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series
妖精の愛しみ



・双児

・森の妖精ネタ




森は、季節や年の巡りで姿を変えている。
毎日その変化を眺めている昴流にとっては、新しくなった木の実や、動物たちの憩いの場を見つけることが楽しい。
昴流はずっとずっと昔からこの深い森に住んでいる。
他の人からすればどれも同じような木の根のくぼみも、昴流にとっては目印だし、各々の生活をしている動物たちも、時々は一緒に遊んだりする。
そんな森行く足取りも、実に軽やかだった。
そんな中、昴流はふと立ち止まった。きょろきょろと辺りを見回す。

―泣き声が聞こえる?

なるべく慎重に昴流は足を早めた。
子供が遊んでいて迷い込んだのだろうか。
進むほどに泣きじゃくる声が鮮明になる。
早く見つけてあげなきゃ。
そう思い茂った木々を避けながら気を急かした。
しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。うずくまっている人影がある。
長い黒髪が地面に広がっている。
どうやら、女の子のようだった。

「どうしたの?」

自分の接近に気付かなかったのか、その女の子はひどく驚いたようだった。
はっとこちらを見上げると、涙で潤んだ瞳を大きく見開いた…ように感じられた。
前髪でよく見えなかった。

「迷ってしまったの?」

再び声をかけると、彼女は肩を大きく震わせた。
警戒しているようだった。
周りに他の人の気配はない。
やはり迷子だろうか。

「あなたは…?」
「僕は昴流。この森に住んでいるんだ」

そうゆっくり話すと、少しは落ち着いてくれたらしく、彼女も自分を覗き込んでいるのが分かった。
子供かと思ったけれど、こうして見ると自分とそれほど歳は違わないみたいだった。
涙と前髪を拭ってあげると、純真な瞳が覗く。人懐っこそうな子だった。

「君はどこから来たの?お家まで送ってあげようか?」
「……」

彼女の格好に目をやる。
純白の上質そうな布を纏っている。
それは『ドレス』という代物だったが、男で森育ちの昴流にはそんな単語は浮かばなかった。
どう考えてもこの森を散策するには向かない。森に慣れていないなら尚更だ。
事実、服の裾や袖がところどころ破けているし、どうやら靴も脱げてしまったのか履いていないようだった。
足のつま先が泥と血で滲んでいた。何度も転んだのだろう。

「主人公は一人でここに来たの?」
「ううん」
「そっか、じゃあ家族の人と一緒だったのかな?それとも友達?」
「違う、知らない人。お母様の知り合いの男の人」
「…その人はどこへ?」
「…わからないの。いきなり怒り出して…、怖くなって私は逃げてきたの」

主人公は自分でもよくわからないといった様子で首を振った。
そんな主人公に昴流も首を傾げたが、とりあえずとばかりに彼女の服の裾の汚れを払ってあげた。

「そっか…。とりあえず、森の入り口まで送ってあげるよ。こんな奥深くまで入り込んで…案内なしじゃ難しいだろうからね」
「……」
「立てるかな。僕の靴を貸してあげようか?」
「……」
「主人公?」



・・・



神威は背負っていた荷物を、玄関に一度下ろした。
今日は神威が町に買出しにいく当番だったのだ。
家の中を見回すと、他にはだれもいない。
まだ自分の他には帰ってきていないらしい。
仕方がない、先に夕食の準備を整えておこうと、神威は再び荷物を運びなおそうとした。

こつこつこつ。

扉になにかがぶつかる音。
外に誰かいる。ノックだった。

「神威、いる?開けてくれるかな、今手がふさがってて」
「…昴流?」

呼びかけに答え、神威は扉を引いた。
森で珍しいものでも見つけたのか、昴流も町で何か買ってきたのか。

「よかった、もう帰ってたんだね。あ、あの…怪我してて、この子」
「…ぅ」

昴流の背中には人が背負われていた。
女の子供。眠ったそうに小さく声を漏らした。

「…どこから拾ってきた」
「森で迷ってたんだよ」
「なら町に連れて行けばいいだろう」
「え、えと、帰れないって言うから」
「町までいけば、帰り道くらい知っているだろう」
「ともかく、寝かせてあげていいかな?ひどく疲れてるみたいなんだ」
「…」
「僕、水を汲んでくるから。神威は僕のベッドにこの子を運んであげて」

