詠子様より 《めぐりめぐる想い》 晴れた日の午後。 サクラは両手いっぱいに荷物を抱え、通路を歩いていた。 綱手に頼まれて、薬草に関する文献や資料を集めてきたのだ。 「私だって仕事があるっていうのに、人使い荒いんだから」 面と向かっては言えない愚痴をつぶやきながら階段をのぼり、もう少し進めば火影室という所で、どこからか話し声がした。 サクラは歩みを止める。 火影室の扉が開いていた。 室内から四人の男が出てくる。 何か話し合いがあったらしい。 サクラに見向きもせず逆方向に進んで行く男たちの輪の中に、サスケがいた。 目をこらす必要もない。 彼はひときわ目立っていた。 遠目にもわかる、端正な横顔。 流れる黒髪。涼やかな眼差し。 年長者らしい男に話しかけられて言葉を返す様子は、たしかな自信に満ちている。 サスケはベストを身につけず、上下とも黒い忍服姿であった。 サクラは思わず見惚れる。 うつむき加減のサスケはサクラがいることに気づいていない。 男たちと共に歩み去って行く。 「待って、サスケくん」 せっかく逢えたのだ。 ちょっとくらい話をしたい。 勢い込んでサスケのあとを追いかけたサクラだったが、通路の角を曲がりかけて足を止めた。 遠くにいると思っていたサスケが、すぐ目の先にいたからだ。 一緒にいた男たちの姿はなく、べつのだれかと話をしている。 その相手を確認したサクラは、声をかけることなく、とっさに壁の陰に身を隠してしまった。 サスケと向かい合っていた人物は、山中いのである。 サクラの胸がざわついた。 何を話しているのだろうか。 ふたりきりだなんて、怪しい。 壁に背中をつけ、むむっと眉を寄せていると、ふたりの会話がはっきり聞こえてきた。 いのがため息をついている。 「明日、Sランク任務なの?ずいぶん急な命令ねぇ」 Sランク任務――? サクラは息をのんだ。 それで火影室に呼ばれたのか。 「サスケくんって、Sランクの任務ばかりよね。上層部からの嫌がらせなんじゃない?一度、文句言ったほうがいいわよ」 いのは軽口をたたいていたが、ふいに声をひそめた。 「サクラに知らせようか?」 「……いや。教えなくていい」 「心配するわよ」 「関係ない」 低い声を耳にしたのと同時に、手の中から書類が抜け落ちた。 バサバサと騒がしい音がして、足元に本や資料が散乱する。 サクラはあわててしゃがんだ。 書類の束に手を伸ばすものの、指が震えて、何もつかめない。 通りがかりの女性が、親切にも散らばった紙を拾ってくれた。 サクラは無言で頭を下げる。 それが、精一杯であった。 Sランク任務。 国家機密に関わるような依頼が多く、もっとも危険度が高い。 そんな命懸けの任務があることを、サスケは、いのに伝えた。 けれどもサクラには教えない。 関係ない、から。 悲しかった。 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が、冷たい床の上を濡らしていく。 せっかく集めた書類が、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。 それらをどうにか腕に抱くと、静かにその場から立ち去った。 「失礼します」 火影室に入ると、そこに綱手の姿はなかった。シズネもいないということは、ふたりそろって外に出てしまったのだろうか。 サクラは書類をきれいに整えてから、火影専用の机に置いた。 ふと窓の外を見ると、青い空に大きな鳥――おそらく鷹が翼を広げて飛んでいるのが見える。 サクラは窓際に立った。 サスケが里に戻ったその当時。 世界をゆるがす犯罪者であった彼に対する世間の風当たりは、冷たく非情なものであった。 火影からの擁護もあり、極刑は免れたが、暗部に監視されての生活は苦痛だったに違いない。 サクラはそんな彼を、ナルトと一緒に助けてきたつもりだ。 サスケが木ノ葉の忍として正式に任務へ復帰することができたときは、みんなで大喜びした。 そのサスケも今や立派な上忍。 木ノ葉の重要な戦力である。 しかし、それぞれ異なる役割が与えられるようになり、別行動をとることが多くなってきた。 最近では第七班としての任務がほとんど無い状態である。 