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終焉の時はなく
HEAVEN2



「このセンターは、やって来た意識生命体に肉体を提供する場となっており、あなたはこのHEAVENという新しい世界へ転生しました」
 佐伯の説明を黙って聞いてから、杉崎は深くため息をついた。
「体は貰えるが、着るものまでは貰えないということか?」
 たしかに杉崎は、一糸まとわぬ姿でベッド上に寝かされていた。真っ白い清潔なシーツ一枚で身体を覆ってはいるものの、意識を失っている間に身ぐるみを剥がされたという事も、彼を不機嫌にしているひとつの原因だった。
「男の裸は見ていて楽しいか?」
「このわたしが脱がしたとでも、思っているのですか?」
 佐伯もまた、いささかの憤慨を見せて杉崎に向かった。
 HEAVENにやってくる者は、現状を理解できずにパニックに陥る者や、歓びに興奮しすぎてやはりパニックに陥る者。そして、ただひたすら悲嘆に暮れる者がほとんどで、こんなに冷静で猜疑心の塊である事を全面に出してはばからない者など滅多にいない。
 佐伯は杉崎の在り方に辟易していた。
「そこまで疑うのなら、自分の体をよく確かめてみたらいいでしょう。以前とは明らかな違いがあるはずです。鏡がありますから、確認の上早く納得してくださいませんか」
 佐伯は、壁の一部に嵌め込まれている大きな姿見を指した。
「人前を素っ裸で歩く趣味はない」
 杉崎の尊大不遜高飛車な物言いに、彼は更に不愉快になる。
 浅くため息をついて、しぶしぶ白衣の上着を脱いで杉崎に差し出した。
 杉崎は白衣を受け取って、素肌にそれをまとった。
「──ん?」
 白衣をはおりながら、自分の左腕と脇腹にあるはずの傷痕が消えている事に気づいた。
 動揺が彼を襲い、鏡の前へと向かう。そして、鏡の中に映った自分の姿を見て愕然とした。
「如何です?提督」
 佐伯は、我が意を得たりとばかりにほくそ笑んだ。
 あるはずの傷痕が無く、短く揃えていたはずの髪が不揃いに肩まで伸びている。陽に焼けていたはずの肌は、白く透明感のある、まるで子供のような瑞々しさで。髭は申し訳程度に生えているが、まるで少年のように薄かった。
 こんな自分は見たことがない。
「俺は、若返ったのか?」
 驚いて鏡の中を見つめていた杉崎は、佐伯を振り返って尋ねた。
「いわば生まれたてですからね」
「信じられない……これはクローン体か?」
「厳密にいえば違います。全くの人工物……レプリカですよ。あなたの意識に残っていた自己の記憶から再現されたものです。ですから、外見と機能は大差ありませんが、その善し悪しはともかくとして、やはりオリジナルにはどうしても近づけられない面もありました」
 杉崎は、視線で疑問を投げた。
「生殖が不可能なのです」
 佐伯の淡々とした答えは杉崎を震撼させた。一種の怯えをたたえたその瞳が、佐伯を失笑させる。
「違いますよ。あなたが考えているような意味ではありません」
 佐伯は喉の奥で笑いを圧し殺しながら、説明を続けた。
「新しい生命を、生み出す事が出来ないのです」
「子供が生まれないということか?」
「ええ。未だ解決出来ない問題で。それでも、細胞の活動が常に一定で、細胞分裂のリミッターの無い、恒常性に優れている肉体を手に入れることが出来たので、次の世代を生み出す必要が無くなったわけですから、それでもかまわないのですが。でも、性交渉は可能ですよ。……実りが無いだけで」
 想像を絶する事実に、杉崎は実感を抱けない。
「あなたも、レプリカなのか?」
「そうです。HEAVENの人間は、すべてレプリカです。我々以外の生物はここの原産ですがね」
 佐伯は、ようやく杉崎の理解を得たと知って、満足そうに微笑んだ。
「ただし、いくら生命力が強かったとしても、外傷による死は免れる事は出来ません。注意してください」
 杉崎は、今自分がおかれている状況を、頭の中で反芻してみた。
 情報をまとめるなかで、部下達の存在を佐伯に訊ねた。
「戦死した旗艦の乗組員達は、ここに来ているのか?」
「ええ。全ての魂が辿り着く訳ではないのですが、実際は大勢やってきましたよ。こんな事は本当に稀なケースなのですが……」
 その対応に、忙しい思いをしていたようだ。杉崎はそう察した。
「軍のほうにも情報は入っています。いずれは迎えが来るでしょう。それまではまず、この世界に適応しなければなりません。この施設は教育の役割も担っていますから。HEAVENの事をゆっくりと学ぶといい」
 佐伯は椅子から立ち上がると、自分の役目が終わった事を告げ、鏡の前の杉崎に近づいた。
「あなたの、新しい第二の人生です。大切に生きて下さい」
 彼の重みのある言葉が、杉崎の心を充実させる。杉崎は彼に向き直って姿勢を改めた。
「ありがとう。世話になった」
「どういたしまして」
 彼はそう応えると、ドアに手を掛けた。そして「その白衣はあなたに記念として進呈しますよ。今から教育官を寄越します。着替えは改めて支給されます」と、微笑みを返しながら連絡事項を伝えて、彼は部屋を去って行った。

 杉崎は、彼を見送ってから、再び鏡の中の自分を見つめて。自分の運命に訪れた人智を越えたこの世界の奇跡に、心からの感謝の念を抱いた。




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あきゅろす。
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