昴流は何か連れてきた少女と少なく言葉を交わすと、神威に半ば無理矢理抱えさせた。
神威は圧し掛かってきた体温のある重みに眉をひそめた。

「ごめんね、すぐ戻るから!」

了解を得る間もなく昴流は足早に再び外へ向かっていった。
仕方なく眠りこけている少女を持ち直すと、神威は言われたとおり寝台に運ぶことにした。
歩くたびに、さら、さら、と腕に髪がかさった。
大分手入れがされているようだった。
普通の町の子供ではなさそうだ。
こんなに長々と髪を伸ばすやつは、町にはそうそういない。
家から出たことがないような身分なのだろうか。
けれど、そうだとしたら森を一人でうろついていたというのも妙な話だ。
そんなことを考えながら、横にさせようと寝台に一旦降ろす。
少女は無意識に小さく礼を呟いたようだった。

「寝ろ」

そう神威が短く指示をした。
すると、何を思ったのか、もぞもぞと腕を動かし彼女は服を脱ぎにかかった。
さすがに神威も少し面を食らった。

「…何をしている」
「寝る前には服を着替えないと」

復唱するように口に出すと、止める間もなくさっぱり彼女は汚れた白い服を脱ぎ捨てた。
そして何かを待つようにきょとんと神威を見つめた。

「…おまえの着替えなんかない」
「でも、脱がないとベッドが汚れてしまいます。森で転んでしまって…」
「なら、そのまま寝ろ」

神威はシーツを投げつけるように被せた。
…変わったヤツだ。
加えて、神威が不可解だったのは、彼女が一枚服を脱いだ所で、同じようなレースのついたヒラヒラした服だか下着だかを着ていたことだった。
どうして同じようなのを二つも三つも着ているのか。
まあ、だからというわけではないが、とりあえず着替えは何も問題はなさそうだった。

「ありがとう。私は主人公」

それだけ言うと、主人公はすやすやと穏やかに眠り始めた。
しばらくそんな様子を眺めながら、神威は近くの椅子に座り込み、テーブルに頬杖をついた。
神威が興味本位につついたりしても、主人公が起きる気配はなかった。



・・・



「ふふ、眠っちゃった」

昴流は濡れた手ぬぐいで主人公の土で汚れた頬を拭いてあげた。
白かった頬に、徐々にほんのり赤みが差してくる。

「ねえ、この子可愛いよ。行くところがないなら、ここに置いてあげられないかな?」
「……」

またそんなこと言い出して、と神威は内心思った。
昴流はいつも、すぐに懐いた近隣の動物を家の中に招き入れたがるのだが、幸いこれまでは動物たちも森の方が住みよいらしく、長居することもなかった。
昴流はいたく彼女が気に入ったらしく、先ほどまで神威がしていたように、主人公の頬をつついている。
こうみえて、昴流は結構頑固なのだ。
神威は半ば諦めながらもどう世話をするのか訊ねることにした。

「…寝るところがないだろう。俺のベッドをずっと取られたままだと困る」
「じゃあ、僕と一緒に寝かせてあげよう。そうだ、ベッドだって作ってあげればいいよ。シーツとかは買ってきてあげれば、僕が縫ってあげる」
「……お前は裁縫できないだろう」
「む…」



・・・



主人公は目を覚ますと、自分を覗き込んでいる大きな瞳と目が合った。
その優しく好奇心に輝く眼差しに、主人公はすぐに自分を助けてくれた人だと分かった。

「昴流さん、ありがとう。ずっとそばにいてくれたの?」
「うん、よく眠ってたね」

昴流の手のひらに頭を撫でられ、主人公はしばらくその感触の気持ちよさにはにかんだ。
あらためて周りを見渡すと、丈夫そうな木の造りの部屋、手作りの家具、昴流の見慣れない服装…。

「昴流さんは木こりさん?」

昴流はううんと首を振った。
そうか、そうだろうな、と主人公は自分でも思い直した。
昴流の指や腕は木こりのイメージからかけ離れている。ほそっこいのだ。

「じゃあ、どうして森に住んでるの?」
「僕は生まれたときからここに住んでるよ」
「そうなんだ」

昴流はしばらく主人公のことを優しく眺めていたが、主人公と会話を交わすうち、さらに興味ありげにベッド脇に屈み顔を近づけてこちらを見つめ始めた。
大きな瞳、変わった格好。優しくて好奇心旺盛で、木のお家に住んでいる。
もしかして、昴流は森の妖精ではなかろうか。
ためしに主人公がそう訊ねてみると、昴流はくすくすと笑った。

