終焉の時はなく いつか6 艦の動向をオペレーターたちに任せてブリッヂを出た杉崎は、そのままメディカルセンターを訪ねた。 負傷者の治療中だった響姫は、戦場から帰って休む間もなく来訪した彼の姿に気づき、あえかに表情を曇らせる。 「済まない。終わったら連絡するから……」 一言だけ伝えた響姫は、ふたたび治療に集中する。 杉崎は黙ってメディカルセンターを後にした。 艦長室へ戻ってシャワーを浴びる。身体のあちこちに水がしみて、随分と負傷していた事を初めて知った。 杉崎はいざ戦場に出ると、いつも随分な無茶をする。口では正義感を振りかざして熱くなるのを好まないと言っておきながら、その実、戦場ではいつも大将である立場を忘れて先鋒を切っていた。そして、杉崎が熱くなるたびに、飄々とした立川がいつも彼を制する。今まで、そういうパターンが多かった。 今回もそれか、と杉崎は思う。 今回は、黒木が彼を引き留めた。あのまま誰にも止められなければ、おそらく早乙女を奪いに銃弾の中へ飛び出していただろう。それがどういう結果になっていたかは予想出来ない。しかし早乙女が還らぬ今となっては、杉崎には後悔の念しか残っていなかった。 疲れた身体へのシャワーは、より一層の疲労感を増す。 杉崎は深く息をついて肩を落としてバスルームを出た。 空腹と疲労による眠気がなぜか心地よい。 このまま何も考えずに眠る事が出来たなら、どんなにいいだろうとさえ思う。 また、あんな辛くやりきれない日々が繰り返されるのだろうか。還らぬ早乙女の消息を聞いて、響姫はどう感じるのだろう。 整理されないままの感情が揺れ動く杉崎は、ユニフォームを身につけて響姫からの連絡を待った。 ベッドで浅い眠りについていた杉崎は、人の気配で目を覚ました。 「悪い。遅くなったな」 手術衣のまま現れた響姫が、ベッドの脇に腰掛けて杉崎を見下ろしていた。 「いや、すまん。……コールが聞こえなかった」 杉崎は指先で瞼を押さえながら応える。 「直接来たんだ。話、あるんだろ?」 穏やかな口調と裏腹に、力のない無表情な視線が杉崎に向けられる。まるで、杉崎の伝えようとしている事を知っているような、そんな覚悟が今の響姫の中にあった。 「早乙女が……。敵にさらわれた」 響姫は驚いた。 「さらわれた?生きてるのか?」 響姫の瞳が力を取り戻す。杉崎は意外な反応に戸惑った。 「俺の手の届かないところで負傷した。総帥が傍にいて、あいつを連れ去ったんだ」 「それで?」 話しを急く響姫の瞳が、早乙女の消息を知りたがる。 「後で、総帥から通信が入った。早乙女は無事だ。あいつが総帥に連絡を依頼したらしい」 杉崎はそう伝えてから上体を起こした。 「済まない。早乙女の依頼が総帥に通るくらいだから、あいつはクロイツでも大切にされるだろうが。俺がついていながら、結局はこういう結果になってしまった」 力なく伝える杉崎に、響姫は彼の痛々しい心情を汲み取った。 「……いや、あいつが生きていてくれるなら、それでいい。俺を忘れたりしていないのなら、待っていられるよ」 響姫の中に確かな自信があった。早乙女を失って、自己の存在感さえ失いそうになっていた彼の姿は、もうどこにも無い。頼りなく揺れ動いていた感情が、今は確かな強い絆に変わっていた。 「ずっと待っている、そう誓った。そして、あいつは必ず帰ってくると約束したんだ」 響姫は微笑んだ。 「俺は大丈夫だ、志郎。俺は、あいつに教えられた。……変わらない想いは確かにある。あいつは4年待った。それに比べたら、俺だってまだ待てるさ」 杉崎は何も言えないまま、響姫を見つめていた。 「十代のボーズが……4年経てば、成長もするよな」 早乙女は自分自身の成長とともに、響姫への愛情も育ててきた。ただ、感情と衝動をぶつけるだけだった幼い恋心は、与える愛情へと変わっていた。 「今度会うときも、どれだけ成長をしているか楽しみだよ。……俺も、あいつに飽きられないように、男磨いておかないとな」 そう言って笑顔を見せる響姫に、杉崎は惹かれる。 響姫はもう、自分ひとりの力で立っていられる。支えはもう必要ないだろう。 杉崎はそれが残念でもあった。 未練を断ち切らなければならないのは、自分のほうだったと思い知らされる。 離れていても、同じ想いを抱きながら、同じ方向を見つめている限り、ふたりはいつか、時を取り戻す事が出来るに違いない。 「なあ。メシ食ったか?」 響姫は笑顔のまま杉崎に訊ねた。 「いや」 「じゃあ、メシ食いにいこう。俺はハラが減った」 どう仕様もないほど、取り乱すと思っていた響姫が、変わらぬ様子で杉崎を誘う。 杉崎は響姫の強さを知った。 きっとそれは、早乙女を送り出すまでに決意した、揺るぎない信頼に基づく強さに違いない。 杉崎は、安心といささかの喪失感の入り交じった感情を隠して、黙って微笑み返した。 ふたりは艦長室を出て、ダイニングルームへと向かう。 「明日には、アベルに到着する。あそこには市街地があるらしいから、少しは落ち着けるかもしれない。ゆっくり休むといい」 こんなことは、響姫の慰めにもならないだろうと思いながら、申し訳なさそうに伝える杉崎に、響姫はかえって同情してしまう。 休みが必要なのはむしろ杉崎のほうだ。早乙女を失いたくないのは杉崎も同様だったはず。それを、なす術もなく目の前で連れ去られては、彼の受けた衝撃は相当なものだったろうと響姫は思う。 響姫は早乙女を信じる事で救われている。 杉崎はまだ、割り切れない想いを抱えていた。 「休むのもいいけどな。アベルに着いたら、ふたりで飲みに行こう」 「ふたりで?」 杉崎は苦笑した。 「絶対無理だな。……きっと、うるさいオプションがゾロゾロついてくるぞ」 「──違いない」 ふたりは、笑い合いながら通路をゆっくりと歩いて行った。 「 「そうだな……。人生楽しむ余裕なんて、無かったものな」 杉崎は、響姫に促されて自分の生き方を考えてみる。 ふたりの、以前とは違う形での関係は、いま始まろうとしていた。 HEAVENT 終焉の時はなく ──終── [*前へ] [戻る] |