Novel 5 私はすっかり参ってしまっていた。 推理小説のような状況を愉しむ気持ちは、どこへいってしまったのだろう。 容疑者のいない殺人、密室状態の便所。 ・・どんなに考えてもいい考えは浮かばない。 小説の名探偵のようにはうまくいかないものだなぁ・・・。 「もう一度、トイレの中をよく見てみますか?」 せっかくの運転士の誘いだったが、あまり死体が目に入るのは嫌だなぁと思った。 しかし現場百回というし、もっとよく便所内を調べたほうがよいのだろうか・・・。 私は出来るだけ死体に目を向けないように、便所内をくまなく点検した。 もしかしたら何か抜け穴が・・と探してみたが、都合のよい発見があるはずもない。 穴といえば便器の穴があるが、この隙間から何か出来るとは思えない。 見たところ、細工の跡らしきものも見当たらない。 やはり普段使う人はいないのだろう。 便器はひどく汚れて錆び付いており、見ているうちに気分が悪くなってしまった。 結局この便所の出入り口になりえそうなのは、唯一鍵のついたドアのみのようだ。 「全くわけが分かりません」 運転士が言う 「犯人はこの密室をどうやって抜けたんです?」 その通りだ。 この密室から抜けるにはドアを開けるしかない。 しかしドアには鍵がかかっていた。 鍵が・・・。 [*前へ][次へ#] [戻る] |