「ねえ、行くところがないなら、ずっとここにいてもいいよ。ここには僕と神威だけだから」



・・・



「今日からはこのベッドで寝ていいからね」
「う…ん」
「僕と神威がもっと小さい頃に使っていたベッドだけれど、二つくっつければ広いでしょ?」
「…うん…」
「じゃあ、もう遅いからおやすみ…」

主人公は早く寝る習慣で育ったのか、夕食を食べ、お風呂に入った後にはもう眠くなってしまうようだった。
そうして、一度寝てしまうと朝までぐっすりで、起きない。
主人公がこの家にやってきてから、昴流は主人公のすやすやと眠っている横顔をしばらく見つめているのが日課になっていた。
見つめているだけでも心が休まるのだが、何より眠っている主人公を撫でてやることが心地よいのだった。

「またやってるのか」
「だって可愛いから…」

昴流の様子を伺うように、神威も部屋の扉から顔を覗かせた。
呆れたような神威の物言いにも、昴流は気にせず微笑んだ。
主人公がこの家に住むようになってから、一週間ほど経っていた。
ゆっくり主人公から話を聞いているうちに、主人公はどうやらお家の人に、この森に置き去りにされてしまったらしいことが分かった。
この家に置こうとした昴流に、初め神威はやや反対していたが、言うことは素直に聞いている様子の主人公を見て、渋々頷くようになっていた。

「こんなに柔らかい…。すべすべしてて、すぐに滑り落ちてしまう…。神威も本当は興味があるんでしょう?だから神威だって寝顔を覗きにくるんだ」
「…興味なんか…」
「ん…ここいい匂いするよ…。ほら、神威も…」
「…あ」

昴流に手を引かれるようにして、神威もベッド脇に座り込む。
相変わらず起きない主人公は小さく身じろぎした。



・・・



それからというもの、群青色の空に月が高く上がる頃、二人は眠っている主人公に寄り添うようになっていた。
最初は少し俯きがちだった主人公だが、最近はすっかり明るくなり、懐っこい笑顔をよく見せるようになっていた。

「神威、乱暴にしないでね。絶対だよ」
「…ああ」
「あ…ごめんね、神威の手つき、本当は優しいもんね。不器用なのは僕の方だし…」
「気にしていない」
「う…ん」
「……どうした」
「何だか熱い…。嫌な感じとは違うんだけれど…身体が…むずむずして…。ふぅ…主人公の肌はちょっと冷たくて気持ちがいいな。ちょっと…ここのところに…僕の」
「…あまり乱暴にするなよ」
「うん、なるべく優しくしてるよ。……!あれ?主人公、こんな所までふにふにしてる」
「…何もない」
「うん、暗くてよく見えないよ。ここの、つるつるした割れ目のところ」
「…?」
「何だろう、ここ…。でも、主人公は女の子だから、こんなに柔らかいんだね、きっと」
「…膨らんでる」
「僕、今日はこの足の爪のところがいいな。小さくて、貝殻みたいで可愛いよ」
「最近はそこばかりだな」
「ふふ」



・・・



「主人公、神威に料理を教えてもらっているの?」
「うん。といってもただのお手伝いだけれど…」

家事の手つきが覚束なかった主人公も、この家に住み始めていくつか季節が巡り、簡単な料理や掃除はできるようになっていた。
昴流は自分も少しは手伝うかと、食器棚から皿やフォークを取り出す。

「今日の夕食は何かな?」
「えっと…私が手伝ったのはサラダで、メインはハンバーグだよ」
「へー…綺麗にできてるね、主人公」
「これはちぎって入れるだけだから、簡単だよ」
「そっか。僕もそれくらいなら…」
「昴流はひっくり返すから触るな」

神威に浴びせられた言葉に、昴流は渋々手を引っ込めた。
彼もまた、少し離れた場所で調理に勤しんでいる。

「む、…もう…意地悪なんだから」
「サラダ、もう少しで完成するよ。昴流さんの好きな野菜もたくさん入れたよ」
「ありがとう。…ねえ、主人公、ずっとここにいてね」
「どうしたの?急に」
「あのね、僕のお嫁さんにしたいんだ」
「え?」
「だめだ」
「ええーっ?どうして神威がだめって言うの?」
「……」

