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終焉の時はなく
Secret2





「どうした?」
 ガイアス組で帰艦した野村は、フライトデッキに集まっている戦闘機隊の深刻な様子に気付いた。
 傍に近寄って情報を確認すると「森先輩が帰艦していないんです」と一期後輩の操縦士が半分泣きそうになりながら訴えてきた。
「蘭が?一緒じゃなかったのか」
「一時、混戦状態になって。そのときにはぐれたまま……」
 そこまで言いかけて、彼は口をつぐんでしまった。
 野村は集まっていたメンバーをかき分けて、その中に次郎を捜し出した。
「――隊長」
 声を掛けたものの、次郎は森の失踪に絶望して、力無くフェンスに身体を預けていた。
 その心情は理解できるが、野村は詳細の確認を急いだ。
「ちゃんと確認したのか?」
 次郎は落胆して俯いたまま動けない。
「……帰艦していない。どこの輸送船にも現れていなかった」
 呟く次郎の言葉で、野村は全身から血の気が失せるような感覚に囚われた。
「ビーコンが消失して……。あいつの機体がどこにも確認されていない。なんだって、こんな……」
 零れ落ちそうな涙を指先で押さえて、慟哭に飲み込まれてしまいそうな思いに歯止めを掛ける。それでも、震える肩は野村にもその思いを伝えていた。
 野村は、思わずうなだれる次郎の頭を掻き抱いて、その考えを否定した。
「……っかやろう!おれたちが信じないでどーすんだっっ!しっかりしろ!」
 野村の力強い言葉に、他のメンバーたちが一斉に集中する。
「武田、情報室にもう一度確認しろ」
「はい!」
 後輩パイロットたちが、戦闘情報管理室へと走って行く。
「――あいつは生きている。あんたを残して……あいつが死ぬもんか」
 野村の抱擁にすべてを預ける次郎は、その言葉を信じて森の帰りを待ち続けていた。





「僕が、これを着てもいいのかな……」
 響姫から自分のユニフォームを受け取った早乙女が、沈んだ声で尋ねた。
 響姫は早乙女の心情を察する。
「今のおまえはどっちなんだ?早乙女慎吾なのか……李神龍なのか」
「僕はずっと変わらない。アイデンティティが不安定だっただけで、早乙女慎吾というパーソナリティは変わらないよ」
「……なら遠慮しないで着るといい。早乙女慎吾って奴はこの艦の副長なんだ」
 真っ直ぐに向けられる響姫の偽りのない瞳は、早乙女に勇気を与える。
「しゃんとしろ。もうすぐ艦長が来る。俺は一旦メディカルセンターに戻るから、報告が終わったらコールしろ。一緒にメシでも食いに行こう」
「うん。……ありがとう洸」
 早乙女の表情に前向きな姿勢が伺える。
 響姫はそれを知って満足そうに微笑んだ。
「ひとつだけ教えておいてやる。おまえの帰りを一番望んでいたのは俺じゃない。俺はおまえと心中する事しか考えていなかった。……おまえを救いたいと願っていたのは」
「立川大佐?」
「奴もグルだったがな……。艦長だよ。いつもおまえの事を考えて、おまえの帰りを待っていた」
「艦長が?」
 早乙女はにわかには信じられないで茫然とした。
 そんな様子を失笑してから、響姫は艦長室を後にした。
 恋敵ライバルであるはずの自分は、いないほうが良かったのではないのか。
 敵に寝返った部下の事など、粛正して当然だったのではないのか。
 早乙女は杉崎の考えが理解出来ない。
 しばらく思い悩んでいたが、気を取り直して久しぶりのユニフォームに袖を通した。
 心まで征服されるような黒服とは違い、モスグリーンのコントラストが優しく身体を包んだ。
 ルームミラーに移る姿を確認してから、足りないものがある事に気付く。早乙女は、ソファーの上に無造作に置かれたパイロットスーツのポケットから、一対のピアスを取り出して耳に設えた。
 それは、ハンナから昇進の祝いに贈られた、美しい輝きを放つダイヤモンドだった。肌身離さず、いつも身につけている事によって、彼女への忠誠を示してきた。
 金色に脱色した長い髪。繊細に整えた眉。
 まるで別人のようになっている自分を改めて見ると、久しぶりに着るHEAVENのユニフォームが似合わなくなったように思える。
「少し、痩せたかな」
 以前より細面になっている事に気付き、クロイツでの生活を思い出した。
 禁欲的であるがゆえに煽情的な黒服に身を包んでいた自分は、軍人と愛人の両方を演じていた。
「休む余裕なんてなかったものな……」
 しかし、本当に演じていただけだったのか。
 早乙女は、今となってはそう言い切れない心情に気づいていた。
 本気で、ハンナを守りたいと思い始めていた。フェニックスに還る事がなければ、多分あのままハンナの傍にいただろう。
「――忘れられるはずがない。あんな女性には、そうそう出逢えるもんじゃないよな」
 その、忘れられない者たちとまた戦わなければならないと思うと憂鬱になる。
 不意に、プライベートルームの向こう側から、ドアの開閉音が聞こえた。誰かが室内に入って来て近づいてくる。響く靴音は部屋の前で止まった。
「支度は出来たのか?」
 少し低めの、響きのよい懐かしい声に早乙女の返事が上ずる。
「はい。どうぞ……」
 促され、ドアを開けた人物を見て、早乙女は微動だに出来ない。
 艦長杉崎が変わらぬ姿で目の前に現れた。
 穏やかな表情で見つめる視線に晒されて、自分でも理解できない感情が止めようもなく溢れてきた。
「無事で良かった……。大変だったな、副長」
 思いがけない言葉に、早乙女は切ないほどの全身の疼きを覚えた。
 意識した事など一度もなかったのに、杉崎はフェニックスの象徴であり乗組員の心の支えであった事を、対面してから改めて実感する。
 いつも杉崎を信じていた。
 どんな戦場でも、彼が指揮を執るフェニックスがある限り、その存在に支えられながら戦い抜いて来た。いつもフェニックスを守るために戦って来た。
 そのフェニックスを、杉崎を亡きものにしようとしていた自分が悔しい。
 それでも、自分を信じて、まるで抱擁するような優しさで迎えてくれる杉崎の存在が、この上なく嬉しかった。
「艦……」
 いつのまにかあふれてきた涙をどうする事も出来ずに、ただ立ち尽くして俯いてしまう。早乙女の心情を理解しているかのように、杉崎は自分のユニフォームの袖でその涙を拭った。
「泣くな、馬鹿者」
「艦長」
 それでも自制出来ない感情に呑まれる早乙女を、杉崎はその胸に抱き寄せた。
 副長という立場であったとしても、まだ若い早乙女は沢口と同じ年齢だった事を思い出した。
 運が悪かったと言ってしまえばそれまでだが、与えられた試練は年若い早乙女にとってはあまりに苛酷なものだった。



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あきゅろす。
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