませると、早乙女もまた響姫と向き合い、何かを伝えようとした。
 たったひとつの小さな照明が、ぼんやりとふたりの姿を照らし出している。
 この、万感の思いをどう伝えていいのか、見つめ合うふたりは言葉を見つけられずにいた。
 今生の別れになるかもしれない。
 その可能性が十分にある事を、ふたりともよく知っているからこそ、簡単に別れの言葉など交わすことが出来ないでいた。
 ふたりが何も言えずに立ち尽くしていると、再び爆発の衝撃で艦体が揺らいだ。
 早乙女は出撃を決意して響姫に近寄り、その肩を抱いてそっと唇を重ねた。
「あなたも、無事でいてください。あなたが生きている限り、僕は必ず還ってきます。あなたのもとに……」
 自分を見つめながら囁く早乙女を、響姫は深い想いを込めた視線で返した。
「約束しろ。俺を独りにしない……って」
「ええ。誓います」
 早乙女は、響姫の髪に頬を寄せ、名残惜しい感情に駆られてその身体を抱き締めた。
 そして、出撃を自身に言い聞かせてから響姫の身体を離して、求め合う視線を解くように逸らしてから執務室を出て行った。
 響姫はその背中を見送ってから、早乙女と同様に不安を払って、負傷兵の待つメディカルセンターへと歩き始めた。



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