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終焉の時はなく
Prisoner Of Love7





「どうだ?」
「うん」
 早乙女は差し出されたカップを受け取り、ひと吹きしてから口をつけた。
 温かいコーヒーがじんわりと身体に沁みてくる。
「行くのか?」
 早乙女の傍らに立ってコーヒーを味わいながら尋ねる。その響姫の表情は穏やかで、やがて訪れるであろう辛い現実を受け入れていた。
「うん。僕は敵の内部に精通しているから、コマンドに入れてもらうことにしたよ。……こんな事は早く終わらせたいからね」
 自分の手の中にあるカップを見つめながら、響姫は黙って聞いていた。
 寝乱れたままのベッドに腰掛けた下着姿の早乙女は、今にも泣き出してしまいそうな痛みを湛えた顔で響姫を見上げた。
「ごめん……。またおいて行っちゃう事になるね」
 切ない想いを隠しきれない表情が、響姫まで切なくさせる。
 しかし、それは自ら決意した選択肢である。過去の罪と、この戦いを清算するためには、どうしても避ける事が出来ない道である事は、響姫にも分かっていた。
「いいさ……。待っているから」
 行くな……と引き留めたい感情を押して、覚悟を決める。
「ずっと、待ってるから」
 諦めに似た表情が辛い。
 早乙女は思わず響姫の手をからカップを取りあげて、その身体を抱き寄せた。
「洸……」
 抱き締める腕に力が込められる。愛しい想いが、どうにもならない運命によって更に煽られていた。
 響姫の襟元に接吻が贈られ、焦れったい思いが伝わる。
 本当は、ずっとこうしていたいのに、離れ離れになってしまう。自分もまた、杉崎のように立場を優先させてしまうのか。
 早乙女は複雑な心境だった。
「HEAVENに帰ったらずっと一緒にいよう。今度こそ、約束通りあなたを独りにしないって誓うよ」
 響姫の唇を啄んで早乙女が告げる。それはまるでプロポーズのようで、響姫は苦笑した。
「一緒に、暮らすのか?」
「──え?いいの?」
 そこまで具体的に考えてはいなかった。
 早乙女の表情は途端に明るくなり、そしてすぐに困ったように視線を泳がせた。
「……でも」
「何だ?」
「あまり一緒にいすぎると、洸に迷惑をかけるよ。今だって、結構噂になってしまったらしいから……」
 消沈したように俯いてしまった早乙女。
 響姫は呆れた。
 あれだけ堂々とモーションをかけておいて、今更何を言うのかと思う。
「洸までゲイだって思われてしまう」
 真剣に悩む姿がかえっておかしい。響姫は吹き出した。
「いいじゃないか、事実なんだから。多分、俺の気持ちも公然だろうから隠すことはない。差別的な発言のほうがよほど問題だぞ」
 強がりでも開き直りでもない。ごく自然に口をついて出てくる響姫の言葉に、早乙女は感動すら覚えた。
「多分ずっと前から、俺はおまえに惹かれていた。月並みな言い方だが、もう自分に嘘はつけない。おまえを失った俺はあまりに脆くて思い知らされた。……俺は、おまえを愛している」
 早乙女にとっての殺し文句を並べ立てて、響姫は穏やかに微笑みを向ける。甘い言葉の数々は、早乙女の情を煽るのには十分だった。
「洸……」
 早乙女は堪らず響姫を抱き締めてくちづけた。その愛撫に応える響姫の舌が、早乙女の情欲にさらに火をつける。
「洸……。いい?」
 すでに響姫のユニフォームを半分剥いで、肩口にくちづけて尋ねる。
「またか?」
 響姫はいささか食傷気味に尋ねた。
「だって……。洸を抱いていたい。本当はずっとこうしていたい。……でも、今だけでいいから」
 この時間が、ふたりにとって後にどんな意味を持つようになるのか。響姫はあまり考えたくはなかった。
 ふたりで在ることの最期の時間。
 そうなる事への不安が、早乙女のなかに、そして自分のなかにあるのも分かっていた。
 自分たちの未来が見えない。
 どんなに辛くても涙は見せられない。
 そんな悲愴感がふたりを包む。
「──いい。好きなだけ抱いていけ……。俺もそうしたい」
 観念したような笑みを浮かべてから、抱きついた響姫は耳元で囁いた。





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