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終焉の時はなく
Secret4





「――フェニックスが見えて来た」
 森を膝に抱いたままシートに座っていた武蔵坊が、キャビンのスクリーンパネルに映るフェニックスを眺めて呟いた。
 ドック艦と連結し、補修を受ける姿が見ていて痛々しい。艦尾の甚だしい損傷が、輸送艇からも確認できた。
「中も大変だったんだ……。みんな大丈夫かな」
 武蔵坊の腕に包まれて、全てを預けたように身体を寄せた森が呟く。
「戦斗隊は全員無事だよ。エルフへの機体交換を済ませたようだからね」
「エルフ?」
「うん。新型機だよ」
「そう……。それでクロイツが後退したんだ」
 互いの温もりが溶け合ってひとつの体温になる。そんな不思議な感覚がふんわりと森を包んで。それはまるで、生まれる前から知っていた穏やかな胎内にも似ていて。優しく、懐かしくもある。
 次郎以外のぬくもりなどいらないと思っていた。
 なのに、武蔵坊の肌の感触や体温が心地良いと感じている。
 そんな不埒な感情に酔っている自分が信じられない。
「さて、もう時間が無い……。支度をしよう」
 武蔵坊は森を促して立ち上がった。
 少し皺になった上着を着て、スタンドカラーの襟までしっかりと止める。
 そして、何事も無かったように操舵席について、フェニックスのブリッヂとコンタクトをとった。
 その後ろ姿を眺めながら、熱い感情を抑えられない自分がいる事に気付いていた森は、パイロットスーツのファスナーを襟元まで上げてから隣の副操縦士席に着いた。
 フェニックスの管制室から誘導が入る。
 武蔵坊はシステムを繋いで誘導に任せた。
 輸送艇は、フライトデッキへと引き込まれるように着艦していった。
「HEAVENに帰ったら、今度はゆっくり逢いたいよ」
 武蔵坊の誘いに森が微笑みで返すと、着艦完了のシグナルが点滅しゲートが閉じられる。
 武蔵坊は森をハッチまで送った。
「ありがとう……。あなたに助けてもらって良かった。あなたに出会えて、本当に良かった……」
 はにかみながら伝える森の偽りのない言葉で、武蔵坊は甘い感情にさせられて、穏やかに微笑み返してから一 枚のカードを手渡した。
「これ……」
「わたしのプライベートナンバーだ」
 森はその意味を視線で問う。
「もし君が、辛い思いをしていたり、独りで寂しかったり……。人恋しい時にはコールしておいで。いつでも君を守ってあげよう」
「弁慶……」
 優しさで脆くなった森の心が傾きかける。武蔵坊は、そんな無防備な反応を見せる森を愛しいと感じ始めていた。
 しかし、次郎を想う気持ちを大切にしてやりたいとも思う。
「――いつでも、弱みにつけこんであげるよ」
 悪戯な微笑みを向けて、森の想いを修正する。今まで大切にして来た想いを簡単に捨ててしまわないように……と、それは武蔵坊の、森への情の証しでもあった。
 与えるだけの愛があってもいいと思う。
 森に対して、そういう想いを抱いている自分自身が信じられなくもあるが、たまにはこういう形があってもいいだろう、と森を送り出した。
 ハッチを開けて帰還を促す。
「頑張れよ……伍長」
「はい、中佐。ありがとうございます」
 敬礼を交わすと、森は踵を返して艦内へと飛び立って行った。
 傷ついた鳥を癒してからふたたび大空に放す時は、きっとこんな気持ちになるのだろう……。と、武蔵坊はそんな事を考えながら森を見送る。
 森を迎えるパイロットたちが、森を中心に集まってきて。そのなかで、真っ先に森に抱き着いたパイロットを見て、武蔵坊は複雑な心境になった。
(――あれは……杉崎の二番目じゃないか)
 誰よりも森を心配していた様子が、遠くの武蔵坊にも伝わってくる。
(大切に思われているようだな。でも、それじゃあかえって辛くはないか?)
