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終焉の時はなく
KISS2



 航空機が保管されている格納庫では、操縦士たちが整備管理官と共に、それぞれの機体の調整に取りかかっていた。新旧取り混ぜてのメンバーが集うその様子は、さながら同窓会の様でもある。
 そこに、マニュアルを眺めながら確認作業をすすめている、戦闘機隊隊長杉崎次郎と、仕事をサボって次郎を見つめる操縦士森蘭丸の姿があった。
「やっぱり、隊長が隊長やるんでしょ?」
 森が、次郎が座っているコックピットを覗き込んで訊ねた。
「──ああ」
 次郎は、マニュアルから目を離すことなく答える。
森は、機体にもたれて組んだ両腕の上にあごを乗せて次郎を見つめ続ける。
「立川さん、司令部に転属したって噂、本当らしいね」
「うん」
「隊長が、立川さんの後任?」
「いや。俺は……」
 森を見あげて次郎が言いかけると、ふたりの間に割り込んで声をかけてくる者が現れた。戦闘機隊副隊長、野村貴史が壁面のデッキからふたりを見下ろす。
「相変わらず仲がいいね。羨ましい」
「よぉ。おまえもここか?」
 次郎は、デッキを見上げて笑顔で応えた。
 自分と同じ年齢に成長して現れた後輩と再会して、初めは違和感を覚えていたが、今は懐かしい仲間として受け入れることが出来ている。
「もちろん。働き者だからね」
 野村は微笑みながら、本部への揶揄を含めて応える。
「戦後の特別休暇なんて、無きに等しかったね」
「立川さんの後、追わなくていいの?」
 野村が立川に片思いしていることを知っている森のからかいの言葉に、野村の神経が逆撫でされた。
「可愛くないぞ、蘭丸!」



「──え?隊長じゃないの?」
 尋ねる野村もまた、次郎が副長に就任すると考えていた。
 休憩と称して、艦内のラウンジにやって来た三人は、ひとつのテーブルについてあれこれと近況を語り合う。
「……ああ。今日の昼に公表されるんだろ?ま、大体の予想はつくけどな」
 次郎がそう答えると、ふたりは興味津々で次郎に訊ねる。
「誰?」
「教えねえ。違ったらヤダもんな」
 次郎は意地悪そうに舌を出して、ふたりをあしらう。
「ケチ」
「ま、どーでもいいけどさ。誰が副長やったって、そう変わるもんじゃないだろうし」
 森は席を立って、給湯器のコーヒーを備えつけのカップに注いだ。そのひとつを次郎に渡してからふたたび席につく。
「僕のは?」
 野村が森に尋ねた。
「自分でやれよ」
 森が冷たく言い放つ。
「可愛くないぞ。蘭丸」
 野村はさらに気分を害した。



 ブリッヂでは、オペレーターたちがそれぞれ担当するシステムの最終調整をすすめていた。
 キャノンシステムをチェックしていたシューティングオペレーター沢口俊は、新造艦だとしても『フェニックス』の名を継ぐ艦のブリッヂで再び勤務できる歓びにすっかり舞い上がってしまい、作業の進み具合にいささかの遅れをきたしていた。
「あぁーっっ!!……またこの席で仕事が出来るなんて夢のようだよ」
 沢口は、コントロールパネルに頬ずりしてうっとりと呟く。
「……嬉しいのは分かるけどさ、作業、はかどってないよ」
 沢口のとなりの操縦席に座る、チーフパイロット橘翔が呆れながら指摘する。
「……せっかくまたお隣さんになれたってのに」
 沢口は、気分をそがれたたことに不満を抱いた。
「嬉しくないのか?」
「そりゃあ、嬉しいよ」
「全然嬉しそうじゃない」
 沢口は、クールな橘を責める。しかし、不意にあることを思い出して姿勢を改めた。
 橘の姉、静香の結婚が決まった。
 立川との結婚式の準備や、新居購入の手続きで忙しい静香とはゆっくり過ごす時間も持てなくなったと、橘はこぼしていた。
 それを思い出した沢口は、自分ひとりが浮かれていたことを反省した。
 ここにきて、手放しに喜べる事だけがある訳ではなくて。時には、辛い過去と向き合わなければならない一面もある。
 急に態度を改めた沢口の心情を察して、橘は不愉快な感情にとらわれた。
「何だよ?」
 同情されている。
 そう思うと、胸の奥に押し込めていた負の感情が溢れてきた。
「俺、ひとりで浮かれてた。……ごめん」
「だから何なんだよそれは?」
 沢口を責めるのは、筋違いだと分かってはいるものの、橘は溢れ出る感情をどうすることも出来ずにいた。周りのオペレーターたちが、ふたりのただならない雰囲気に気付いて振り返る。
「ちゃんと仕事するよ。邪魔してごめん」
 静香の事には触れず、精一杯の機転でその場をしのいで、橘の感情をやんわりと押しとどめる。
 沢口は、これ以上橘を傷つけたくはなかった。



