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series
嘘は少女に侵された


・封真

・赤ずきんパロ











色と香りだけが溢れるこの空間に主人公は一人だけだった。
小さな泉を囲むように花は咲き乱れている。
めまいを起こすような暑い季節であろうと、ここはいつでも涼しげで清々しい空気に包まれていた。
森の中。
小さな花畑。
主人公が散歩と戯れに使うその場所に、突如見慣れないものが現れた。

「ここは君の場所?」

主人公がその存在に気付くのとほぼ同時にそれは声をかけてきた。
そうだよ、と主人公は答えた。
けど、私だけのものってわけじゃないよ、とも付け加えた。

「そうか」

男の人だった。その人も一人だけ。
ただいるだけ。
この花畑は深い森の中、ぽつんと開けた狭い範囲だけのものだった。
だからだろうか、主人公は長年ここに通っているけれど他の誰かと鉢合わせたことはなかった。
おそらく今までは主人公以外は立ち入った人さえいなかっただろう。

主人公が興味深げにじろじろ見つめていたからだろうか、その人は自分のことを話し始めた。

「ここへはたまたま来たんだ。前は町にいた」
「そうなんだ…」

森の外のどこかに町と呼ばれる所があるのは知っていたけれど、そこは主人公にとって別世界みたいなものだった。
彼は主人公にとって未知の来訪者だった。

「…私、主人公。あなたの名前は?」

そう訊ねると、その人は少し驚いたような顔をした。
くくっと喉をおかしそうに鳴らした。
名前を聞かれるなんて久しぶりだと言った。
町では名前が必要ないのだろうかと主人公は思った。








「封真」

主人公は物珍しさに封真によく会いに行った。
彼はいつでもそこにいたし、主人公が話しかけても興味本位に触れてみても怒る素振りは微塵も見せなかった。
彼にとっても自分が珍しいのだろうか。

「ふーま」

主人公が封真の背中に張り付いて身を乗り出すと、決まって封真は主人公はいい子だねと呟いた。
どうしてそんなことばかり言うのか主人公にとっては疑問だった。
けど、褒められているのだろうから悪い気はしなかった。

「どうしていつもここにいるの」

出会った日から封真がここにいなかった日はなかった。
主人公は暗くなる頃に自分の住む小さな家に帰るのだけれど、封真はその時も主人公を見送るだけだった。
自分が帰った後に彼も町とやらに帰るのだろうか。
封真は主人公にとって不思議の塊だった。

「ねえ、封真」

封真は主人公の質問に対して色々な返答をするけれど、たまにはぐらかすように薄く声を出して笑う。
なぜだろう。
今回もそうだった。

「封真。ふうま、ふうまふうま」

主人公がまるでその言葉一つしか知らないとでもいうように名前を呼ぶと、封真はこっちにおいでと主人公の腕を軽く引いた。
主人公は引き寄せられがままに封真の体の中に納まった。
そして先ほどの質問をもう一度訊ねる。
どうしていつもここにいるの。

「俺は嘘ばかりついていたから。町に住めなくなったんだよ」

だからここにいる。封真は主人公にそう言った。
その言葉こそ嘘か本当か主人公には分からなかった。








「主人公は、いつもこれを被ってるね」

似合ってるね、と感想を述べながら封真は主人公の頭を覆っている赤い頭巾をそっと撫でた。
小さい頃からずっと身につけている。
なんとなくだけどお気に入りのものだった。
昔はぶかぶかで鼻先まで布が降りてきていたけれど、今ではちょうどいい。

「本当?似合う?」
「うん、童話に出てくる女の子みたいだよ」
「どうわ?」
「昔誰かが考えた物語のことだよ」
「そうなんだ。教えて、封真。教えて」

柔らかい花の上に寝転がっていた封真を急かすように主人公は跨って服をゆすった。
主人公の下で封真は困ったような顔をした。

「んー主人公」
「封真、話して。だめなの?」
「わかった、わかったからあんまり揺らさないで」

好奇心に揺れる大きな瞳に封真は苦笑した。
そして急かされるまま、いつもの口調でゆっくり物語りを紡ぎ始める。

「…むかしむかし、赤い頭巾を被った女の子がいました」

物語の冒頭。
主人公は早く内容が聞きたくてしかたがなかった。
相槌で続きを促す。

「ある日、女の子は人に頼まれたお使いの途中、花畑に寄り道をしてしまいました」

女の子は花畑の景色の美しさと心地よい匂いに惹かれてしまいました。
なのでついお使いを少しの間投げ出すことを良しとしてしまいました。

「けれどその花畑には女の子以外にも誰かいました」
「誰がいたの?」
「狼」

一匹だけ、そこにいました。
じっと女の子を隠れながら見ていました。
狼は女の子がとてもおいしそうだったのですぐに食べたくなりました。

「それでどうなったの」
「女の子は食べられてしまいました」
「えっ」
「狼の方が狡猾だったからね」
「こうかつ…」
「そう。狼の方が頭が良くて、強かったってことだね」
「ふーん。その後は?」
「そうだな…狼とずっと一緒にすごしたんじゃないかな」
「…すごした?食べられたのに?」
「食べられたから、帰れなくなっちゃんたんだよ」

話が終わると、主人公は事も無げにもう一度感嘆の息を漏らした。

「…狼は寂しかったのかなあ」
「かもしれないね」








「は っ、う」

封真はいつでも主人公に対して穏やかに接した。
けれど、たまに乱暴になる。
いつからか、封真の方からも主人公の方に触れるようになっていた。

「んうっ、く」

その時の封真は大きな手で主人公を包みこむようにじっとり触れた。
嫌だとは感じなかったけれど、主人公は息苦しさに慣れることはなかった。
同時に、唇と舌にぬめったものが絡むのも。

「くるしい」

喉を押さえつけられた小動物のような声を主人公は漏らした。
涙の混じる声。
そうすると封真は少しだけ寛容になる。
開放はされない。

「くるしい、くるしいくるしい。くるしい、よ」
「可愛いね」

封真が主人公に対して褒める言葉を口に出すのは頻繁にあることだった。
でも今は何が可愛いのか主人公には分からなくて、余計に苦しくなった。

「い、いたいっ」

首筋に走った鋭い痛みに、主人公は封真を押し退けようとした。
けれど食い込む歯は主人公から離れない。
わざと断続的に噛むから、痛みも薄れない。

「いた、い…。痛いよ封真」
「うん。だって俺、主人公のこと食べちゃうからね」

びくんと主人公の体が震えた。
熱い。熱くて。

「これはもういらないね」

するりと主人公から赤い布が落ちた。
代わりに主人公のことを覆ってくれたのは封真だけだった。
主人公の長い黒髪が、花畑に散らばる。

「俺といる?主人公」











嘘は少女に侵された



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