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路地裏で(きなこ様へ)



・X昴流

・お酒ネタ











「ここ?」
「うん」

むくれた顔で、主人公は訊ねた。
まだ学生や仕事帰りのサラリーマンで賑わう街頭からは、少しはずれた場所。
少し、出かけよう。
日も落ちかけたころに、そう提案したのは主人公からだった。
夕食時ということもあり、昴流はなるほどと言わんばかりに、近くのレストランを提示した。
しかし、主人公の意図は違うところにあったようで、違うお店に連れていけと大憤慨されたのだった。
小さなわがままの結果、連れてこられたところがここだった。

「…ここ、お酒を飲むところ?」
「軽食も扱ってるから大丈夫だよ」

昴流のその言葉に、主人公はまた少し頬を膨らませた。
まるで自分が食べ物を要求しているようではないか。
やっぱり、まだ昴流の中では、この外出は腹を膨らませることに意義があると思っているらしい。
そうじゃない。
ただ、夜のいい時間に、少しだけ遊びにいけたらなと思ったのだ。

「主人公?」
「…あ」

思考にふけっている間に、昴流は店の扉を押しかけていた。
慌てて主人公も後へと続く。











「ここでいいかな?僕、女の子が行きたいお店とかは、勝手がよく分からなくて…」

座らされた店内はあまり広くなくて、カウンターとボックス席が数箇所設置されているだけだった。
主人公はこういうお酒を専門に扱ったお店に来るのは初めてだった。
本当は少し小洒落たカフェ等に連れて行ってもらえれば上出来だったのだが。
思いのほか本格的なお店に誘われてしまったらしい。
昴流の中にこうお店の覚えがあるとは意外だった。

「綺麗なお店だね」

けれど、このお店は素直に素敵だな、と思える内装だった。
明るすぎない、ぼんやりとした間接照明の雰囲気が大人っぽい。
壁や装飾も黒や紺色を基調とした上品なものが多い。
主人公は少し、ほんの少し緊張した。

「いらっしゃいませ」

若い、バイトの方だろうか。まだ学生風な雰囲気だ。
軽い会釈をしながら、メニュー欄を渡してくれた。
受け取った主人公は、その内容をじっとよく見つめる。
けれど、主人公にはよくわからない名前ばかりだった。
下のほうにあった、サンドウィッチ、プリンなどの、軽食やデザートの名前だけ理解できた。

「昴流、お酒はあまり飲まないんじゃ?」
「うん。でも、ここに来たときは少しだけ…」
「おいしいお店なんだ?」
「そうだね。それに、ここには前に仕事で来たことがあって…」

昴流は一旦、会話を切った。
カウンターの奥、厨房か何かでもあるのだろうか。
そこから初老の店主らしき人物が顔を出した。
昴流の反応からして知り合いらしい。

「主人公、ごめん、少し…」
「あ…うん」

昴流はここの店主と顔見知りらしい。
その姿を見かけるやいなや、挨拶でもするのだろう、席を立ってカウンターへと向かった。
……。
女の子をお酒の席で一人にするなんて。
昴流の仕事脳めっ。

「お客様」

主人公はびくりと身体を縮み上がらせた。
先ほどの若い店員が主人公に声をかけてきた。
……注文の内容を聞きに来たのだろうか。
とはいえ、主人公はお酒を飲む気はなかったし、第一、メニュー欄の名称を見ても、どんなものかわからない。
主人公はてっきり、昴流が自分でも飲めそうな物をチョイスしてくれるのかと思っていた。
しかし、昴流は相も変わらず店主とカウンターで小会話を繰り広げている。
昴流の想像通り軽食を頼むのは気が引けたが、ここは仕方がない。
文字を理解できた、サンドウィッチでも頼んでおくべきだろうか。

「お客様は、お酒はあまり…ですか?」

若い店員は、気さくに話しかけてくれた。
主人公がメニューを見ながらしどろもどろになっているのに気がついていたのだろう。
主人公はかーっと頬が熱くなるのを感じながら、こくりと小さく頷いた。

「では、こういうのはお好きですか?」
「……?」

店員が差し出した物に目をやる。
透明で少し大きめな瓶の中に、苺やレモンが漬かっている。
ほんのり甘そうな香りがするが、やはりこれもお酒なのだろうか。
底には薄い桃色の、石のような物が敷かれている。

「……いし?」
「氷砂糖です」

くすり、と笑われてしまった。
一瞬むっと主人公は言葉を詰まらせたが、無知なものはしょうがない。
お酒らしいお酒は、まだ飲んだことがないのだ。

「…可愛いですね」

こういうお店はワインや、どこそこの何たらを、何年間熟成させたお酒、などを取り扱っているものだと思っていた。
けれど、バイトらしき店員が取り出した自家製風な可愛い小瓶に、主人公は思わず興味を示してした。
自分が退屈そうなのに気を使って、女性が喜びそうな物を、わざわざ持ってきてくれたのだろう。

「少し飲まれてみますか?」
「え…?」











帰り道。
店主との会話の後、二人で軽食を摘んだ。
主人公も満足したのかどうなのか、特に不満は漏らさなかった。
それ以前に、一言も言葉を発しなかった。
だまって運ばれてきたサンドウィッチを、黙々と食べていた。
プリンも食べるか、と聞いてみたけれど、主人公は静かに首を振った。
いつもの主人公らしくない。
雰囲気が合わなかったのだろうかと、なるべく早々に引き上げたつもりだったが。

