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終焉の時はなく
Secret3





「不在だった間の報告を聞きたい。……大丈夫か?」
 少し落ち着いた早乙女を執務室のソファーに座らせて尋ねる。杉崎はその向かいに腰掛けた。
 早乙女は戸惑いながらも、クロイツでの経過を包み隠さず報告した。
 自分が知り得た数々の情報と共に、それらは杉崎の知るところとなった。
「それで、李少佐の今回の任務は?」
「――フェニックス内に潜入し、内部から破壊工作を仕掛け、撹乱。内外の攻撃によってフェニックスを沈める事。そして、その艦長の暗殺。……失敗に終わりましたが」
 早乙女は沈んだ表情のまま淡々と報告する。杉崎は浅くため息をついて、頭を掻きながら考えた。
「……それで、これからの君への措置だが。記憶が戻った今、君自身はどうする?非常に複雑な立場である事は確かなんだが……」
「可能であれば、フェニックスの副長として復帰したい……。ですが、そんな事は叶うわけがないと分かっています」
「う……ん。復帰したとして、君はクロイツと戦えるのか?」
 その疑問は当然の指摘だと思う。早乙女は迷っていた。
 しかし、たったひとつの願いがあった。
「自分なりに戦って、双方の犠牲が少ないうちに早くこの戦争を終わらせたい。こんな無意味な事は、誰も望んではいません。もう……誰も傷ついて欲しくない」
 不意に憂う表情を見た杉崎は確信した。
 早乙女はもう、精神的リスクを克服しつつある。
 クロイツとの関わりで、彼は随分成長したと感じる。
「この戦争が終結した時には、自分は懲罰を受ける覚悟は出来ています。しかし……今は自分も戦いたい」
 早乙女は決意の表情で迫る。
 杉崎はひとつの懸念を突き付けた。
「銃爪を引けるか?仮にも仲間だった連中にだ」
 早乙女の決意の表情が曇る。それが当然の反応だろうと杉崎は納得していた。
「自分は、クロイツに身を置いていたときも、いつも銃爪を引くことをためらっていました……。しかし、銃爪を引かなくても戦う方法はいくらでもあります。自分は敵を制圧する目的ではなく、この戦争を終わらせるために戦いたいのです」
 早乙女の決意を知って、杉崎はそれまで硬かった表情を和らげた。思わず微笑みがこぼれる。
「同感だ。俺も元来争い事は好まない。正義感を振りかざして自己陶酔するのも……。カミカゼだの武士道だの……下らない事に心酔する者が多くて辟易する」
 早乙女はイメージに合わない発言に驚いた。
 杉崎こそ正義そのものだと思っていたが、当の本人は自覚していないらしい。
 だから、祭り上げられることを苦手としていたのかもしれない。
「おまえはどう思う?あの激戦の中で、一度は戦死した人間だ。何か思うところはあるだろう?」
「自分は、敵の銃弾に斃れました。肺にあたったので、呼吸できなくて。痛いし苦しいし、彼もこんな思いをして逝ったのかと思うと切なくて……。自分はもちろん死ぬのは嫌です。生きていたいし、皆にも生きていて欲しい。でも、あのとき、なぜか後悔だけはしていなかったんです。パイロットとしてじゃなくて、あんな遊撃戦で斃れたっていうのに……。まだ、こうやって軍にいます」
 早乙女は自嘲した。
 杉崎は、早乙女の腕の中で息をひきとった響姫の存在を思い出す。
「同様だな。俺は立川まで道連れにして自爆したってのに、懲りもせずまた戦場にいる……。だが、おまえの言う通りだ。下らない争いは俺も好まん」
 杉崎の最期を初めて聞いて、それもまた壮絶だと早乙女は思う。
「だいたい、奴がたかだか報復のためだけに仕掛けて来るとは思えん。必要以上に決着を延ばしているのもおかしい。多分意図的に……目的は他にあるんだろう。そうでなければ、我々はとっくにやられているはずだ。奴らの方が戦力は上だった」
「しかし、総帥はフェニックスを沈める事だけをお考えのようでした」
「そりゃあポーズだろ?……まあ、もしそれだけのために戦を起こしたとしたら、ただの大馬鹿野郎だ。おまえはどう思う?」
「あの方は……馬鹿ではないと思います」
 早乙女は困惑した。
「敵を買いかぶりたくはないがな。……一度痛い目に合ってるんだ、俺たちと同様学習もするだろう。何を企んでいるのかは分からんが、早くカタをつけたい」
