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series
宝石とみにくい子


・神威

・みにくいアヒルの子パロ

・孤児ネタ

















昔は金持ちの屋敷か別荘だったんだろう。
建物全体は大きくて、部屋の数もかなり多い。
絵画や彫刻が飾られていた部屋や、豪勢な宴会が開かれていたであろう広間がいくつも放置されていた。
しかし今となっては見るかげもない。
壁はひび割れていて、床も何年、何十年も掃除されていないようにほこりとすすだらけだった。
何年も誰も出入りしたことがない、忘れられた屋敷だった。


でも、真新しい本や、食べかけのお菓子が散らばった部屋が、一つだけあった。



















「今日は少し寒いね。」
「家に帰ればいいだろう。」
「うーせっかく会いに来たのに。くっついていい?」

私は床に無造作に置かれた毛布を拾い上げて、神威くんのそばに座りこんだ。
神威くんは少しだけ私の方を見たけど、いやだとは言わなかった。

「神威くん、よくいつも平気だね。私が毛布持ってくる前はどうしてたの?」
「これくらい慣れてる。」
「そう、なんだ。…ねえ神威くん。」
「呼び方。」
「あ…ごめん。」

彼は呼び捨てにしてほしいらしいけれど、私はどうも誰かを呼び捨てにすることは上手くできない。
私の家や周りでは丁寧な言葉づかいが義務付けられているから。
私がその旨を彼に説明したら、お上品だな、とでも言うように目を細められた。
彼も私と同じように、この呼び方で呼ばれることが慣れないんだろう。

「くっついてたほうがあったかいね。」
「…。」
「小さい頃はよくこうしたね…。といっても私が寒くて勝手に神威くんを湯たんぽがわりにしてたんだけどね。」
「こっちは冷たかった。」
「ごめんね。今日は私がずっと湯たんぽになってあげるよ。夜も寒くないよ。」
「馬鹿か。もう帰れ。」
「まだ帰らない。家はやだもん。」

私は彼の言葉を拒むように腕にしがみついた。神威くんは呆れたようにじっと私を見つめた。
もうそろそろ夕方だ。いつもなら帰らなければいけない時間だ。




私がここに通うようになってもう何年たつんだろう。
いつも私がここに来ては、無理矢理本や食べ物を持ち込んで、彼に話しかけて、しばらく一緒に過ごすとまた家に帰る。その繰り返し。
初めてここに来たときは、ちょっとお化け屋敷を探検してみようというような軽い気持ちで足を踏み入れた。
私はここには誰もいないと思っていたから、彼に会ったときはすごく驚いたし、怖かった。
今となっては昔の思い出だけれど。




「ここから出ていけ。」
「わわわわごめ、ごめんなさい!」

いやに大人びた口調で彼は私に声をかけてきた。
私は静かなその言葉に、怒鳴られたような衝撃を受けて縮み上がった。

「…こども。」

私は私に声をかけてきた人物がまだ自分と同じくらいの大きさなのを見て安心し、その子が自分のことを『子供』と形容したことにむっときた。
私の前に現れたその子は、黒い髪が顔の半分くらいまであって、袖のあたりがすごく汚れて擦り切れた服を着ていた。

「…きぞく。」

それに対し私はお気に入りのふわふわした生地のワンピースを着ていた。
髪はメイドさんが綺麗に切りそろえてくれていたから、その子みたいに少しもくるってなっていなかった。
私は地元の名家の娘だった。

「君、だあれ?」
「…出ていけ。」
「君もここに遊びに来てるの?ここはすごいよね。私も探検してみていい?」
「住んでる。」
「え…?」
「ここに住んでいる。」

私はとても驚いた。だってここは窓も壁も壊れているのがほとんどだし、正直、昼間じゃなかったら私は入ってこれなかったような荒れようだ。
そんな考えが私の表情に表れていたのか、その子は私を冷たく見つめた。

「ひ、ひとりで?」
「ひとりで。」

そばに寄ろうと私が足を踏み出すと、その子は私のことを警戒するように睨みつけてきた。
少しだけ、髪の隙間から紫色の瞳が覗いた。

「私、主人公。あなたは?」
「…。」
「名前、ないの?」
「…神威。」



そんな出会いがあってから私は、神威と名乗ったその子に時々、徐々に頻繁に会いに来るようになった。
ここに長くいるほど私の服はどろどろに汚れ、家の人に叱られたけれど、私にとってはそんなことは気にならなかった。
秘密基地と友達をいっぺんに見つけたようなものだったから。



