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short
迷走、混線中


・神威

・『疾走、混線中』の神威視点










しまった、と思ったときにはもう手遅れだ。
咄嗟にのばした手は翻った体を捕らえられず空を切る。
わずかの時間差で自分も走り出したその姿を追おうとする。
外に飛び出した主人公は見るからに全速力という様子でまっすぐに伸びる道を疾走していく。
足の速さなら圧倒的に自分の方が上なのに、どうして今日だけ、こんなにあいつは速く遠ざかる。
その理由はすぐに分かった。通行人だ。
自分たち以外にも当然道を通る人影はいくらでもある。
溢れるくらいと表現しても過剰でないくらいこの道には人が存在している。
その人混みの中を主人公はすり抜けるようにして走っている。通行人が主人公を避けてくれているようだ。
通行人の目に主人公がどんな表情と様子に映っているのか想像するのは易い。
それに引きかえ、自分は他の通行人を掻き分けるようにして進まなくてはならない。
主人公と違い、こちらはただ自分勝手に突き進もうとする迷惑な輩にしか見えないらしく、通してやろうという気になる通行人は少ないようだ。

速く速く速く。

思うように走れなくて、人も多くて、主人公を見失ってしまいそうになる。
焦燥ばかりが急いて、周りを押しのける力ばかりが乱暴になる。
まだだ。
まだ全然とどかない。

早く早く早く。

主人公はただひたすら直線に走り続ける。
そうでなかったらとっくに周囲に紛れてしまっていただろう。
見失ってしまわないうちに、見つけられなくなる前に追いつかなければ。
大通りを抜けたのか、少しずつ人混みも薄くなってくる。

主人公。

祈るような気持ちで突き出した手は、細い手首を絡めるとることができたようだった。
少し痛いだろうかというくらい強く握り締めた。
そうしないと、掴まれた途端腕を無茶苦茶に振り回し始めた主人公は捕らえておけないから。
はっと振り向いた主人公は、やはり泣いていた。
睫毛がしっとり濡れている。
目じりや瞼が赤い。きっと強く擦ったんだろう。
主人公は自分の顔を認めるなり、瞳を歪めて再び涙を零し始めた。
堪えようとしているのが分かるから、流すというより、零すという表現が正しいのだろう。
何を言ったらいいか言葉の選択に迷ったが、とりあえず声をかけようとした。
しかし、主人公は細めていた目を見開いて、じっとこちらを見つめてきた。潤んで揺れている瞳。
言葉を詰まらせて、思わず少しだけ掴んでいる手を緩めてしまった。
どうしようもなくいたたまれなくなった。
その瞳が自分の瞳を見透かすように覗きこんでいたから。

ひっく。

目を反らしかけたけれど、主人公の短い声に再び向きなおる。
主人公は細い肩を細かく上下にさせ、嗚咽を繰り返し始めた。
ついに少しも涙が流れることを我慢できなくなってしまったらしく、小さな子供みたいに手の甲で目の端を拭っていた。
早く止めないと。
そう思って主人公に触れようとするけれど、主人公は首を振って嫌がった。
けれどそのまま苦しそうに荒い呼吸する主人公を放っておくのもできそうになくて、半ば無理矢理背中に腕をまわして落ち着かせようとした。
主人公は驚いたようにわずかにもがいたけれど、すぐにおとなしくなった。
震えている主人公の背中に手を当てると、とくんとくんと、小さいけれど速くて熱い心臓の音が服ごしに感じられた。
なだめるように、むしろなだめているのは自分の心の方だったかもしれないけれど、主人公のことをきつく抱きしめて撫でてあげた。
早く苦しくなくなればいい。



「ふっ…ぅ。」



ようやく泣き止んだ主人公の瞼は痛々しいほど真っ赤に腫れていた。
自分の、せいで。
無意識に唇で労わるようにそこに触れると、主人公は心地良さそうに表情を和らげた。



「嫌い。」



どこか許してもらえた気になっていた今の自分にとって、主人公が呟いた言葉は鋭かった。
けれど主人公は逃げようとはせず、相変わらず自分の腕の中にいてくれている。
なら今のところはしかたない。



「神威くんなんかきらいだ。」



嗚咽の余韻を引きずったまま主人公また呟いた。
この状況で自分に対して寛容な言葉は言ってもらえないのはわかっている。
今はそれでもいいから、もう震えないで欲しい。



「泣くな。」



そう言っただけなのに。
泣いて欲しくないからそう言っただけなのに。
主人公は、女はなんておかしな生き物なんだろう。
なぜか静まりかけた主人公の瞳は、再び揺らぎ始めた。



「悪かったから。」



これなら間違いはないだろうか。
そう思いながら内心焦りつつ吐き出した言葉に、主人公は納得がいったのか、ややあって素直にこくりと頷いた。
そして泣き疲れてしまったのか、体重を預けるようにこちらに擦り寄ってきた。

「神威くん。」

小さく自分を呼んだ声に、もう少しだけこのままじっとしていようと思った。
触れている部分から伝わってくる子供みたいに熱い体温を、今は壊れないように大切にしなければいけない気がした。










迷走、混線中。




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