[携帯モード] [URL送信]

終焉の時はなく
Miracle3





 艦長室の奥。寝室のベッドで眠る早乙女は、最悪の夢にうなされていた。
 焦がれ続けていた響姫の予想外の裏切りに、自業自得と言い聞かせながら、それでもやり切れない想いに涙が出る。
 時々、意識が戻りかけても、状況を把握しきれないまま再び深みに落ちてゆく。
 朦朧とした思考は、耐えられない悲しみから懸命にはい上がろうと努力しながら足掻いていた。
 そんな揺蕩いの中にいながら、傍でずっと誰かが自分を見守っている事に気づいていた。
 悲しいような、困っているような。複雑な心模様を映し出す瞳は、懐かしい温かさを思い出させる。
「――先…生?」
 まだ鮮明にならない意識で、うわごとのように呟く。
 複雑だった表情は、その色を変えて応えてきた。
「大丈夫か?慎吾」
 早乙女のまぶたに滲む涙を指先で拭いながら、響姫が心配そうにその瞳を覗き込んだ。
 どうして響姫が自分の傍に居てくれるのだろう。
 早乙女は疑問を抱く。
 あんなに互いを必要とし、愛していたはずなのに。どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 考えを巡らしていくうちに、早乙女は重大な事実を思い出した。
 回転不十分な頭でも理解できる。たとえようのない恐怖心と自責の念が早乙女を襲い、黙って横になっていることができない。左腕に痛みを感じていながら、それを忘れさせる程の全身が痛むような感情に突き動かされて、ベッドから起き上がった。
 負傷は治療を受けて銃創はプロテクターフィルムが覆っていた。
 上半身の着衣を着けていない。それは、もうクロイツには戻れないであろうことを覚悟させた。
「――どうして……殺さなかったんだ……」
 震える声が早乙女の感情を伝える。
 響姫は、予想どおりの顛末に困惑した。
 想像を絶する重圧が早乙女を襲っている。
 正気でいられないほどの数々のトラブルは、容赦なく早乙女の精神を蝕むだろう。
「死んでしまえばそこで終わりだ。おまえの汚名も返上出来ずに。裏切り者のままで終わってしまう」
 自分を殺そうとした張本人に言われては、その理不尽さに憤りを禁じ得ない。そして、フェニックスに自分の居場所が残っているとも思えない。
 しかし、早乙女に選択の余地は無かった。
「償えと?」
 ベッドの傍らに腰掛ける響姫の、自分を見つめる深い情にすら敵意がわく。
 その理由を早乙女は自覚していた。
「情状酌量の余地ぐらいはあるだろう?」
「刑務所行きは免れない。そこで一生を終えるくらいなら、銃殺されたほうがましだよ」
 感情を抑えようとする響姫の眉が微動する。
「そうして、俺を恨んだまま死んで行くつもりか?」
 押さえた声は、意図せずとも早乙女を威圧した。
 誤解が生んだ非運に響姫もまた少なからず憤りを感じていた。
 変わってしまった恋人に責任はないということは十分に分かっている。しかし、拗ねたように現実から逃避しようとする姿が自分の姿と重なって苛立ちを覚えた。
「あなたが殺そうとしたんじゃないか」
 怒りを持って早乙女が返した。
 当然の指摘を響姫は否定できない。
「そうだ……。おまえを殺して俺も死のうと思った。そうして苦しみから逃れようとしていた」
 響姫は早乙女に迫って正面から視線を合わせた。
「だが、こうやっておまえを手に入れてしまえば、それで良かったと……おまえが生きていて良かったと思える」
 早乙女の表情が微かに変化した。
 疑いを抱きながら本心を窺う。
「――あのひとが死んだから……僕を取り戻そうっての?」
「ずっとおまえを愛していた」
「どういうつもり?僕が憎いんじゃないの?それとも、クロイツの情報を取れと上から命令された?」
 猜疑心に満ちた早乙女に、響姫は首を振って応えた。
「おまえの気持ちを分かってあげられなくて……。済まなかった」
「そうだよ」
 早乙女の瞳が攻撃的な色を帯びた。
「僕が苦しんでいる間、あなたは他の男に抱かれていたんだ。……どんなにあなたを想っていても、逢いたくても。どうにもならない想いだったとしても……僕はあなただけを愛していた。それなのにあなたは、自分が独りになった途端、艦長に縋っていったんだろう?」
「――愛している……。俺も、おまえが忘れられなかった」
 響姫は否定も肯定もしない。ただ、慈しむ瞳を早乙女に向けていた。
 早乙女は、響姫のユニフォームの襟元を両手で掴んで力を込める。
「これが……さっきから目障りなんだ!」
 響姫のユニフォームを襟元から力任せに引き裂いて肌を露出する。その首筋と胸には杉崎が残した独占欲の跡が残っていた。
 襟元から見え隠れするその跡が早乙女の神経をずっと逆撫でしていた。ユニフォームに隠れた部分にまで残っていたことを知ってさらに逆上する。
「まだ新しいよね。こんなのちらつかされて、平気でいられると思うの?……冗談じゃない。あなたに搦め捕られていいように懐柔されて、情報を流したなんて事になったらいい笑い者……」
「――黙れ」
 容赦無く責める早乙女の喉に響姫の指が食い込み、怒りで興奮していた早乙女を黙らせた。
 その顔は、追い詰められた獣のように殺意まで感じさせる。
「背中に爪痕を残してくるような奴に……そんな事まで言われたくはない」
 威圧する双眸に何も返せず、早乙女は響姫の指摘する事実を思い出した。
 生き延びるために身体を重ねながら、いつしか惹かれていった女性の存在。ハンナ・ルビーシュタインという孤独な女性をクロイツにおいてきた。
 柔和で美しい笑顔を見てみたいと思っていた。そのために守りたいと願った。
 なのに、目の前の存在が邪魔をする。
 裏切られても、怒りの感情に支配されても。裏を返せばそれは独占欲の現れで。
 どうあっても忘れられるはずもない。
 それが、響姫にこだわり求め続けていた早乙女の真実だった。
 喉元を圧迫していた指はそこを離れ、やがて顎の関節に食い込んで早乙女の口を割らせる。その口に、響姫は接吻くちづけを贈った。
 貪るように求めながら抗いがたい執着を見せる。
 否定出来ないそれぞれの過去に囚われながら、いつしか早乙女の腕が響姫の身体を抱いていた。
「……それでも、俺はおまえが欲しい」
 離れた唇が、欲しかった言葉を形にする。
 どうにもならない感情で視線を交えながら、込み上げる感情に抵抗できなくなっている自分を認めざるを得ない。
「先生……」
 悔しい。
 ……悔しい。
 どうしてこんなに悔しいのか分からない。
 混乱しながら泣き出しそうになっている早乙女に、響姫は微笑みで返した。
「ふたりの時は、洸でいい」
 ふたたび唇を重ねて早乙女の肌に指を滑らせる。
 それは、悔しいほどの快感を早乙女に与えた。
 嵐のように渦巻く感情を、どうしても抑制出来ない。
 怒りと、悔恨と、歓びと。怒涛のように押し寄せる、相反する感情で早乙女は慟哭した。
 叫びが、深く淀んでいたどうにもならない感情を解放して。
 泣いて。
 ただ激しく泣き続ける事しか出来ない早乙女を。響姫は黙って愛しみ、その身体を魂ごと抱きしめて慰めを与えた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!