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愛のままに、今日だけはあまくちで(桃瀬様へ)



三月に入って少したった。初春、っていうのかな。
外を歩くとまだ寒くて、私は白んでいる空をふうっと息をつきながら見つめた。
この寒さを紛らわしたくて、いつもより若干早足で歩く。

そんな私から、数歩後ろを彼はややうつむきながらついてくる。
私とこんなふうに出歩くことにあまり乗り気でないんだろう、きっと。
寒さに強いわけではなさそうだし、面倒なことは嫌いな性分だ。

「神威くん、もっと早く歩いてよ」

そう言ったって彼は歩調に何の変化も起こさない。
いつもはすたすた歩いて私のことおいてっちゃうくせに。
今は私と彼との間に約一メートルの幅が開いてしまっている。傍目から見たら全然恋人同士っぽくない。
隣に並んで歩けたら寒さを口実に手を絡ませようかと画策していた私はがっくりきた。



彼は私に無関心だ。今日だって私が誘ったんだ。
普通は、男の子のほうから可愛い彼女を連れ出そうとしてくれるものなんじゃないんだろうか。
彼と付き合うようになって結構な時間が流れたけれど、いまだ彼から何かを誘ってもらったことなんかない。

「ねえ、早くしないと売り切れちゃうかも」

今日は最近近くにできたケーキ屋さんに二人で行こうと思っていた。
そのケーキ屋さんは食べられるスペースがあって、ちょっとした喫茶店みたいになっている。
そこで評判の紅茶シフォンがどうしてもご賞味したくて、半ば無理矢理神威くんを引っ張り出してきたんだ。

「紅茶シフォン、すっごくおいしいって食べた友達みんな言ってたよ!」
「…そうか」

私が紅茶シフォンのことをいくら豪語しようと、彼は興味を示さない。
神威くんは甘い物を嫌いではないけれど、そういったものが売っている、女の子や恋人向けだったりする雰囲気のお店を嫌がる。

「神威くん、紅茶シフォン以外にもなにか食べる?苺系とか?」
「俺は何も食べなくていい」

その言葉に私はまたがっくりきた。
今日神威くんとどうしても一緒に食べたい理由があるから誘ったっていうのに。

私は後ろ向きに歩きながら、神威くんに食べてくれるよう食い下がった。

「でも、紅茶シフォンだよ?香りもいいし、味もいいし、家とかで作ると結構手間のかかるケーキなんだよ?」
「べつにいい」
「べつにって…あ、じゃあお店じゃなくて、買っていって家で食べる?」
「店で食いたいならそうすればいいだろ」
「だって神威くんと食べないと意味ないでしょ。せっかく一緒に来たのに」
「無理矢理来させたんだろう」
「それは…そうだけど…」

その言葉にさらにがっくりきた。
神威くんは、私と出掛けてもあまり楽しくないんだろうか。
べつに遠くに遊びに行ったりするわけじゃないんだから、少しくらい付き合ってくれてもいいのに…。

彼女にさえ気乗りしない、という態度を隠さない神威くん。
まあ、神威くんらしいって言ったららしいんだろうけど…。

「けど紅茶シフォン以外にも色々あるし…って、う、あっ!」

ずっと後ろ向きで歩いていたら、段差に靴のかかとを引っ掛けてしまった。
ぐらりと後ろに体が傾く。まずい、このままだとしりもちじゃなくて背中から地面に落ちそう。
わー痛いし絶対恥ずかしいよ、こんなところで!