「主人公、どうしたの?」

自分の後ろをひょこひょこ定まらない足元でついてくる。
なるべくペースを合わせているつもりだが、主人公の歩調は遅かった。
具合でも悪くしたのだろうか。

「少し休む?」

こっくり。
主人公の頭が頷いたように見えた。
昴流は主人公に歩み寄り、顔色を窺う。

「……主人公、もしかして何か飲んだ?」
「……?」

主人公の顔に自分の顔を近づけると、酒臭いというわけではないが、ほんのり甘い香りがした。。
様子からして、多少、何か酒の類を口に含んだらしい。

「主人公、主人公」

呼びかけてみる
ぼんやりした表情で、主人公は首を傾げるだけだった。
据わっていない首を、昴流は手のひらで支えてあげる。

「……」

頬が熱かった。
主人公は心地よさそうに目を細める。
昴流の少しひんやりした手のひらを離してほしくなくて、いやいやをするように昴流の手にしがみついてきた。

「主人公、帰ろうか?」

昴流はなるべく優しく問いかけた。
それでも主人公は、まだいやいやと首を横に振った。
機嫌が悪くなってきたらしい。
主人公が酔っているところなんて見たことがなかった。
慣れない酔いのせいで、情緒が不安定になっているのだろうか。
くすん、と鼻を鳴らす。
泣き出してしまった。

「泣かないで…」

慌ててあやすように抱きしめた。
主人公の身体はびくりと震えたけれど、大人しく納まってくれた。

「お酒…いつ飲んだの?僕が店主さんと話してる時?」
「すばる……」
「気持ち悪くはない?吐き気とかは?」
「……すばる」
「……少し飲んだだけ?」
「……うぅ」

質問の内容が届いているのかどうなのか、受け答えがはっきりしない。
じいっとこちらを見上げてくる。
けれど、機嫌は直ってきたらしい。
潤んだ瞳で、あどけなくこちらを見つめてくる。
じいっと見つめてくる表情は可愛らしい。
何となく保護欲をかきたてられて、昴流はふっと微笑んだ。

「……?どうしたの?」

襟の辺りを軽く引っ張られる。
かがんでほしいということらしい。

「こう?」

主人公の顔を覗き込むように昴流は屈んだ。
主人公の細い指先が、昴流の顎の辺りをそっとなぞった。
はむ、と。
じゃれるように小さく柔らかいものが押し付けられる。
唇に湿っていて甘い感触。
昴流は目を見開いた。

「……、…!」

驚いて昴流は身を引こうとした。
すると、主人公は思いのほか大人しく離れてしまった。
寂しそうな、しょげたような顔をする。

「……すばる、やだ?きたない?」
「きたないだなんて…」

思ってないよ。
昴流は乱れた動悸を抑えようとした。
身体の奥がじりじり焼け付くような気がした。
何年もしまいこんでいたかのような感覚。

「こんな……いいの、主人公?」

主人公は小さく何度も頷いた。
いつもの主人公と、少し違う。
素直で、甘えてくる。
昴流は困ったように視線をさまよわせた。
だがやがて、主人公の顎をゆっくりと軽く持ち上げた。
やっぱり、主人公は酔っている。
頭の隅に罪悪感のようなものを感じながら、昴流は主人公の望むまま口づけた。

「……」

さっきと同じ感触。
暖かくて、柔らかい。
あんまり小さくて柔らかいから、これは食べられるような気がした。

「……っ、…ん」

嫌がってはいないだろうか。
今にも酔いがさめて、後悔したりしないだろうか。
わざと少しだけ乱暴にしてみる。
しかし、それでも主人公は何も言わず、されるがままだった。
一生懸命応じようとしているのが分かる。
それがいじらしい。
主人公はとんっと背中を路地の壁に打ち付けた。

「……あ」

ふいに、首の辺りにぬめった感触が吸い付いた。
ぞくりとおかしな感覚が走り抜ける。
押し付けられる、華奢だけれど広い肩幅を、主人公は反射的に弱い力で押し返そうとした。
その抵抗に、昴流ははっとなる。

「……主人公、……やっぱり、やめよう」
「……え」
「これだと僕、すごく悪い男みたいだから…」

ごめんね、と小さく呟く。
昴流は身体を離そうとした。

「だ、だめ…なのっ」

主人公はつたない力でしがみついた。
一生懸命、もう一度唇に吸い付く。
昴流の方が背が高いので、しがみついている主人公は足元が覚束ない。
不安定になりながらも、必死で昴流に身体を押し付けた。
昴流は主人公の頼りない背中を、優しく撫ぜてあげた。

「…………ん」

いつもと違う。
いつもの昴流と違う、喉のほうから低く響いた声が聞こえただけで、主人公は嬉しくなった。

「……だいすき、…だよ。……すばる、おこる?」

不安げに、主人公はおずおずと口にした。
主人公の唾液で汚れた口元を、昴流はそっと拭ってあげた。

「…おこらないよ」

こつりと互いの前髪を触れ合わせる。
主人公はほっと、安心したように微笑んだ。
相変わらず、真っ赤に上気した頬で。









路地裏で



(酔いがさめても、どうか忘れないで)











あとがき

お酒ネタでした。
うー難しかった!
だって…だって…。
お酒まだのめないんだもん!(笑)
微妙に年下夢主みたいになってしまいましたか?
まあ、それは読んでくださるかたのお好きで!
それと微妙に、恋人未満設定みたいになってしまった気が…?
…それも読んでくださるかたのお好きで!(笑)
うまく書けたかわかりませんが、きな姉さん、これからもどうぞよろしくおねがいします。




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