それでも、変わることはない。 第七班の絆は深く、強いもの。 サクラはそう信じてきた。 けれど、違うのかもしれない。 私だけ勘違いしていたのかな。 いのと会話するサスケを思い出して、サクラはため息をつく。 べつに、日々の生活を報告しろと言っているわけではない。 ただ、Sランク任務があるときくらいは教えてほしいと思う。 サスケを励ましてあげたい。 仲間として、サスケを愛する者として、無事を祈りたいのだ。 だがサスケは、それすらサクラに許してくれないのだろうか。 サスケにとって、サクラという存在は、そんなに邪魔なのか。 「バカ」 つぶやくと、涙があふれ出た。 冷たい窓ガラスに額を当てて、ぐすぐすと鼻をすすりあげる。 「サスケくんのバカ」 もう、知らないんだから。 心配なんてしてあげない。 勝手にどこにでも行けばいい。 「オレが、なんだって?」 いきなり背後で男の声がした。 はっとしてサクラは振り向く。 いつの間に来ていたのだろう。 けげんそうな顔をしたサスケが扉にもたれかかっている。 「泣いているのか」 サスケは遠慮なくこちらへ歩み寄ると、目ざとく指摘した。 サクラは、ぷいっと横を向く。 「泣いてないわ」 「目が赤い」 「ゴミが入ったの」 「おまえ、昔からよく泣くな」 サスケは呆れたように言った。 失礼ね、とサクラはむくれる。 「サスケくんのせいよ!」 「なに?」 「私が泣くのは、いつもいつもサスケくんのせいなんだから」 サクラはヤケになって言った。 サスケはサクラを泣き虫のように言うが、だれのせいでこんなに悲しんでいると思うのだ。 なのにその犯人は、涼しい顔で平然と目の前に立っている。 サクラの気持ちを知っているのに、なんてひどい男だろう。 サスケが里に戻ったところで、サクラの想いは報われない。 サスケとサクラの心の距離は、遠く離れたままではないか。 「なぜなの?どうしていつも、私には何も話してくれないの」 「明日の任務のことか」 サスケは苦々しくつぶやいた。 「盗み聞きとは悪趣味だな」 「ち、違う!偶然聞こえたのよ……って。サスケくん知っていたの?私があの場にいたこと」 「うるさい音がしたと思ったら壁際に、おまえの顔が見えた」 「そう、だったの……」 サクラは恥じ入り縮こまる。 あれだけ派手に音をたてれば、気づくのが当たり前であろう。 サスケが深い息をつく。 まるで突き放すような態度だ。 関係ない、という心ない言葉を思い出して胸が苦しくなった。 サクラは唇を噛んで黙り込む。 「邪魔なら帰る」 サクラの反応を見たサスケは肩をすくめ、きびすを返した。 「待って!邪魔じゃない」 サクラはサスケに駆け寄った。 そのまま彼のたくましい腕に、ぎゅうっとしがみつく。 「だから、いかないで」 サスケは一瞬、拒むように身体を固くしたが、しばらくするとあきらめたように力を抜いた。 「どうすれば泣きやむ?」 サスケは戸惑っているようだ。 サクラはサスケから手を放し、顔を上向けた。 サスケと間近で視線を重ねる。 心配してあげない、だなんて。 そんなこと、できるわけない。 サクラには無理なのだ。 サスケの顔を見てしまえば熱い想いがあふれて、とまらない。 心配せずにはいられなかった。 「約束してほしいの」 お願い。お願いだから。 無理はしないで。 怪我をしないで。 「無事に、帰ってきて」 「当然だ」 サスケはサクラを見て、口の端にうすい笑みをにじませた。 このオレがやられるはずないだろう、という不敵なものだ。 いかにもサスケらしい表情に、サクラの頬は真っ赤に染まる。 「絶対だからね」 高鳴る心臓の音を聞きながら、まっすぐにサスケを見つめた。 「約束だよ、サスケくん」 「ああ。約束する」 サスケは簡潔に答えた。 あいかわらず無愛想であるが、声の響きは、やさしい。 サクラは、ほっとして笑った。 サスケはかすかに目を細める。 そのあとで、ゆっくり後ずさると、扉に向かって歩いて行く。 「じゃあな」 何事もなかったように言って、サスケは火影室を出た。 「あ……」 こちらの返事を待たずに、扉はそっけなく閉められる。 サクラは苦い笑いでそれを見ていたが、そういえば、と思う。 サスケは何しに来たのだろう。 