私は衝撃に備えて身を硬くしたけれど、私を待っていたのは硬い地面じゃない、もっと柔らかくて温かかった。
ぼす、と私を受け止めてくれたのは通行人のおにいさんだった。
背の高いそのおにいさんは、大丈夫?と声をかけてくれた。

「は、はい!まったくの無傷です!」
「そう、よかった」
「あ、あの、ありがとうございました!」

私が上ずった声でそう言うと、にこっと笑ってそのおにいさんは去って行った。
かかかかかっこいい!見た目もかっこいいおにいさんだったけれど、雰囲気がもう大人?というか頼りになる?そんな感じだった。
私より少し年上かな?大学生か、もう少し上っぽいな。

「おい。」

あー素敵な人だったなあ…。

「主人公」

年上のかっこいいおにいさん…。

「…おい、主人公」
「あっ、なに?」
「…。」

ぽわんとしていた私とは対照的に、神威くんはとっても不機嫌です、という顔をして私を見つめていた。

「さっきのおにいさんかっこよかったね。」
「…どこが」
「全部。」
「…。」
「頼りになりそうっていうか…性格も優しそうだし」
「へらへらしてただけだろう。」
「笑顔も素敵だったな…」
「胡散臭かった。」
「…ちょっと、助けてくれた人なのに、そんな言い方ないでしょ」
「思ったことを言っただけだ。」
「…どうしてそんなに苛ついてるの?」
「…おまえがまぬけだからだ。」
「まぬけって…しょうがないでしょ、転んじゃったんだから」
「こんなところで普通は転んだりしない。」
「わ、私だって普段は転ばないよ!っていうか、神威くんがちゃんと隣歩いてくれれば転ばずにすんでたのに!」
「よく言う。あんな男に助けられて、嬉しそうにしていたくせに。」
「助けられて嬉しくないわけないでしょ」
「やけに顔が緩んでいた。」
「それは…べつに、素敵な人だなって思っただけだよ」
「あいつを誘って食べにいったほうがよかったんじゃないか」

今日はさっきから神威くんの言葉にがっくりがっくりきてたけれど、この言葉にはかちんときた。
あんなに神威くんと今日どうしても食べたいんだって言っていたのに。

「もう…そんなこと言うくらい私と行きたくなかったの?」
「…それは」
「じゃあ、いいよ。神威くん今日何の日か覚えてないみたいだし、行っても意味ないみたいだね」
「今日?」

…本当に忘れていたみたいだ。
私は神威くんの反応を見て、自分もケーキ屋さんに行く気が失せてしまった。



…今日はさ、私たちが付き合い始めた日から、ちょうど三年がたった日なんだよ?
男の子はそういうの気にしないのかもしれないけれど、女の子、少なくとも私はこの三年間を二人で一緒にいたっていう事実がとっても嬉しい。
だから、今日は二人ですごして、ケーキでも食べてお祝いしたいなって思ってたのに。
馬鹿。そんな態度とられたらなんだかむかつくし、かなしいじゃないか。
もう、帰りたい。

私はケーキ屋さんじゃなく、もと来た道を戻ろうと歩き出した。

「ばいばい」
「…っ、待て」

私の腕を掴んで引き止めた神威くん。
なんだよう。行きたくないんでしょ。
こっちはなんかもう、あとちょっとで泣きだしそうなとこまできてるんだぞ。
今日はケーキもお祝いもおあずけですね。そうですね。

「べつに、行きたくないわけじゃない」
「ふーん。」
「…怒るな。」
「…怒ってたの神威くんのくせに。」
「…それは」
「…なに?」
「俺が、助けたかったのに」
「…。」
「おまえが、あの男ばっかり見て、たから…」
「…………やいてくれた?」

私がそう言うと、神威くんはばつが悪そうに顔を背けた。
そして、言いにくそうに口を開いた。

「それから今日のことも、思い出した。…だから、行くぞ。」

神威くんは掴んでいたままだった私の腕を引っ張って、ぐんぐん歩き始めた。

「さっきまでは本当に忘れてたんだ…」
「…今思い出したんだからいいだろう。」
「うんいいよ。でも罰として今日は私、思いっきり甘えるね」
「ああ」
「わがままも全部聞いてくれる?」
「ああ」
「ケーキも奢り?」
「…ああ」

