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終焉の時はなく
KISS1



3.KISS



 HEAVEN防衛軍技術開発の総力を集結し、フェニックス号は巨大な戦闘空母として誕生した。
 古参の兵士たちと新たなスタッフを迎え、大所帯となったフェニックスをまとめあげるのに艦長杉崎は頭を悩ませていた。
 HEAVEN防衛軍統合本部から発せられたフェニックスの処女航海に関する指令に於いて、各セクションのレベルを、艦長の経験上最も高いと評価出来るところまで引き上げ調整するという目標があり、杉崎にとってはそれが一番の懸念のひとつだった。
 成果主義など古狸のオッサンが考えそうなことだ。
 杉崎は内心では悪態の限りをついていた。
 それなのに、更に杉崎にとって好ましくない事態が発生した。

「――結婚するから俺と別れるだぁ?」
 統合本部のラウンジで、立川と話していた杉崎が驚いて声をあげた。
「どーゆーこった、そりゃ!?」
 杉崎の剣幕に周りの職員が驚いて注目する。
「いや、どうもこうも、そーゆー意味で。俺、フェニックス降りたいんだよね……」
 立川は、全く悪びれる事なく応えて、ラウンジのソファーに深く腰掛けたまま、涼しい顔でコーヒーを飲み下す。
「おまえ、自分の立場ってもんが分かってるのか?」
 杉崎は呆れて指摘した。
「おまえには、副長の辞令が降りてんだぞ」
「だけど俺、大切なもの見つけちゃったしね。もう離れたくないんだ」
 静香の事を思い、穏やかに微笑む立川。
 杉崎はがっくりと肩の力を落とした。
「どうすんだよおまえ」
「指令部に転属出来るように本部に直に交渉してみるよ」
 いつになく真面目に応える立川を見て、杉崎は立川の決意を知った。
「本当に艦を降りる気か?」
「可能ならね……。人事のほうにはもうアポとってあるから。これから行って来る」
 そう言って席を立つ立川を、杉崎は慌てて引き留めた。
「待て!考え直せ。おまえがいなくなったら、情報指令室は誰が指揮するんだ」
「何言ってんの。戦争しに行くわけじゃないんだから、あんたひとりでも十分でしょーが」
 立川は軽く往なして杉崎に背を向けた。杉崎は席を立ち上がって、なおも立川の背中を引き留める。
「俺は、おまえの存在しないフェニックスなんて考えられない」
 杉崎は今まで一時も離れることなく、共に戦ってきた立川を失いたくはなかった。数々の戦いのなかで、立川の存在が大きな支えであったことを杉崎は知っていた。
 今、その立川が自分から去ろうとしている。そのショックは大きかった。
「頼む、フェニックスに残ってくれ……。立川!!」
「――嬉しいよ。だけど」
 立川は、杉崎を振り返って応えた。
「もう決めたんだ。……ごめんな」
 杉崎の懇願も空しく、寂しそうな表情で一言だけの謝罪を残して、立川は去って行った。
 残された杉崎は、力無く椅子に腰をおろした。
(そりゃ無いぜ、立川……)
 失恋にも似た心境で、杉崎は自分の全身から力が抜けていくような感覚に陥る。
 あまりにも突然の別れは、杉崎をほぼ再起不能の状態まで落ち込ませた。
 その後、このふたりのやりとりから、ふたりのいけない関係が実しやかに噂されるようになり、杉崎の感情をさらに逆撫でする結果となった。