 正午。
 フェニックスのスタッフ全員が、軍専用インターネット上の統合本部情報サイトに公開された新たな人事に関心を向けていた。同時に、本部ビルエントランス正面の巨大ディスプレイにも情報が公開され、職員の目を集めていた。
 次々に流れる情報から、フェニックス縁の個人名が目に入る。
 
『立川敬。本部付戦闘師団セレス艦隊、第一艦隊フェニックス副長の任を解き、司令部情報課情報作戦司令室副長を命ずる』
『早乙女慎吾。第四航空団所属を解き、本部付戦闘師団セレス艦隊、第一艦隊フェニックス副長を命ずる』
 
 掲示を確認したフェニックス艦内に悲喜こもごもの感嘆の声が上がった。
 当の早乙女は、ずっしりと重い胃と肩を抱え、自分の身に降りかかった思いもよらない大任に困惑していた。

 橘の感情が平静を取り戻したとき、ブリッヂに杉崎が入って来た。
 杉崎に対して、ブリッヂのオペレータースタッフ全員が一斉に敬礼した あと、杉崎はそれに応え、彼の後ろから入室してきた新任の副長を紹介した。
 スタッフが注目したその先には、すっきりと身だしなみを整え、真新しい階級章を飾った、スタンドカラーの指揮官用ユニフォームに身を包んだ早乙女が立っていた。
「……皆顔馴染みだろうから改めて紹介することもないだろうが。本日付けで副長に就任した早乙女大尉だ」

──階級特進してやがんの

 言葉にこそ出さないが、各々が同様に感じていた。
「よろしくお願いします」
 早乙女は、緊張した面持ちでスタッフに頭を下げた。
 一同、唖然とする。
 杉崎は慌てて早乙女の肩を叩いて顔を上げさせた。
 早乙女は意味が分からず戸惑う。
「おまえは上官なんだから、頭下げるな」
 杉崎が小声で耳打ちしてからやっと理解し、「すみません!」と、慌てて背筋を伸ばした。
 そんな早乙女の言動に、スタッフがクスクスと笑い出した。
 杉崎は、情けない表情で小さく溜め息をつく。
「ま……慣れない事も多いだろうから、協力してやってくれ」
いささかの不安を残しながら締めくくる。
「じゃあ、艦内を一巡するぞ」
「はい」
 杉崎が促すと、早乙女は気持ちを更に緊張させて応えた。
「あの、これから艦内を廻るんですか?」
 沢口が、遠慮がちに尋ねた。
「そうだが……。なんだ?」
「いえ、その……。海兵隊には、気を付けて下さい」
 非常に言いにくそうに、それでも言わずにはいられない、といった面持ちで沢口が応える。
 海兵隊は、一中隊全員がフェニックスにとっては新しいメンバーで構成され、いわゆるHEAVEN古参の兵隊だった。
 HEAVENにやってきたばかりのフェニックスのスタッフとはほとんど面識がない。
「何に気を付けるんだ?」
 杉崎は怪訝そうに訊ねた。
「お会いになれば、ご理解されるかと……」
 自分の口からはとても言えない。
 言葉を濁す沢口の瞳がそう訴えている。
 杉崎は多くを訊ねることなく、疑問を抱いたまま早乙女を伴ってブリッヂを後にした。
 杉崎と同様に、沢口の言葉に疑問を抱いていたオペレーターたちは、沢口にその理由を尋ねた。
「なんて言うか……。危ないんだよね。男女の見境がないから……。特におまえみたいな奴は、近づかないほうが身のためだと思うよ」
 橘に向かって、言葉を選びながら話す沢口の説明で、事情を理解した彼らは一瞬にして総毛立った。




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あきゅろす。
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