Novel 16 「卯の花はねぇ・・プリムラの事なら息子が訊いて来ましたけど」 「プリムラ?」 「サクラソウ科の花です。 つい最近、あの子がその花についてきいてきたんですよ。 私、趣味がガーデニングでして」 「それはいつのことですか」 「二日前、主人と店にいるときに電話がかかってきて・・。 アルバイトの子と商品の陳列をしていたとこだったでしたかね。 捜査の状況について色々話したあと、突然訊いてきたんです。 写真をメールで送るから、この花の名前を教えて欲しいって」 「すいませんが、その写真を見せて頂けますか?」 「ええ、勿論」 そういって彼女は自分の携帯電話を差し出した。 画面には、鮮やかな桃色の花が一輪写されている。 例の玄関前に置かれていたという花を撮ったものだろう。 「この花がプリムラですか?」 「そうです。 プリムラの中でもジュリアンと名のつく品種です」 「息子さんにも、そうお答えに?」 「いえ、教えようと電話をかけなおしたんですけれど、今誰か客が来たみたいだから後でかけ直すと切られてしまいました。 結局、あの子の声を聞いたのはそれが最後になってしまいましたけれど」 「すいませんが、それは何時ごろのことですか?」 ずっと黙って聞いていた轟が、突然会話に割り込んできた。 「ちょっと待って下さい、今通話記録を確認しますから」 再び彼女は携帯電話の画面に目を落とす。 「午後の・・六時十二分です」 彼女は私達に見えるように携帯電話をこちらに向けた。 「ほう!ほうほうほう・・」 突然刑事が梟になった。 「轟さんどうしたんですか? 気持ち悪い声出して」 「うるせぇ。 三木謙斗の死亡推定時刻だがな・・解剖の結果午後四時から七時の間とでやがった」 「え、と言うことは・・」 「状況からいって、その突然の来客が犯人だといって間違いないな。 これでかなり犯行時刻が絞れそうだ・・」 轟はフンフンと鼻を鳴らした。 「すいません」 突然襖の向こうから声がかかった。 どうぞと轟が答えると、お盆を抱えた薫が入ってきた。 お盆には人数分の茶がのっている。 「お茶です」 「ああ、どうも」 一応受けとった轟ではあったが、口にも付けず畳の上に置いて薫に向かい合った。 「すいませんがね花王寺さん。 ちょっとばかし訊きたいんだが」 「ハイ? なんでしょうか」 「二日前の午後六時頃、皆さんはどうしてましたかね」 「二日前のですか? ちょうど林田先生が見えてらした頃ですわ。 学校に行っていた蕾以外は皆家にいたはずですけれど」 林田先生とは、昨日花王寺香苗の診察に来ていた医師のことだろう。 「そうですか・・」 轟が私に視線を寄こした。 出るぞ、という意味らしい。 結局茶には手を付けないようだ。 「あの、刑事さんちょっといいですか?」 腰を上げた轟を謙斗の母が制止した。 「何か?」 「あの・・あの子の遺体はいつ頃返してもらえるのですか? こちらの花王寺さん方と話し合って、美散さんと合同葬にしてあげようという事にしたんです。 せめて、お葬式くらいは一緒に・・」 花嫁と花婿のための宴は、結婚式ではなく、葬式になってしまったようだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |