テニヌ ラピスラズリの夜はきけんがいっぱい −−−−−ああ、 −−−−−−見つけた −−−−−−−生き長らえる方法、 −−−−−−無知な子供 −−−−−価値ある血、 ラピスラズリの夜はきけんがいっぱい 「…桃せんぱーい」 「んー」 「なんか今日、」 違和感を覚えたのは部活終わり、教室に忘れ物をした桃先輩に付き合い、校舎の廊下を歩いていた時だった。部活終わりのこの時間、肌に刺さる寒さのこの季節、廊下の窓から見える空は真っ黒なはずだ。だが、今日は、 「外、青くないスか?」 「はあ?」 へんな声を上げて桃先輩が外を見た。一瞬、スッと目を細めた気がした。 「んー、俺には真っ暗にしか見えねえけど」 「‥ッスか。」 どう見ても、青なんだけどな。昼間の澄んだ青じゃなくて、濃い、濃い、青。あ、群青って言うんだっけ。こういう色。 廊下から中庭を眺めているとふと、濃い青の中にのっぺりとした黒いものが佇んでいるのが見えた。 明らかに人じゃない。墨で描いたような人型の輪郭が、外観から切り取られたようにそこにあった。 こういう類のヤツを見るのは初めてではない。寧ろよく見てきた。ふらふらと近付いて来たヤツもいた。大抵無視するか、逃げた。 ぞわり、 墨の固まりのようなソレがこちらを見上げた気がした。目なんて見えないのに。 いつものヤツらと違う… アレは危ない。見てはいけない。目を反らさなければ。からだがうごかない 「越前っ」 手を強く掴まれ、面白いくらい肩が跳ねた。体が自由になったと同時に吐き気がして、胃液が込み上げてくるのをなんとかこらえた。 「越前走るぞっ」 そう言って桃先輩は俺の手を掴んだまま廊下を駆け出した。引きずられるように後をついて行く。桃先輩は余裕の無い、苦い顔をしていた。これはつまり、 「桃先輩っ、アレが見えるの?」 「見える。ばっちり」 俺が体制を整え隣に並び走ると桃先輩は手を放し、チラチラと後ろを見ながらもスピードを上げた。 俺はとてもじゃないが後ろを見る気にはなれなかった。バタバタと廊下を全速力で走る。 「越前、よく聞けっ」 「‥っス」 「アイツ、付いてきてる。」 「は、」 言葉が出なかった。またあの恐怖が足から這い上がってくる。そんな俺を察してか、桃先輩は再度俺の手を掴み、引っ張り走る。今の俺には命綱のように感じた。 「だーいじょうぶ。部長は絶対気付いてるから、すぐ助け来てくれる。」 「なんで、部長が?」 「なんでって…手塚部長だから…っと、ここ入るぞ」 答えになってない答えを疑問に思いながら、急カーブで角を曲がり、空き教室に飛び込む。すぐに鍵をかけ電気を付けて教室の奥に進んだ。 「越前携帯持ってるか?レギュラー誰でもいいから電話しろ。」 ズボンのポケットに入れてある携帯を取り出す。携帯を持つ手が震えている事に気づいた。 ドアの向こうが気になって仕方ない。密度の濃い気配を感じる。胃からせり上げてくる物に耐えきれず、口に手を当ててしゃがみこんだ。脂汗が止まらない。 なんとか顔を上げ、名前が一番早かった英二先輩にかけた。呼び出し音がじれったい。早く早く早く 「‥桃先輩?」 桃先輩が俺の肩に腕をがっしりと回してきた。 「心配すんな。」 呼び出し音が続いている。 「ビビってんじゃねーよお前らしくもない。 」 「…ビビってない 」 「ぷっ!震えてんじゃん。」 ピッと携帯が鳴った。 『おチビー?』 「あ、英二先輩っ」 『おチビ大丈夫?どこにいんの?』 「今、桃先輩と一緒に、二階の空き教室で、へんなヤツが、ドアの」 『あははおチビ混乱してるーっ珍しい!』 そんな場合じゃない!と叫びたかったが、英二先輩の明るい声に少し落ち着いた。俺はちゃんと、現実と繋がっている。 『オッケーオッケー二階の空きキョね!すぐ行くから待っててねん。不二ーっ桃達二階の…』 プツンと電話が切られる。