「君、男の子?」
「男。」
「じゃあ神威くんだね。」

神威くんはあんまりしゃべらない子だった。
いつも私が話しかけたことに、短い返答を返す。それだけだった。
けれど、私がここに通うことは許してくれたようだった。

「神威くん、髪切らないの?」
「べつにいい。」
「神威くん、目、見して。」

神威くんは特に拒絶はしなかった。
私が彼に身を乗り出して前髪をどけると、おっきな紫色が気だるげに私を見つめていた。
初めてちゃんと見た、彼の瞳だった。

「…きれい。宝石みたい。」
「…宝石?」
「うん。神威くんの目、とっても綺麗。」

彼の身なりは薄汚れていて、町の隅に置かれていても、きっと誰も気にも止めないような姿なんだろう。
でも彼の瞳は、メイドの手によって着飾られた私より、ずっとずっと綺麗だった。

私は誰もに忘れられ、捨てられたこの少年を、いつのまにか大好きになっていた。




いつまでも私達は子供のままだ。私も彼も、あの頃からなにも変わってはいない。
ずっとこうだったらいいのに。私がいつまでも子供でいられたら、彼もいつまでも私を隣に置いといてくれるのに。

「もう帰れ。」

外はもう暗くなってしまった。この前私が頑張って使えるようにした暖炉に燃えている火が、際立って暖かく感じる。
神威くんは帰らなければいけない時間が近くなると、いつも帰れ帰れと声をかけてくる。
そうすると私は渋々ここから立ち去る。ごくたまに彼が柵の近くまで見送ってくれることもある。

「主人公。」

今日はそうしてやってもいい気分だったらしく、神威くんは私の腕を少し引いた。
私はだだをこねるように彼にしがみついた。
小さい彼の不平の呟きが耳にかさった。

「今日は帰らない。」
「帰らないと外出禁止になると、自分で言っていなかったか?」
「帰らない。一緒にいたい。神威くんと一緒にいたい。」
「…今帰らないと今後余計に会えなくなるぞ。」
「だいすき。いっしょにいたいよ。」
「…、寝ぼけてるのか。」
「すき、だよ。」
「…。」

神威くんは諦めたように私の頭を撫でてくれた。
私があんまりだいすきってうわごとみたいに呟くから、神威くんはいつもよりちょっとだけ優しい声色で、どうしたって聞いてきた。

「今日帰ったら会えなくなる。」
「…どうしてだ。」
「……けっこん、するから。そしたら私、相手の人のお屋敷にいくの。」

婚約者ってやつだ。家が決めた人だけれど。
よくある有力貴族同士の縁組だ。

「……いやなやつなのか?」
「いいひとだよ。優しい。でも、神威くんのほうが好き。」

その人はとってもいい人で、結婚したらきっと私を悪いようにはしないだろう。
それでも、私は神威くんに会えなくなることを考えただけで悲しくて寂しくて仕方がなかった。
いやなんだよ。子供のだだと同じくらい幼稚な考えだと自分でも思うけれど、家には帰りたくない。

「……ぅ。」
「…泣くな。俺よりひどい顔になる。」
「神威くんのほうが、いつだって綺麗だよ。」

神威くんは、私の背中を落ち着かせるようにさすってくれた。
普段、神威くんは私が彼にくっつくことや触れることをあまり好まない。
口には出さないけれど、たぶん、私の服が汚れるとか、そんなことを気にしてくれてるんだと思う。

「ほうせきみたい。」

昔から私がそう口にすると、神威くんは戸惑ったような顔をする。私は思ったことを言っているだけなのだけど、彼にとってその言葉はあまり嬉しくないようだ。
今回もそうかなって思った。けれど、今日の神威くんだけは違った。
私がそう言ったとたん、初めて惜しみなくぎゅうって抱きしめてくれた。




私は今日からこの廃墟の汚れた床に眠ることになったって、少しもかまわない。
体の皮の部分は、君とならいくらほこりにまみれ、醜くなったってかまわない。
いつもは私にかまってくれない神威くんが、今日はちょっと積極的にかまってくれるから、私はくすぐったくて身をよじった。
すると神威くんは私の耳元で、少しだけ呆れたように、ため息みたいに一言だけ吐き出した。












「おまえのほうが、ほうせきみたいにみえる。」













宝石とみにくい子



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