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夕暮れ時の歌(万里様へ)



・双児(?)

・学パロ

・少し昔な雰囲気











「……、…」

昴流が通う学校には、第二音楽室というものがある。
第一音楽室は、音楽の授業や、部活動に使われたりする。
大きさも普通の教室の二倍ほどあり、グランドピアノは勿論、他の楽器や、譜面台、それから楽譜が収納された本棚も置かれている。
引き換え、第二音楽室は少々寂れている。
普通の教室より一回り小さく、座椅子や古い音楽雑誌などが無造作に置かれている。
まるで倉庫扱いだ。
昴流はその積まれた埃っぽい雑誌に躓きかけてよろけた。
しかしそれでも、壁に防音用の補強は施されており…その点が昴流にとっては都合がよかった。







何故、昴流は第二音楽室でこそこそしているのかと言うと…。
十日後、音楽の授業で実技のテストがある。
昴流は高校二年生であるが、一年生の時はグループに分かれてのアルトリコーダーの合奏がテストだった。
昴流はお世辞にも上手い方ではなかったが、周りの皆が上手かったし、一番簡単なパートを譲ってくれたので、何とかなった。
しかし、去年からこの学校にやってきた女性の音楽の教師、名をひまわり先生といい、若々しくも可愛らしい容姿と、そのピアノの腕前で人気の先生なのだが…。
彼女が今年出した実技テストの課題は、男女の二人組になって、順番が来たら皆の前に立ち、課題曲の男性パートと女性パートを一緒に歌う…というものだった。
昴流はそのテストの内容を聞かされた時、思い浮かんだ言葉は「どうしよう」だった。
ありていに言えば、昴流は楽器の扱い以上に歌が得意ではなかった。
もっとありていに、簡単に言うと、オンチだった。
ひまわり先生は下手に歌ってしまったからといって、怒るどころか、皆の前で叱るような先生ではない。
けれど、自分が皆の前で恥をかくのはまだしも…いや、かきたくはないけれど、パートナーがいるならあまり下手に失敗してしまうのも良くない。
勿論、同じクラスの男子の中には、人前で歌うことを渋る子なんかもいた。
だが何というか、昴流のクラスの女子は、真面目で、負けん気が強くて…元気な子が多かった。
真面目に歌わなかったら怒るよ。下手に歌って足を引っ張らないでよ。
と、冗談半分ではあろうが、女生徒諸君らは、ふざけ気味の男どもにそう言って励むよう促したのである。
しかし、素直で真面目な昴流のことだから、これをあまり冗談と受け取らなかった。
もし自分が足を引っ張ってしまったら…。
自分が下手に歌って、パートナーの人にも失敗させて、迷惑かけて、怒られて、飛び掛かられて、引っかかれて、噛みつかれて…。
…なんてことをするほどワイルドな人はいないだろうが、ともかく、音程を何とかマスターしたいのだった。

「ほこりっぽい……」

そんなわけで、練習場所を確保したのだった。
家で練習をするのもいいが…、家族に聞かれるのは恥ずかしい。もう少し上手くなってからならいいかな、と昴流は思いったったのである。
この第二音楽室とは名ばかり倉庫は、先生に資料を運ぶことを頼まれた際に知った穴場だ。
ここなら誰もこないだろう。
昴流はお昼休みや、放課後の音楽室が使用されていない時間を見計らってここにやってきていた。
といっても、まだ二日目だ。
一日目は昴流の足の踏み場を作るだけで終わったので、今日から本格レッスンだ。
第一音楽室から一つだけ拝借した譜面台に、教科書を乗せる。

「…ん、…」

軽い咳払いのあと、軽く口ずさみながら歌詞と音程を確かめる。
本当は誰かに聞いてもらうのが一番良いのだろうけれど、恥ずかしいので無理だ。

「?」

少し喉が温まってきたかなという頃、物音に昴流は顔を上げた。
すぐ隣の第一音楽室の方からだった。
忘れ物でも誰かが取りに来たのだろうか。今日は音楽室は使用されない日だったはずだけれど…。
この練習の歌声を聞かれたら困るのだ。
昴流はこそこそと壁に張り付いて姿を隠した。覗くような真似をするのは気が引けたが、取り付けられた窓からそっと覗き込んでみた。
第一音楽室からはがたがたと音がする。
隣のクラスの女の子だった。手には教科書を持っていることからして…、彼女も歌の練習に来たらしい。
たしか…主人公。そう、主人公さんだ。
彼女もひょっとして、歌の練習に?
窓から少しだけ見える彼女の後姿に、昴流は自分と同じものを感じていた。
教科書をぱらぱらとめくって、自信なさ気に歌い始める…。
向こうは自分にまったく気が付いていないようだった。
第二音楽室は知っている人でもただの倉庫として扱っているし、存在を知っている人も少ない。
ましてや今まさに誰かが使用しているなんて思わないだろう。