 武蔵坊が輸送艇の傍から彼等の様子を眺めていると、そこに杉崎と立川が現れた。
「うちの者が世話になった。ありがとう」
 杉崎が武蔵坊に感謝の笑顔を向ける。
「いえ……。あの……随分とお疲れのようですね。大丈夫ですか?」
 武蔵坊は恐縮する。その笑顔を見るのも辛いほど、杉崎からは疲労が色濃く見える。
 憔悴しきった身体は、加速度的に限界に近づいていた。
「う……ん、そうだな」
 杉崎は隣の立川を見た。
「ずっと出ずっぱりで、二日位眠っていないか」
「ああ。しかも前線じゃあ疲れも溜まるさ」
 似たような表情を見合わせて苦笑するふたり。
 武蔵坊は、一条から聞いた例の噂を思い出した。
「おふたりはほんとうに仲がいい。やはりお話は本当だったんですね。おめでとう立川。式には呼んでくれ」
 そう言って武蔵坊が微笑むと、ふたりは唖然とした。
 一瞬の沈黙の後、その静寂はふたりの怒声に打ち破られた。
「なんだと――っっ!?式ってなんだ、式って」
 ふたりの声が重なる。怒っている時でさえ息がぴったりだと武蔵坊は思う。
「結婚するんじゃなかったのか?あれ?……おかしいな、そう聞いていたんだが」
「誰だっっ!?そんな事言ってる奴ぁっ!」
 立川が真っ赤になって怒る。
「――隼人だな?」
 杉崎の指摘で、武蔵坊は気まずい雰囲気を察した。
――やられた……
 一条からはさももっともらしくふたりの艶聞を聞かされていた。半信半疑だったが、やはり嘘だった事に今頃気づいてしまった。
「こんな状況下で、余計疲れるような発言は控えてくれ。その変な話も訂正しておいてもらおう」
 杉崎が静かに憤りをたたえる。
 武蔵坊はさっさと退散する事に決め込んだ。
「分かりました。艦長にはわたしのほうから訂正しておきます。それでは、ゆっくりお休みになって下さい」
 武蔵坊はこの気まずい雰囲気から早く逃れたくて、すぐに輸送艇内へと戻っていった。
「くっそう……。隼人の野郎」
 戦闘後でボサボサになった髪に八つ当たりして、両手でさらにクシャクシャに乱してから大きく荒いため息をつく。
 そうしてじっと考え込んでから、ふと決意の表情を見せた杉崎。
 立川は杉崎の次の行動に注目する。
「――よし、立川」
 杉崎は改めて立川に向き直った。
「え?……いや、あの、おれは女房と寝てくるから……」
 立川の的外れな反応で、杉崎の怒りが頂点に達した。
「誰が好んでおまえなんかと添い寝するかっっ」
 ただ食事に誘おうと思っていただけの事を変に誤解されて、杉崎は怒り心頭だった。
「だって、あんたが変に気合い入れるから……。噂を本当にしようなんてコト考えてんじゃ」
「おまえじゃあるまいし。見損なうな」
 低次元でモメるふたりは、森と早乙女を迎えて盛り上がるパイロットたちを横切り、フライトデッキの出入り口に向かった。
 その入り口に、涙ぐむ葵と苦笑する静香が佇んでいた。
「どーしたの?」
 立川が気に掛けて傍に寄って尋ねる。
 見ると、葵のまぶたはぽってりと腫れ上がって、もう相当前から泣いていた事が窺えた。
「安心したんですって」
 静香が笑顔で応えると、葵は洟をすすった。
「それもありますけど、なんか情けなくって……」
「まあ……」
 静香は優しく微笑んで葵を見守っていた。
 同じパイロット同士でも、女同士は違うな……と、男ふたりは『なんか、ちょっといい』と感じる。ムサい男ばかりより断然いい。
「わたし、もっとがんばらなきゃ……。もっと強くなって、今度こそお役にたちたいです」
 すでに涙と鼻汁でグシャグシャになっているハンカチでまた洟をかむ。
「君は十分役に立った。ガイアスが無傷で帰艦した事がその証明になる」
「……ありがとうございます」
 杉崎に褒められてまた泣き出す葵。その時、もうお手上げといった表情でいる杉崎の前に、突然土井垣が現れた。
「何泣かせてんだ?」
 いきなり凄む土井垣に、杉崎は唖然として言葉を失った。
 それは葵も同様だった。突然視界を遮る大きな背中の登場で葵は茫然と立ち尽くしていた。
「何……って」
 いわれのない詰問に戸惑う杉崎。
 葵は事の重大さに気づいて土井垣を止めにかかった。
「あ……あんた何言ってんのよ!?」
 あわてて制止する葵を土井垣は訝しげに見た。
「だっておまえ……こいつに泣かされていたから」
 葵に詰め寄られて、困惑しながら応える。
「違うわよ!艦長は褒めてくれたのにっっ!」
 ふたりの様子を見ていた三人は、やれやれと呆れた表情でふたりを残したまま退散して行った。
「もう!せっかく艦長とお話していたのに!」
 葵の不機嫌な顔を見て、土井垣は困惑してしまう。
 土井垣に同伴してやって来た黒木は、ふたりを遠くから見守って失笑していた。
 その前を杉崎が通りかかる。
「なんだ。中尉もお出迎えか?」
「あいつが来るってきかないものですから……」
「土井垣はいつから鞍変えしたんだ?」
「さあね。自分も知りませんでした」
 黒木の返事に失笑して杉崎は黒木から離れていく。
「あんたは、誰が目当てなんだ?」
 ふと足を止めて黒木に尋ねた。
「自分は篤士の付き添いですよ」
「ふ〜ん。……どうだか」
 杉崎はいつになく鋭い洞察を向けて、黒木の曖昧な返答を笑う。
 そして、先に艦内へ還って行った立川たちの後を追うように、艦内へと消えて行った。
 黒木は苦笑して杉崎を見送った。
 視線を戻すと、土井垣はまだ葵に説経されて大きな身体を縮こまらせていた。
 もしかしたら、意外にも本気なのかもしれないと黒木は土井垣の心情を察した。



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