 杉崎はそう言ってから、内ポケットに手を差し入れた。
 早乙女が反射的に緊張する。
 杉崎は彼のそんな様子を目の当たりにして、これまでの苦労を察した。
「――そんなに警戒するな」
 内ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
 早乙女は自分の身に染み付いていた悲しい習性を呪った。常に周囲の人間の言動に気を使って、いつも神経を張りつめていた。いつ粛正されるか分からない不安定な立場にあって、そうならないほうがおかしかった。
「あれもこれも全ては李神龍の活躍だ。おまえはただ、精神コントロールを受けて利用されただけ……。そういう事にしてある」
 久しぶりの一服にリラックスして杉崎が伝える。早乙女は一瞬何を言われているのか理解できなかった。
「おまえはあくまでも被害者だ。そこんとこ忘れるなよ」
「どういう……事、ですか?」
「今回の一連の事件の真相は、俺と立川、そして響姫の内分に済ませる。おまえは遠慮なく副長に復帰しろ」
「それは不正です!」
 早乙女は自分への処分である事を忘れるほどに驚いた。
 杉崎はそんな正義を一笑に伏す。
「やってしまったものは仕方ない。ここまで来たらとことん汚れてみろ。そうまでしても守らなければならないものがあるだろう?」
 響姫の存在を暗に指摘する。
「まあ、これが露見したら俺もつきあうさ……。いわば共犯者だからな」
 杉崎は事もなげにそう言ってから、自嘲めいた笑みを浮かべる。
「……もう、響姫先生を泣かせるな。おまえが失踪して、クロイツに寝返ったと知ってから大変だったんだぞ。……立ち直るまで、どれだけ苦労したか……」
 早乙女は信じられない事実に茫然とした。
 杉崎の視線が少しだけ憂いを含む。
 動力音だけが低く響く静かな室内で、煙草の葉が焼ける音が微かに聞こえた。
「互いに、いろいろとあったのだろうが……。それでも気持ちが残っているのなら、もう二度と先生を独りにするな。あんな姿は見ていられない」
 杉崎の感情に触れて、早乙女は迷いながらも尋ねずにはいられなくなった。
「あなたは……それでいいのですか?」
 痛い核心に迫られて、杉崎は感情を抑えながら煙草をもみ消した。
「何が?」
「彼は、あなたを愛していました」
「それは違うな」
 あっさりと否定されて早乙女は戸惑う。
「先生が愛しているのはおまえだ。どんなに否定していても、おまえを愛する事しか出来なかった。俺はただ、支えになっていただけだ」
 信じられないといった表情で自分を見る早乙女に、杉崎は苦笑した。
「先生が、俺を愛しているとでも言ったのか?」
「いいえ」
「なら、そういう事だ……」
 杉崎の穏やかな表情が早乙女には解せない。
「あなたが斃れた時の彼は……あなたに縋って、取り乱して。心底僕を憎んでいた。それでも彼があなたを愛していないと思えるでしょうか」
 杉崎は、初めて知った事実に胸が締め付けられる。
「――結局俺は、個人的感情よりも立場を優先した。年を重ねると、そうせざるを得ない時が多くなる……。だが、そういう事を経験する度に、自分自身が壊れて行くような喪失感を覚える。年をくっているからと言って、全くの無傷というわけではないんだ」
 多分本音であろう告白に、早乙女の胸が痛む。そこまで杉崎に言わせてしまった事に、今更罪悪感さえ覚えた。
「すみません。僕は……」
「いい。何もかももう過ぎた事だ……。おまえたちはずっと互いに求め合っていた。それだけが真実だ」
 まるで自身に言い聞かせるように伝えてから杉崎は立ち上がった。
「行くぞ副長。帰艦表明だ」
 艦長に戻った彼は、副長を促す。
「仕事は、俺たちを甘やかしちゃくれないからな」
「はい……。艦長」
 早乙女は同様に立ち上がって、杉崎と肩を並べて歩きだした。
 還る事など叶わないと思っていた杉崎の隣に戻る事を許されて、早乙女は二度と彼に背を向けない事を誓った。
 それは強制された忠誠よりも強い絆である事を、彼自身が確信していた。



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あきゅろす。
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