series 言葉を得る人魚姫 ・人魚姫パロ ・昴流 こんなにも多くの空気を吸い込んだのは初めてだった。 海とは逆さの位置に、もう一つ青い空間が広がっていることを知った。 水の中を窮屈に感じたことなど一度もないが、ここが『外』。そう強く印象づけられた。 「また来たの?」 私が初めて会話した外の生き物が彼だった。 私に少し似てるけれど、似てない部分もある。 彼は海では暮らせない。それに、私にはない足があった。 小さな入り江で出会った彼は、よく私とお話してくれる。 「人魚…本当にいるんだね。」 彼が何を言っているのか私にはよくわからない。海の中と外では声の出し方が違うみたいだった。 知らない言葉を話す彼の言葉を私は懸命に理解しようと、彼の声によく耳をかたむけ、表情をじっと見つめた。 彼はいつでも優しそうな表情を浮かべている。 それに、私がうまく理解できないことを承知でゆっくり語りかけてくれる。 「い、 に、」 「に ん ぎょ。君のことを僕達はそう呼んでいるんだ。」 外で声を震わしたことがない私は、彼の言葉を真似るのもまだ難しい。 耳で捉えることができても、喉はうまく発してくれない。 にんぎょ。彼はその単語をよく口にする。どうやら私のことを指して言っているようだった。 けど私の名前は『にんぎょ』じゃない。外でもうまく声が出せるようになったら教えてあげたいな。 「あっ、う」 「?どうしたの。」 「う、うっ」 私は岸を少し離れて、いつでも水の中に隠れられる体勢をとった。 彼以外の、知らない生き物が来たからだった。 彼のことはもう怖くないけれど、ほかの外の生き物に会ったことはないから、まだ怖い。 「…!」 「神威…。」 かむい、と彼が呼んだ生き物は、私を見て彼のようににんぎょ、と呟いた。 私がおろおろしていると、驚いている『かむい』をよそに、彼は何か私にうったえるように声をかけてきた。 たぶん、怖がらないでほしいと言っているんだと思う。 「昴流、最近どこかに出掛けていたのは…。」 「うん…この子と話してたんだよ。お願い神威、怖がらせないようにしてあげて。」 「…。」 新しく来たかむいっていう生き物は、彼のことをすばるって呼びかけた。 彼の名前はすばるっていうんだ。私は忘れないように心の中で何度も反芻した。 「大丈夫、神威は何もしないから。」 「…。」 彼に似ていて、紫色の瞳をしたかむいは、まだ少し私に驚いているみたいだった。外にとって私みたいな生き物はめずらしいんだろうか。 でも、私がおそるおそる彼に手をのばすと、かむいは私よりおっきい手で、ちょっとだけ握ってくれた。 かむい、という生き物が来てから三日たった。 この間、私は彼に会えなかった。 私は今までほとんど毎日彼の所に通っていたけれど、少しだけ日数が空いてしまった。 でも今日はやっと彼のところに行ける。まだ、彼もいてくれてるかな。 ざぱん。 私が勢いよく水面に顔を出すと、すごく驚いた顔の彼の姿が見えた。 「あ…!会いに来てくれたの!?」 彼は私の方になるべく近くかけよってくれた。 私は会えたのと、彼が待っていてくれたのが嬉しくて、水面をくるくる回りながら泳いだ。 「よかった。この前びっくりさせちゃったから…。」 ほっとした表情で私の頬をそっと撫でてくれた。 今日まで来れなかったのは、ある練習をしてたからなんだ。 私は空気をいっぱい吸い込んだ。 「すばる。」 彼はまたすごく驚いた顔をした。 自分でも中々淀みない発音ができたと思う。やっぱりこれが彼の名前だったんだ。 「すばる すばる。」 「あ…練習してくれたの?」 すばるは、とっても嬉しそうに笑ってくれた。 私も、得意げに笑った。 「かむい?」 「あ…。」 かむいの名前だけ言えなかったら可哀想だと思って、かむいも練習してきてあげた。 でも、かむいは今日はいないみたいだった。 「君がちょっとだけ来てくれなかったから、それを自分のせいかと思っちゃって…。でも今度連れてくるよ。」 「かむい。」 残念だ。披露できなくて。 次は会えるといいな。 それと、今日はもう一つ、すばるに聞かせたい言葉がある。 私がねだるようにすばる、って呼ぶと、すばるは私の方に身を乗り出してくれた。 私は自分の胸に手を当てると、ずっと、ずっと言いたかったことを口にした。 「主人公」 言葉を得る人魚姫 [次へ#] [戻る] |