フライパンの中のハンバーグをお皿に移しながら、神威はそっぽを向いた。
主人公もそれに倣い、サラダをテーブルの中央へと運ぶ。

「昴流、邪魔ばかりするな」
「むっ、僕だってお水くらいなら用意できるよ」

神威の言葉に、昴流は再び準備を手伝い始める。
一足先に準備が終わった主人公は、神威に軽く促されて先にテーブルに据わることにした。

「?」

主人公は椅子に座る瞬間、自分のワンピースが軽く翻った。
その時初めて、僅かにだが自分の足に違和感を感じた。

「何だか足に紅い痕がついてる…」
「…どこだ」

神威は屈むと、主人公のつま先や足首の辺りを調べてやる。
確かに、ふくらはぎのあたりがほんのり紅くなっている。

「…軽くぶつけただけだろう。明日にはなくなっている」
「そっか」

主人公は納得したようだが、まだ少し不思議がっている。
けれど、神威には紅くなっている理由が分かっていた。
どう説明したものかと、神威は屈んだまま考え込んだが、とりあえずは様子を見ることにした。
すると、コップを並べていた昴流は、あれというふうにこちらを覗き込むと、あっと声を上げて駆け寄ってくる。

「神威!そこは、今日は僕が先にって約束したのに!」
「…約束?今日って…昴流さん?」
「あ」
「ばか」

むーっとやきもちの表情だったの昴流は、目を丸くしてはっとなり、神威は呆れた顔でついっと視線を反らした。
主人公は二人の表情を見合わせる。

「もしかして…ここ紅くなってるの昴流さんが?」
「う、なんでもないよ!」
「本当に?…いたずらしてるんじゃ」
「してないよ!」
「神威さんは?」
「…してない」
「こら、ちゃんとこっちを見るの!」

ぐいっと主人公は無理やり神威を肩を掴んで、引っ張るようにしてこちらを向かせる。
神威はばつが悪そうに視線を彷徨わせた。

「昴流さん、変なことをしていない?」
「変なことって…?」
「私の肌を見たりとか…」
「し、してないよ」
「それにしてはしどろもどろだけれど…」
「ううん、だって夜は部屋が暗いもの。少ししか見えないよ」
「少しって…」
「…え?あっ」

嘘をつくのがどうにも苦手なのか、昴流は真っ赤になって慌てている。
その様子を見て怒る気も失せたのか、主人公は渋々神威を掴んでいた手も放した。

「そういうことは、大人にならないとダメ!」
「大人だったらしてもいいの?」
「え?…大人になったら…?…うーん…それでも勝手にはダメ!」
「僕たちは大人じゃないの?」
「お、…大人じゃないよ」
「どうしたら大人なの?」
「うーん…、おひげが生えたり、お酒が飲めるようになったら大人かな…」



・・・



「うーん、ちょっとべとべとするけれど…これでいいよね」

その日の夜、夕食を食べてお風呂に入った後。
昴流はさっそく主人公に言われたことを行動に移していた。
準備完了、とばかりに、昴流はそそくさと主人公の部屋の扉から顔を覗かせる。
先に来ていたらしい神威がベッド脇に腰掛けており、剣呑な瞳でこちらを見つめた。

「すばる、なんだかおのそれは」
「これ?さっき灰を少しほっぺたに擦りつけてみたんだ。ちょっと黒くておひげみたいでしょ。洗えばすぐに綺麗になるし」
「…へえ」

そう言いながらも、神威はいつになくキレのない動きでのろのろと動き、主人公のベッドにどさりと横たわった。
不思議に思って昴流は神威の顔を覗きこむと、頬がほんのり朱に染まっている。
それに、普段は見ない機嫌のよさで、薄っすらと笑みすら浮かんでいる。

「……神威、なんだかさっきからへろへろだよ?どうしたの?」
「…べつに」
「あーっ、神威、料理用のお酒飲んだんでしょ。だめだよ」
「…うー…」
「でも、これで主人公と一緒に寝てもいいんだよね、神威。ずっと…」
「…う、ーん…」
「…ふふっ」


(妖精ネタなのか小人ネタなのか白雪姫ネタなのか)



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あきゅろす。
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