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Novel
開幕
 人生で一番良い日となるのにふさわしい晴天だ。
多いとは言えない招待客たちも会場となる座敷に集まっている。
いつでも準備はいい、と三木謙斗は思った。

「早く始めたいな」

謙斗の呟きに、彼の母親が破顔した。

「早く美散さんに会いたいんでしょう?
さっき会ったばかりじゃない」

「さっきと言ったって、もう二時間も前だ。
こっちはすっかり準備できたのに・・。
ちょっと遅いんじゃないかな?」

紋付袴姿の謙斗は答えた。

「そうだな、少し時間がかかりすぎてる。
客をいつまでも待たしておくわけにもいかんだろう」

今度は父親のほうが答えた。

「結婚式前だもの。
きっと家族の間で積もる話があるのよ。
私のときもそうだったもの・・」

そういって母親はうっとりするような表情をした。
自分が嫁入りしたときのことを思い出しているのだ。

「お前のことはどうでもいい。
美散さんだ、美散さん」

「ま、どうでもいいなんて!」

「今はどうでもいいだろう」

「私達が再び情熱を取り戻すいい機会じゃない!」

妻の言葉に夫は苦笑した。
この年になっても中の良い夫婦で、謙斗にとってはこうなりたいという理想の夫婦像だった。

 その時、締め切った襖の向こうから声をかけるものがあった。

「薫でございます・・その、中に入っても?」

「あら、薫さん。勿論どうぞ。
お入りになって」

襖が開き、薫が顔をのぞかせた。
娘が結婚するという時の母親の顔ではない、と親子三人は思った。
薫は、ぞっとするほど青ざめた顔をしているのだ。

「薫さん、大変顔色がお悪いわよ?
ご機嫌がすぐれないのかしら」

二時間前に顔を合わせた時はなんともなかったのに・・と謙斗は思った。

「いえ、あの・・」薫は目を伏せる「実はお話が・・」

「何か不具合でも?」

謙斗が訊くと、薫は一瞬謙斗を見つめ、またすぐに顔を伏せた。

「えぇ・・それが、それが・・」

ただ事じゃない、とその時三人は思った。

「美散さんに、美散さんに何か?」

謙斗が言うと、薫は一層顔色を悪くした。

「はい、あの・・美散が・・」

「美散さんが?」


「消えてしまったのです」


「え?」

声をそろえて三人が聞き返した。
消えた?
どういうことだろう。

「いないのです、どこにも。
ちょっと皆が目を離した隙に・・」

「その、お手洗いではなくて?」

「勿論捜しました・・。
かれこれ一時間前からずっと捜しておりますのですが・・」

「みつからないのですか?
そんな馬鹿な・・」

結婚式を前にして、急にいなくなるなんて普通ではない。

「僕も捜します。
離れの方へ行ってもかまいませんか?」

「え、それは・・あの・・・。
・・ど、どうぞ・・」

謙斗ら三人は、腰を上げ、離れの方へ向かった。

 花嫁である美散は、屋敷の離れで家族とともに仕度をしていた。
結婚式の会場となる座敷のある母屋からは、少し遠い。
様々な花の咲き誇る広大な庭を含め、全てが花嫁の生家である花王寺家の敷地だった。

 謙斗は離れへつくなり、「美散さん!」と呼んだ。
その声に返す者があった。
返事をしたのは、美散ではなく、美散の姉の咲子だった。

「謙斗さん、いらっしゃったのですか」

彼女は薫に負けず劣らず青い顔をしていた。

「咲子さん・・。
美散さんは、美散さんは・・」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい・・」

咲子は謝罪の言葉を繰り返した。

「咲子さん、落ち着いてください」

「あぁ、すいません・・気が、気が動転して・・。
お祖母様も寝込んでしまって・・」

「お祖母さんが?
大丈夫なの」

謙斗の母が咲子に訊いた。

「奥の部屋に、布団を敷いて、寝かせております・・」

そのとき、向こうから少女が顔を出した。

「センセイ!」

蕾が駆けてきた。
美散の五歳年下の妹だ。

「蕾ちゃん・・。お姉さんは?」

「わかりません。
どうしちゃったのかな・・」

蕾はまっすぐに謙斗を見た。

「お姉ちゃん、どれだけ呼んでも、答えてくれないの」


 結婚式の日に、花嫁美散は姿を消した。


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あきゅろす。
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