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終焉の時はなく
Lies and Truth3



 立川を見送ってから響姫は再び訊ねた。
「あんただって、殺されかけたんだぞ」
 響姫のつれない言葉に、杉崎は落胆したようにため息をついた。
「おまえさんもクールだな。あいつの気持ち……少しくらい酌み取ってやれよ。おまえ恋しさにこんな敵のど真ん中までやって来たんだ。いじらしいじゃないか……」
 ライフルを抱いて、床にあぐらをかいたまま、杉崎は響姫の頬に触れそっと撫で下ろした。
 馬鹿と言われようが根性なしと言われようが、初めから固めていた決意を見せる。
 響姫は辛そうに眉を寄せた。
 嘘で歪められた事実の数々は記憶の有無に関係しない。既に早乙女の想いが自分たちに向いてはいない以上、例えフェニックスに捕らえられたとしても、心はクロイツに置いてきてしまっているだろう。
「――元のままなんて……あり得ない」
 響姫の呟きは杉崎に罪悪感を抱かせる。しかし、今やっと真実を告げる時が来た。
「あいつは変わっちゃいない。今でも、ずっと……おまえを愛している」
「なぜそんな事が分かる!」
 苛立ち、感情が高ぶる。
「あんたは、なぜそんなにしてまで早乙女にこだわるんだ?」
「こだわるさ……。あいつの想いを知っていたからな」
 響姫は思いも寄らない答えに困惑した。
「いつだっておまえを大切にしていた。記憶が無くとも、感情まで無くしちゃいない。だから苦しんだ。裏腹な自分の在り方に、どうしようも無いジレンマを抱えたまま……」
「憶測でものを言うな!」
「立川が基地で逢った。おまえを大切そうに抱いて、立川に託して行った。……あいつが、おまえを置き去りになんかするものか。ここに来たのだってどうしても忘れられなかったからだ。おまえを、愛していたから……」
 ずっと伝えられずにいた真実が響姫を蝕む。
 自分が今まで苦しんできた事は一体何だったのだろうと足元が揺らいだ。
「どうしてクロイツに転身したのかも分からないと言っていたな。分からないはずだ。あいつにはそんなつもりはなかった。……敵に撃墜され、捕虜となった時点で記憶を操作されて、クロイツのパイロットになったんだろう。本人の意志じゃない」
 杉崎の説得は響姫を追い詰める。
 知らなかったのは自分だけだったのか……と、憤りすら覚えた。
「――知っていて。……何もかも知っていて、俺を騙していたのか!!」
「違う!」
 予想していた当然の反応でありながら、それでも杉崎は感情を押さえる事が出来なくなっていた。
 早乙女の想いを伝えながらそれが辛いと感じている。
「違う……」
 不意に杉崎の想いが発露する。今まで見たことの無いあえかな表情に響姫は戸惑う。
「早乙女の想いを知ってしまえば、おまえはもっと苦しんでいただろう……。還って来るあても、皆無に等しい状況では伝えないほうがいいと思った。いつか取り戻したいと思ってはいても、現実には難しかった。だから……それまでは、おまえの支えになろうと……」
「――志郎?」
「おまえの気持ちを乱すつもりなんて……。ましてや、自分の……」
 感情の発露に気付いた杉崎は、ライフルを背負って立ち上がった。これ以上話しては、何もかも晒してしまいそうで狼狽する。
「志郎!」
 響姫は杉崎を引き留めた。
 今となってはどうしようもない感情。
 それでも響姫は確かめずにはいられない。
 自分たちの時間が。
 互いの距離が。
 理由を求めていた。
「言ってくれ……。俺はあんたの言う通りにする。だから、あんたの本当の気持ちを言ってくれ……。これで最後だから!!」
 強い祈りに近い感情で縋る視線が杉崎を捕らえる。
 封じ込めていた様々な感情が、止めようもなく溢れ出てくる。
 偽りのない想いを偽らなければならない苦しみはあまりに辛い。
 杉崎は響姫の乱れた前髪を梳くようにそっとかきあげた。
「俺は……おまえの涙に弱いらしい……」
 広い手が頬に降りて、滲む涙を拭う。
「この熱も」
 頬を撫で下ろした指が唇をなぞる。
 愛しい者を愛撫する手が響姫を包み込む。
「おまえの全てを……」
 愛しさと切なさが、どうしようもなく昂まる感情に拍車をかけた。
「愛している……」
 そして感情に流されるまま、杉崎は響姫の身体をそっと抱き締めた。
「志郎」
 腕の中に身体を預けて、響姫はその優しさを確かめた。
 杉崎は響姫の髪に接吻くちづけて、封じ込めていた想いを伝える。
「――愛している」
 どうしようもない独占欲に駆られながら、それでも響姫を還そうとする切ない葛藤に、抱き寄せる腕の力が次第に強くなっていく。
「愛している。洸」
 繰り返される言葉に、響姫は刹那の夢を見る。
 ふたりで過ごした時間の中に確かに存在していた感情が、いま初めて相愛かたちを見せた。
 そしてそれが、ふたりの終わりの時でもあった。
「志郎……」
 互いに寄せ合う肌が、最後の温もりを伝える。感情の波は容赦なくふたりを押し包んでゆく。
 うわずった声が何度も繰り返し、愛を確かめていた。
「割り切れる訳がない……。おまえを知るたびに、深みに嵌まっていったのは俺の方だ……。どうしていいのかも分からずに、いつも迷っていたのは俺の方だった」
 響姫の涙が堰を切ったようにあふれだす。
「すまない。こんなだから俺は、おまえを安心させる事も出来なかった。勝手に、自分の感情をおまえに注いでいただけだったんだ」
「違う……。あんたがいたから俺はこうやって生きていられた。悪いのは俺だ。あんたの優しさを知っていながら……それでも俺は、忘れたい事も忘れられずに、結局は未だにこだわり続けている」
 そう返した響姫の身体がそっと解放された。
「……そういうのを双つ頭って言うんだ」
 恨めしそうに見つめる杉崎が言う。
「仕方ないだろう?止められなかった……。あんたが、そう仕向けたんだ」
 響姫もまた、同様に杉崎に返した。
 杉崎は、じっと自分を見つめてくる響姫の唇に、心の奥に積もっていた想いを寄せた。
 そっと包み込み、柔らかく吸い上げて、何度も唇を合わせる。
 響姫は、このやんわりと包みこまれるような感触が好きだった。
 欲望を思わせるものではなく、愛しみを伝える行為が心地よかった。
 なぜ。信じる事ができなかったのだろう。
 言葉が否定していてもこんなにも彼は優しい。
 いつも側に居ながら、いつしか自分だけを見つめていた彼の視線を知っていたはずなのに……。
 響姫は杉崎を追い詰める事しか出来なかった自分の在り方を後悔した。
「ここで待っていろ。必ず早乙女を連れてくる」
 杉崎が響姫を離してそう告げると、響姫は不安そうな視線で返した。
 願わくは、もう誰も傷つかないでほしいと、ふたりの身を案じていた。
「そんな表情かおをするな」
 そう言って微笑わらうと、ふたたび別離わかれのキスを贈る。

「――じゃあな」

 これで何もかもが終わった……と、杉崎は響姫に訣別する。

 そうして、振り返る事なく、メディカルセンターを後にして戦場へと向かって行った。



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