不二先輩も近くにいるらしい。やけに話が早かったのも気になるが、それより何より切らないで欲しかったっス英二先輩。 ガン 「ひっ…」 「やっべー」 ドアが叩かれる音に、悲鳴が漏れた。桃先輩の顔に汗が流れている。思わず桃先輩の袖を掴んだ。居るのだ。やはり、ドア一枚隔てた所に。 ガン 桃先輩が俺の頭をぽんとひとなでして立ち上がった。見上げると、試合の時のような真剣な表情でドアを見据えている。 「花。」 「桃、先輩?」 桃先輩が静かな声で呼びかけた。俺はポカンとして桃先輩の奇行を見ている。立ち上がることすら出来ないのだ。ぽろっと花びらが足元に落ちた。淡いピンクの、小さな花びら さくら…? ひらひらと舞う花弁が足元に溜まっていく。この季節、どこから、なんで 今、 吐き気で頭が回らない。 「おチビ!」 「うわっ!?」 急に肩を叩き呼ばれ、心臓が止まるかと思った。 「エージ先輩っ?どっから?」 「え、窓。」 英二先輩が指差した方を見ると確かに窓が開いていた。桃先輩が歓喜した声で ここ二階っ! と叫ぶ。 「おチビ大丈夫?」 「え、あ。英二先輩来たら吐き気なくなった‥」 ついさっきまで脂汗が止まらず、立つことも出来なかったのに。 「うん、良かった。桃、そのまま花鬼出しとけよーアイツに鍵、意味ないぞ」 「えっ?祓ってくれないんすかっ?」 「そいつは俺やんない。もうすぐ不二達来るしな。修行修行〜」 ひでえ、と言いながらも、桃先輩はドアを見据えたまま動かない。花びらもはらはらと舞い続けている。 俺は吐き気がおさまりすこし気持ち的にも楽になった。 「英二先輩、アレ、なんなんスか」 「妖怪。幽霊。そういう類のもん」 驚きはしなかった。いや、英二先輩が知っていることには驚いたけども。でもアイツは生きてる者とは明確に違ったし、ずっと見てきたのだ。ずっと。そういう類のものを。 「…この花は」 「これは花鬼だよん」 「はなおに?」 「鬼はそとーっ!の鬼の一種だよ。桃の影、見てみ。」 「…あ」 桃先輩の影からピンクの花弁がするんっと出て、天井までくるくると上がって行き、そこからひらひらと教室内を舞っていた。鬼とかよく分からないが、桃先輩がこの花を出していることは分かった。 「鬼は上級の種族だからさ、存在を見せるだけでもけっこー脅しになるんだよ」 「なんで、桃先輩が…」 「桃は花鬼に惚れられてんの」 「??」 「桃は鬼を条件なしで使えるんだよ。あ、花鬼に限るけどにゃ」 もうワケが分からない。質問を止め、桃先輩が対峙しているドアを見た。 隙間から墨のような黒い、厚みを感じない手が出ていた。 吐き気が戻ってくる 「…っ」 「おチビ、俺に触ってて。そしたら気持ち悪いの治まるから」 差し出された手を握ると、確かに吐き気が治まった。しかし恐怖は消えず、見たくないのにアレから目が離せない、息がうまく吸えない。 「はぁ、はっ、」 「エージ先輩っ無理っす!」 「なっさけないにゃー」 そう言いながら、英二先輩は動こうとはしなかった。先ほどの桃先輩の言葉では英二先輩はアイツを「祓える」らしいのに。ただ単に、俺が手を掴んでるからかも知れないが。 ドアから出ていた手が一度ゆらりと宙をさまよい、消えた。次いでいくつもの足音が近づいてくる。 「越前、もう大丈夫だ。アイツ、消えたろ?」 「‥‥っス」 確かにドアから気配は消えていた。 「桃城っ越前っ無事か?」 「英二っ居るの?」 「部長ーっ」 桃先輩がドアに駆け寄り鍵を開けた。 手塚部長に次いで、不二先輩と海堂先輩が入ってくる。 一気に力が抜けて英二先輩の手を離した。吐き気はやってこない。 やっと俺は現実に帰ってこれたようだ。 まさかこれから、更に信じられないような話を、この現実に戻してくれた人達から聞くとは、この時俺は思ってもみなかったのだ。 ーーー 続きます。俺得設定。 [*前へ] |