練習三日目、昴流は主人公の歌声を聴いていた。
いや、盗み聞きをしているわけではなくて…。
実は昴流、練習三日目にして、彼女に一緒に練習はどうかと声を掛けようかと思いついた。
しかし、いざ声を掛けようとなると…、中々勇気が出ない。
昴流はそっと扉を開けかけては…、閉める。開けかけては…、閉めるを繰り返していた。
そうする内に、彼女の声が聞こえてきた。
音楽室には防音が施されているので、扉を開けなければ彼女の歌声は聞こえてこない。
主人公の歌声は、…あんまり上手じゃなかった。
やっぱり自分と同じだったと、昴流は心のどこかがほっとするような、心細さがなくなったような気がしていた。
一生懸命練習するけれど、自分と変わらないくらいオンチな彼女。
昴流はこっそり彼女の歌を聴きながら、自分のパートも練習した。
もう少し自分が上手になったら…、そうしたら声をかけよう。






練習五日目。
ようやく昴流は主人公と一緒に練習するようになった。
いや、昴流が話しかけたわけではなくて…。
実は、主人公が第二音楽室に入ってきてしまったのだ。
教科書にメモ書きをしているうちに、主人公は座椅子が欲しいと思ったらしく、倉庫がわりの第二音楽室に足を踏み入れた。
昴流は慌てた。盗み聞きをしていたわけで…、いや、そんなつもりはないのだけれど、無断で歌声を聞いていたのは確かだ。
しかし、それほど広くもない第二音楽室。隠れるすべもなく二人は対面した。
昴流は怒られた。

「じゃあ、最初から合わせようか」
「う、うん。僕、すごく下手だけれど…」
「私もだよ…。じゃあ、せーの」

きっちりと後ろで結ばれたさらさらと揺れる黒髪に、真面目な彼女の横顔を見つめながら、昴流は教科書を握りなおした。
日に焼けていないしなやかな指先で操作しながら、主人公は先生から借りてきたというカセットテープをかける。
一生懸命、だけれどぎこちなく合わされた歌は…、下手だけれど、少し楽しかった。
一人でないと互いの歌声の感想も言えるし、音楽がかかると練習もはかどるような気がした。

「わ、これ僕の声?」
「私の声、外れてる…」

ためしに歌声を録音してみると…、自分が思っていたより三倍は下手なのだから昴流と主人公は落ち込んだ。
二人とも、何とかお互いの歌の良いところを見つけあい、励ましあった。

「それにしても主人公さん、すごく一生懸命だね。僕も見習わなくちゃ」
「うん…」

ひとしきり練習すると、二人で休憩に腰掛ける。
主人公がくれたのど飴で、昴流はほっぺたを膨らませながら話した。
昴流の言葉に、主人公は少しその色白な頬を赤く染めて俯いた。

「…?どうしたの?主人公さん。」
「だって、皆の前で、私の歌なんか聴かせられないよ…」
「大丈夫、練習すれば!皆を驚かせようよ。上手になって、ね?」
「うん…。でも、私と組む人、すごく上手だから足を引っ張らないかな…って」
「そうなんだ…」

男の生徒でも、やっぱり歌の上手な人はいるんだ…。
昴流の少々古風な頭では、女性の歌声のほうが印象が強いのだが…、それもそうかと頷く。

「誰が上手なの?主人公さんが組む人って誰?」
「あのね……」

そっと主人公は手を口に添えて、昴流に耳を傾けるよう促す。
女の子がよくやる仕草だ。
昴流はどれどれと耳を彼女の口元へと寄せる。
主人公のひんやりで細い指先が、昴流の髪を耳にかけてくれるのが心地良くて、ちょっとどきりとした。

「私ね、神威くんと組んだの」






「……何を睨んでいる」

夕暮れに沈みかける川沿いの土手を歩きながら、神威はやけに自分をじろじろと見る昴流に対して、怪訝そうに訊ねた。
じっとりとした機嫌の悪そうな瞳。昴流がこんな表情をするのは珍しかった。

「神威は男前だもんね」

昴流はぽつりと呟いた。
主人公の表情から察するに…、彼女は自分と神威が兄弟であることを知らなかったのかもしれない。

「……」
「神威、歌が上手なんだって?」
「……昴流よりは」
「むっ」

川から秋の風が吹き抜けて肌寒い。
学ランを着込んでもまだ少し寒いくらいだ。

「神威、今日校門で先生に寝癖直せって言われてたでしょ」
「…昴流は髪に何を塗っているんだ?」
「何も塗ってないよ!これで僕は普通なの!」
「……」
「あ、そうだ。神威、寒がりでしょう?学帽ちゃんと被らないと!」
「持っていない」
「じゃ、僕のを貸してあげる、ほら」

昴流が心なしかちょっと乱暴に被せてきた学帽に、神威は嫌な顔をした。
機嫌悪く、昴流が早足で歩き始めると、神威は首を傾げながら後に続いた。






(万里さまに誕生日プレゼントとして捧げます!学ラン入れようとしたら古風(?)になりました!(笑)よかったら受け取ってくださればと思います!)




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あきゅろす。
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