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疾走、混線中


・神威











心臓よりももっと奥の方がきゅうって熱くなって、私は苛立ちを抑えるために右手で左腕の手首のあたりを強く握り締めた。
それでもこみ上げる何かを堪えられなくて、私は走り出した。
どこでもいいから外に行きたかった。
雨が降っていたりして、冷えた空気が充満しているのであればなお好都合だ。

熱い熱い熱い。

心は胸になんてありはしないのに。
感情は脳で制御するものだから、心という存在があるならきっと頭の中だろうと思う。
なのにどうして、激情が募ると、掻きむしりたくなるほどこんなに胸がじりじりするんだろう。

嫌い嫌い嫌い。

世界で一番、他の誰よりも嫌い。
今までそばにいて、楽しい、大好きって思える時間はいくらでもあったはずなのに。
苦しくなるとそんな記憶や気持ちは忘れてしまう。
嫌いとか、寂しいとかの気持ちが入り乱れて、私はたくさん泣いた。
普通の町端だったから、泣いている私を見ても奇異の視線を向ける人がほとんどだろう。
だから見られないように足は絶対止めなかった。
さっきまでいた場所から、私はどれくらい遠くにこれたのかな。
私は生まれてから今までで一番早く走っているんじゃないかってくらい周りの景色がびゅんびゅん通り過ぎてる。
風もびしびし強くぶつかってくる。

なのに。

がくん、と私は後ろに引き戻された。
この世の誰も私に追いつけるはずがないってくらい、他には何も考えずに走っていたのに。
止まりたくない。今は止まりたくないのに。
私は自分の片腕を掴んできた手を力ずくで振りほどこうとした。
でも全然放れなくて、振り向いて視界に入った顔は、少しも息切れしてなくて、なんだか全部悔しくて、大嫌いで、私はまた泣いた。
風で濡れた頬は冷えきっていたけれど、またすぐに温いものが伝ってくる。
私は流れる涙の感触を開き直って無視した。
目を反らすのも負けな気がしたから、これでもかってくらいまっすぐ見つめてやった。
すると腕を掴んだままの手から、向こうがたじろぐのを感じた。
もっと見つめて動揺させてやりたかったけれど、喉から嗚咽みたいなのが昇ってきた。
一回ひっくってせきを鳴らしたら、止まらなくなってしまった。
手の甲で一生懸命涙を拭って、子供みたいな泣き方もやめようとするんだけれど、止まってくれないのが嫌で、もっと泣く。
気遣うように彼は手をのばそうとしたけれど、私はいやいやをするように首を振った。
まだ触られたくない。
手は行く所を失ったように宙をさまよったけれど、やがてやや無理矢理に私の背中を引き寄せた。
そうしないと今にも私が走って逃げそうだったからだろう。

世界で一番嫌いで、触って欲しくなかったんだけれど、暖かい感触には素直になれる効果があるのかもしれない。
頭をいつもよりちょっとだけ優しく、三倍不器用に撫でてもらうと、やっと私の気持ちが生まれ変わるみたいに楽になった。
大好きと、ごめんなさいって言葉がやっと思い出されてくる。



「ふっ…ぅ。」



泣き疲れて私がおとなしくなると、瞼のあたりにちょっと冷たい唇が触れた。
腫れぼったいのを治してくれるみたいに。
私は服にちょっとだけしがみつくと、今の気持ちとは裏腹に『嫌い』と呟いた。
まだ許したくないという意思表示に。
耳元を小さいため息がかさって、でも何も言わずにずっとなだめるように背中をさすってくれた。



「神威くんなんかきらいだ。」



ぐずっという効果音とともに私はもう一度そんな言葉を吐き出した。
彼はばつが悪くなったり、たまに私を本気で怒らせると、黙って見つめてこちらが何かしたり、言ったりするのを待つ傾向がある。
いつもは私が折れてあげていたけれど、今日だけは寛容になれそうもなかった。
今回は私が彼をじっと至近距離で見上げてなんらかの発言を待った。



「泣くな。」



彼は至極真顔でそう一言だけ言った。
私はなぜかわからないけれどその言葉に、止まりかけていた涙がまた溢れてくるのを感じた。
彼は予想外のできごとに目を瞬かせ、やっと悪かったから、と本当に小さく口にした。
まだ私は黙りこくっていたかったけれど、やがてゆっくり頷いた。

すると、今度は心なしかほっとしたような呼吸がされたのを、触れている胸ごしに感じ取った。










疾走、混線中





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あきゅろす。
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