私はこれらわ神威くんが了承したとき、跳ね上がりそうなほど嬉しかった。
内心ガッツポーズだ。
滅多にない。神威くんがわがままに対して寛容になるなんて。

「…にやけるな。」
「ふふふ〜神威くん大好き!あ、そこ右だよ」
「…。」















やっと到着したケーキ屋さんは、それなりに人で賑わっていた。
でも座れないほどじゃない。
私は張り切ってカウンターの前に立った。

「やったー!まだ残ってた!すみません、紅茶シフォン二つください!」

私の呼びかけに、バイトらしきおねえさんがにこやかにこちらでお召し上がりですか、と聞いてきた。
私はもちろんはいと答えた。



席に着いて、テーブルに並べられた紅茶シフォンを見て、私はもうとろけるくらい顔をにまにまさせた。
運んできてくれたさっきのおねえさんは、ごゆっくりどうぞ、と言って、もとのカウンターに戻っていった。
おねえさんはたぶん、私たちがデートとかそういうもので来たんだと察してそう言ったんだろう。
私はそんなおねえさんの小さな気遣いが嬉しかったけれど、神威くんはとってもしぶい顔をした。




私が数回フォークを口に運んでも、神威くんはまだ手を付けようとしなかった。
きっと周りの人が神威くんのことを見てるからだ。
神威くんがかっこいいから見てるんだろう。
ちょっと離れたところに座っている中学生の女の子たちなんか騒いでる。
それでなんだか気恥ずかしくてケーキに手がだせないのかな。

「神威くん、食べないの?」

ちょっと寂しいぞ、という声色をだすと、神威くんははっとなってフォークを手に取った。
でもまだ美味しそうな目の前の紅茶シフォンには刺さないで、フォークはぶらぶら揺れている。

…こんなおろおろした神威くんなんてあんまり見れないよね。なんだか、ちょっといじめたいという気が湧いてきてしまう。



「ん、神威くん食べて?」



私は自分のケーキから少し切り崩してフォークに刺し、神威くんの口元に近づけた。
当然神威くんは目を見開いて冗談じゃない、という顔をした。

「今日は私のわがまま全部聞いてくれるんだよねー」

神威くんは私の台詞に赤くなって、憎々しげに私を睨んだ。
可愛いなー。
でも家で二人っきりってわけでもないのに、こんなことしてたら周りの人に馬鹿みたいって思われるかなあ。

けれど結局、神威くんは躊躇いがちに私の紅茶シフォンの欠片を受け取った。
私は神威くんがぱくってしたときに、堪えられずに少し吹き出してしまった。

「……おい」
「ぷっ、くくく…っ、だって、あんまり可愛いから…!」

私が笑いを止められないでいると、神威くんはようやく居心地悪そうに自分で食べ始めた。
普段は周りの目を気にする人じゃないけれど、今回は例外らしい。
彼にとって今日のことは実に苦々しい思い出になるだろう。
けれど、私にとっては実に楽しい一日になった。

「祝・三周年〜!」
「…。」
「…そんなに恥ずかしかったの?本当はまんざらでもなかったでしょ?」
「…うるさい。」
「じゃ、もう一口!ちなみに拒否不可だよー」
「…。」
「はーい、神威たんあーん」
「ふざけるな。」


















愛のままに、今日だけはあまくちで

















あとがき

IO祝・三周年〜!
やんや\(^^)/やんや!
三歳、おめでとうございます。


いやーこの文についてですが、まず三周年という内容を書きたかったんですよ!
あと、桃瀬様とIOといえばなにかな?と考えたんですが…。
結構色々思い浮かびましたが、やっぱり『神威たん』かな、と(笑)!
三周年と神威たんというワードを出そうと文を書いたら…こうなりました(汗)
うまくまとめられたか不安ですが…!
ちなみに助けてくれたおにいさんは封真をイメージしています。
わかりにくいかな(笑)?

なんだか長い文になってしまいましたが、よかったら受け取ってください!
これからもどうぞよろしくお願いしますね^^

ミライより桃瀬様とIO(と神威たん)に愛を込めて!





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