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終焉の時はなく
Lies and Truth6





「沢口!沢口……。しっかりしろ、沢口!」
 早乙女の意識を奪い去ってすぐに、杉崎は沢口のもとに飛び出して来た。
 徹底的に痛めつけられた事がありありと判るその様に、杉崎は動揺を隠せない。
「沢口……目を開けてくれ。……頼む」
 弛緩した沢口の身体を抱き締めて、引き裂かれそうな胸の痛みに苛まれる。
 そのとき、沢口の表情が苦痛に歪んだ。
「沢口?」
 朦朧とした意識を取り戻そうとする沢口は、まだはっきりと焦点が定まらない視線を杉崎に向けた。
「……艦長?」
 呟きで応える沢口に、杉崎は喜びを隠せない。
 杉崎の痛みは笑顔に変わった。
 慈しむ手が沢口の唇の血を拭う。
「沢口……」
 杉崎の温かい手が沢口を混乱させる。
 死んだはずの彼がどうして自分を抱いているのだろうと訝しい。
「自分も、死んだのですか?」
 杉崎は笑った。
「俺もおまえも死んじゃいない。……ほら、温かいだろ?」
 杉崎は沢口を再び抱き締めた。
 広い胸に抱かれて彼の鼓動が聞こえる。
 沢口は押さえ切れない感情に涙を落とした。
「艦長……」
 傷の痛みよりも何よりも、杉崎を失うほうが辛かった。何も伝えられぬまま離れてしまう事の切なさは何よりも耐え難い。
「艦長!」
 沢口は杉崎に縋って、その温もりを実感した。
「……傷の手当をしなければな」
 杉崎は、泣きついてくる沢口を抱いて立ち上がった。
「洸!メディカルセンターへ行く。おまえもそいつを連れて来い」
 早乙女を抱く響姫に向かって杉崎が促す。
 沢口はそれを聞きながら、ふたりの関係を思い出した。
 杉崎に抱かれて、これ以上幸せな事はないはずなのに、どうしても悲しい。こんな事なら自分の気持ちを伝えてしまえばよかった。沢口は後悔していた。
 杉崎が男を愛する訳がないと思っていた。
 傍にはいつも美しい女性たちがいて、自分の入り込む隙などないと思っていた。
 それなのに、愛する者のなかに響姫がいた。男性である響姫がいたのだ。
 沢口は悔しかった。
「艦長」
 杉崎の腕の中で揺られながら、沢口がそっと口を開いた。
「なんだ?」
 杉崎は、沢口を見た。胸に頬を寄せたまま沢口は瞼を閉じていた。
「……あなたが……好きです」
 静かな口調とは裏腹に、沢口の鼓動は昂まって全身が熱い。
 そんな沢口の想いを知っていながら、応える術を杉崎は持たない。
 訣別したばかりの傷心を抱えて、今流されてしまってはまた相手を傷つける事になる。
 杉崎は分かっていた。
「うん……」
 中途半端に返して、杉崎はふたたび視線を前に移した。
「俺も……。おまえが傷つくのを見るのは、結構なダメージを受ける。また、独りで逝ってしまうのかと思った……。橘も心配していたぞ」
 耳元に響く鼓動は、早さを変えず落ち着いたリズムで沢口を包む。
 杉崎にかわされた想いは、そのまま行き場を失った。
 可愛がってくれるのは嬉しい。でも、そのほうが辛い時もある。
 どうしていいのか解らないまま、沢口は口をつぐんだ。





「ヘンドリックス。シェンが出て来ない……」
 フェニックスから脱出し、味方の輸送船に回収されたブレンダは早乙女の帰還が果たされていない事に不安を覚えた。
 早乙女とのコンタクトは不可能となり、彼の駆るローダーの識別信号さえも消失していた。
「迎えに行こうヘンドリックス。シェンに何かあったんだ」
 ブレンダは狼狽していた。自分が同行していながら早乙女にもしもの事があったとしたらハンナに顔向けが出来ない。そして自分自身も、早乙女を無くしてはいられなかった。
 ゲオルグの待つ格納庫へ行こうと立ち上がったブレンダを、ヘンドリックスは引き留める。
「無理だ。あれでは近づけない……」
 次第に遠ざかるフェニックスへの距離は、とりまく艦隊とそれを守る多数の戦闘機に阻まれる。深い痛手を負ったフェニックスは、戦闘不能となり艦隊の中央に退避して厳重な護衛を受けていた。
 ブレンダはヘンドリックスに促され、正面のモニターに映し出されるフェニックスの姿を振り返った。
 艦隊の中央で大切に守られる不可侵なそれはブレンダの感情を逆撫でする。
「嫌だ!シェンを見捨てるのか?置き去りにするのか?そんなのは絶対に嫌だ!」
 ブレンダはヘンドリックスの手を振り払い尚も出撃しようとする。
「あたしだけでも、シェンを助けに行く……。シェンを独りで死なせやしない!」
「だめだ!やられるのが判っていて、そんな事が許可できるか!」
 ヘンドリックスはブレンダの前に立ちはだかる。
「お願い……ヘンドリックス」
 ブレンダは銃を抜いて、ヘンドリックスに向けた。
 どうしても行かなければならない責任と、どうしても助けてやりたい感情が彼女を乱す。
 瞳が涙に潤み、呼吸が不規則に変化する。
「そこをどいて」
 ヘンドリックスは微動だにせず、ブレンダを見据えた。
 愛する者を、死ぬと判っていながら戦場に向かわせる事など出来るはずがない。
 ヘンドリックスは、頑としてブレンダの前から動かなかった。
「そんなに行きてぇのなら、俺の死体を踏み越えて行け。俺は絶対に許さねえ。……おまえが死に行くのを黙って見送れってのか?」
「お願い……」
 凛とした眉が悲しみに歪み、瞼から涙が零れ落ちる。
 ヘンドリックスが銃身を掴んで取り上げると、ブレンダの身体は力を失って泣き崩れた。
 ヘンドリックスはブレンダの前に膝をついて、そっとブレンダの悲しみを抱き締めた。
「あいつは一流の軍人だ。杉崎の殺っての名誉の戦死なら……。あいつだって本望だろう」
 思いやるはずの慰めが、反対にブレンダを追い詰める。
 自分の上官を手にかける事が本望だろうか。
 かつての仲間から、裏切り者として殺される事が名誉な事なのだろうか。
 自分が彼を側に置くために記憶の操作をした。
 そのために、一流の軍人として、ひとりの男として、その尊厳を奈落まで貶めてしまったのだ。
 ブレンダは、懴悔するかのようにヘンドリックスの胸に項垂れた。
「あたしはただ、側に居て欲しかっただけ……。それだけだったのよ!」
 悲痛な叫びを最後に、あとは言葉を失い慟哭に支配されていった。





19.Lies and Truth
――終――


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あきゅろす。
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