 最終的な決定事項として下ろされたフェニックスの乗組員名簿が、杉崎に手渡されたのは、それからさらに一週間後の事だった。そして、その日からフェニックスは出港準備に取り掛かり、多くの乗組員たちが本部空港へと集結してきた。
 そこにたどり着くまでに、統合本部では人事に関しての調整で、大変な時間を費やした。立川をはじめ、フェニックスを降りる者が予想を上回り、各セクションの新しい人選に本部は議論をたたかわせ、ようやく決定へとこぎつけた。
 そのなかで、杉崎の意見が優先的に取り入れられたことは、言うまでもない。
 艦長室で備品を整理する合間に一息ついていた杉崎は、何げなく目を通していた名簿に思いがけない名前を見つけ、早速彼に会うために艦内のメディカルセンターへと足を運んだ。
「ああ、艦長。どうしました?」
 メディカルセンターで、医療機器のテストをしていたフェニックス艦医響姫洸が、訪問客を明るく迎えた。
 半袖の白いユニフォームは、艦内では少数派で目立つ存在だ。
 勤務中は、肩までの長い黒髪を無造作に後ろで束ねて、白いユニフォームと共に清潔感を印象づけている。切れ長の目の中で、深い翠色の瞳が宝石のように輝く様は、見る者を魅了する。戦闘員の中に在っての標準体型でもある彼は、ともすると女性的にも見える外見に反して、潔い判断力と実戦力を奮う在り方で、フェニックス乗組員たちの信頼と憧れを一身に集めていた。
 杉崎は、広く清潔なセンター内を眺めながら、ゆっくりと入室した。
 数人の看護スタッフが真新しい白衣に身を包み、忙しそうに動きながら杉崎と挨拶を交わす。
 杉崎は響姫の傍で手近な椅子を引き寄せ、それに腰掛けながら訊ねた。
「先生は降りなかったんだ」
「ここが、一番気に入っているからね」
 響姫は仕事の手を休め、煙草に火をつけ一服した。
「一般病院は性に合わない、開業するつもりもない」
「心強いよ、先生にそう言ってもらうと」
 杉崎は嬉しそうに微笑んだ。
「艦長も大変だな」
 響姫は杉崎の心中を察していた。
 各セクション毎に馴染みの顔が欠けている。何より、副長である立川の姿すら確認できない事に、響姫は疑問を抱いていたが、黙っていても入ってくる情報から、彼らが皆フェニックスを降りてしまったということを知った。
「副長は誰が?」
 響姫が訊ねると、少しの間をおいて杉崎が話しだした。
「まだ、公表はしてないんだが。今日の正午に一斉に告知される」
「次郎か?」
 前フェニックス戦闘機隊隊長、杉崎次郎。
艦長杉崎の弟である彼は、HEAVEN第一衛星カインの駐留基地、キティホークの航空隊に所属していた。
 既に隊長として実力を発揮していた彼の噂は、響姫も耳にしていた。
立川の後任としてのフェニックス副長ならば、次郎しか考えられなかった。
「いや、アイツには今まで同様、前線で戦闘機隊をまとめてもらう」
「じゃあ、誰?」
 他に誰がいると云うのか。
 それとも、外部からの着任だろうか。
 響姫は煙を吐きながら再び訊ねた。
「早乙女だよ。副隊長の……」
 響姫はその名を聞いただけで、大きく動揺して赤面した。
「どうした?」
 杉崎は動揺する響姫に訊ねた。
「いや、何でもない。ちょっと意外だったから」
 響姫は動揺を隠し取り繕う。
「そうか?経験から云って、早乙女が一番適任だと思うが……。立川が常に側に置いて育てた奴だ。若いが 人当たりがいいんで割と支持されてるだろう。メンバーをまとめる力もあるし」
 確かにその通りかもしれない。響姫は早乙女のむらのない安定した言動には、昔から好感を抱いていた。
「もし、早乙女が副長に就任した場合、あいつの采配は」
「だから、早乙女はもう副長なんだよ」
 杉崎は、全く実感していない響姫に失笑させられた。
「俺がブリッヂにいるから、しばらくはフライトデッキに降りてもらおうと思ってね。早乙女も、ブリッヂに詰めているよりは、そのほうがいいだろう」
 響姫は、杉崎の言葉にいささかの期待を抱いた。
「じゃあ、パイロットとしては?」
「いい腕だから惜しいんだが、よほどの事がない限り出撃することはないだろうな」
 杉崎の答えで、響姫の表情が変わった。
 その響姫の反応を、杉崎は不思議に思う。
「嬉しそうだな」
「いや、そんな……」
 疑問を抱く杉崎に、響姫は自分の表情をとりつくろって、やんわりと否定した。
 しかし、響姫は真実嬉しかった。
 もし、早乙女がコックピットを降り、常に指揮官として艦内から采配をふるう立場になるのだとしたら、非常事態となったとき、戦闘機パイロットとして戦場に赴くよりもリスクはずっと低くなる。
 今まで、いつ自分を置いて戦死してしまうか分からない相手を、愛してしまうことに躊躇していた。しかし、早乙女が指揮官になる事によって、自分の感情は歯止めが効かなくなってしまうだろう。
 響姫は、認めたくない自分の感情に戸惑っていた。

――どうしよう……とめられない

 響姫の心の中に早乙女が大きく存在しはじめた。
 杉崎は、突然口を閉ざして独りで考え込んでしまった響姫を不思議そうに眺めていた。




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