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君の香りがやってくる



荷が重い。
というか、気が重い。
この歳にしてそんな言葉を使うことになろうとは。
でも口に出すことは気が引ける。
私はちょっとした頼まれごとに、神妙に頷くことしかできなかった。



ひょこひょこ廊下を歩く私は、はたから見たら滑稽かもしれない。
けれど私は目的の場所にあまり早く着いて欲しくなかった。
昴流さんに頼まれごとをされた。
昴流さんにとってみれば些細な仕事だ。
でも私は正直あまり快諾することは出来なかった。



『神威のこと起こしてきて』



ちょっと怖い。
神威さんは私とはあまり口も聞いてくれないし、いつも無表情だし、怒らせると気性が荒くなるし。
寝ているところになんかに私が尋ねて行ったらきっといい顔しないんじゃないだろうか。
私はあの鋭い目に見据えられる瞬間を想像して、さらに足を鈍くした。
しかし普通に歩けばものの一分もしない距離。
すでに彼に割り当てられた扉の前。
…あ、もしかしたら私の気配、とかそんなのに気付いてもう部屋でのっそり起き上がっているかもしれない。
というか実は出歩いていて部屋の中にいないなんてこともあるかもしれない。
私は意を決して控えめに戸を叩いた。
……沈黙。

「神威さん?主人公です」

……さらに沈黙。
私はノブに手をかけると、そっと中に足を踏み入れた。
カーテンが閉まっており、明かりもついていない部屋は薄暗かった。
数歩進むと、私の予想と期待ははずれていたことが明らかになる。
寝ている、ように見える。
瞼を閉じて、寝台に横になって、寝息をたてているんだからおそらくそうなんだろう。
私はいよいよ緊張しながらそっと声をかけた。

「神威さん、起きてください」

なんで起きて欲しいのに声をひそめるんだ、と思った。
けれど、大声をだして不快に思われたなんてことがあろうものなら、睨まれるくらいではすまないかもしれない。
私に対して神威さんは寛容とは言い難いから。

「あ、あの…起きてください」
「…」

さっきよりは少し音量を高めて呼びかけたが、至って安らかに眠っている。
私の中の神威さんのイメージとしては、人が来たらすぐに目が覚めてしまうタイプかと思っていた。
けれど瞼が開く気配は無い。
神威さんの寝顔なんて稀かもしれないけれど、あんまりじっと見るのも悪い。
私も逆の立場ならそんなにいい気はしないだろうし。
…でも、神威さんは寝ているときの方がちょっと優しそうな顔になるな。

「起きて」

ちょっとだけ肩を揺らしてみる。
すると、ようやく神威さんは身じろぎをした。
起きるかなと期待したけれど、こちら側に寝返りをうっただけだった。
相当眠かったのだろうか。

「神威さん」

なるべく耳に届くように名前を呼んでみる。
やっと薄っすら瞳が開いた。
ややばんやりした、視点がまだ定まらない様子で私を眺める。

「すば…る?」
「…あの…主人公です」

私がおずおずと自分の名前を告白すると、神威さんははっと完全に目が覚めたようだった。
さっと起き上がって…予想どおり私を怪訝そうな目で見つめた。
なぜここにいる、とでも言いたげだった。

「昴流さんに頼まれて…勝手に部屋に入ってごめんなさい」
「…」

神威さんはそっぽを向き、そのまま何も答えなかった。
私はもっとちゃんと事情を説明しようとして…やめた。
私としては憂鬱な結果として終わったけれど、とりあえず目的は達成できたならもういいだろう。

「神威さん、昴流さんが呼んでましたから…」

顔を伺おうとして、私は少し驚いた。
薄暗かったからよくは分からないけれど、神威さんは赤くなっているように見えた。

「神威さん?」
「…」
「あ…昴流さんと間違えたことですか?気にしないでください。私はいつも起こしたりしませんもんね」
「…出ていけ」

短くそう一言だけ言われて、私は押し黙った。
気分が沈没していく。

「…やっぱり怒られた」

ぽつりと無意識に呟いてしまった私の台詞は聞こえたかどうか分からないけれど、とりあえず私は扉に足を向けた。
もう起こしになんかこない。











君の香りがやってくる




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