火影室を訪ねたのだから、綱手に用があったのではないのか。 サクラは首をひねる。 もしかして、もしかすると。 私が泣いていたのに気づいて、追いかけてきてくれたとか。 「まさかね」 サクラは耳まで赤くして、早口に自分の言葉を打ち消した。 「いいこと教えてあげようか」 翌日の夜。 ぼんやりとベンチに座るサクラに、いのが声をかけてきた。 外灯が、いのの顔を照らす。 青い瞳はきれいに澄んでいた。 サスケが気になり、帰宅するのさえ億劫になっていたサクラの心を、見透かしているようだ。 「いいこと?あやしいわね」 サクラは眉をひそめた。 警戒するサクラを見て、いのは思わせぶりにささやく。 「サスケくんが、サクラに任務のことを教えない、その理由」 サクラはぴくりと肩をゆらす。 「まさか……いのまで私が立ち聞きしてたのを知ってるの?」 「もちろんよ!知ってるも何もアンタの姿まる見えだったし」 けらけら笑い飛ばされたサクラは、羞恥のあまり頬を染める。 いのはサクラをのぞき見た。 「理由、聞きたいでしょ?」 「……やだ。聞きたくない」 サクラはうつむく。 どうせ、ろくでもない理由だ。 また昨日のように、関係ない、なんて聞かされたら――二度と立ち直れそうにない。 「アンタって、押しは強いのに肝心なとこで臆病なのねー」 いのはサクラの隣に座った。 やれやれ、と髪をかきあげる。 「泣き顔は好きじゃない」 「なにそれ」 「サスケくんがそう言ってた」 いのは何でもないことのようにしゃべっているが、サクラには意味がよくわからなかった。 いまいち反応のうすいサクラを見て、いのは困った顔になる。 「アンタ、サスケくんが任務に行くって知ったとたん、過剰に心配するでしょ?すぐ泣くし」 「だって……」 サクラは口をつぐむ。 当たり前ではないか。 好きなんだから。 「サクラが泣くと里を抜けた夜を思い出す。それがいたたまれない。泣き顔は好きじゃない。だから、教えたくないんだ」 いのはサスケの口調を真似て、低い声で冷ややかに言った。 サクラは、きょとんとする。 「なぜ、いたたまれないの?」 「そりゃあ、アンタ……」 いのは片眉を器用にあげると、いらだったように口を開いた。 「わからない?サクラを泣かせたくないのよ。つまり……特別扱いされてるってことでしょ」 「私が……特別?」 サクラはつぶやく。 ようやく意味を理解したところで、いのから目をそらした。 「でもあのとき、関係ないってはっきり言ってたじゃないの」 「ああ、あれ?」 いのは半笑いで首をすくめる。 「あれはね、私に言ったのよ。いのには関係ないことだって」 「えっ?」 「盗み聞きするなら、ちゃんと最後まで聞いておきなさいよ。だから勘違いするんじゃない」 まったくもう、と腕組みをするいのに、邪気は感じられない。 彼女の言い分は本当であろう。 「アンタが泣いていなくなったもんだから、サスケくんったらあわてて追いかけて行ったわ。色男も形無しね。がっかりよ」 いのはあっけらかんと言って、わざとらしくため息をついた。 サスケがサクラを追いかける。 そんなこと想像がつかなくて、何だか、おかしな気分になる。 けれども事実なのだ。 サスケは、泣いているサクラの前にあらわれたのだから。 サクラは瞳をふせて微笑む。 心臓が、きゅっと音をたてた。 逢いたい。とても、逢いたい。 「ごめん。私、急用ができた。また今度ゆっくり話しましょ」 サクラは立ちあがって、いのに手を振りながら背中を向ける。 行く先は、もちろんひとつ。 無事に任務を終え、帰宅する頃であろう、あのひとの自宅だ。 おかえりなさい。 いきなり声をかけてみたなら、どんな反応を見せるのだろう。 サクラはサスケの元に向かって、笑顔で走りはじめた。 《めぐりめぐる想い・完》 詠子様から三周年記念にいただきました^^!!!! か、感激で携帯の画面がよく見えません(;;) 未来サスサク、私の大好きな設定でいつも好き勝手書いているのですが、詠ちゃんの描かれる未来サスサクは理想そのものです。 そっけない中にもサスケくんの精一杯の愛情を感じます^^ この後2人がどうなったのか妄想してしまいますね(^^)/ 本当に素敵なお話をありがとうございました! ←prev [戻る] |