蒼空の糸
1
久しぶりの教室で窓の外を眺めながら、ジュースを買いに行って戻ってこない啓ちゃんを待つ。
さっきから慎矢が俺の携帯でゲームをしてるからすることがなくて暇だ。たまに画面を覗き込んだり、窓で髪を整えたりして時間を潰すのにも飽きてきて、思わず声が漏れた。
「帰ってこないねえ」
「誰かに捕まってるんじゃねえの」
「ありえるね…てか慎矢さん携帯返して」
慎矢から携帯を奪おうと思ったとき、座ってる椅子に違和感を感じた。
見ると啓ちゃんが不機嫌そうな顔をして座り込んできていた。さすがに二人で乗るのは体勢がつらいから立ち上がったら遠慮なく椅子を奪われる。
諦めて床にしゃがみこむと、下を向いていた啓ちゃんと目があった。明らかにいらついてて、何かあったのはすぐにわかった。
「おかえりーどうしたの」
「横井に見つかった、くっそ…」
舌打ちまで付けて横井への不満を吐き出していく。今日は春休み中に染めた髪について散々言われたらしい。
よりによって始業式の日に、それも横井に見つかるとは思ってなかったらしくいつもより不機嫌だ。
横井は生徒指導で服装とか違反に厳しいから、きっとまた呼び出されるのは目に見えてる。
だからバレない程度にしておけって言ったのに、啓ちゃんの髪は他の先生でも注意しそうなほどの明るい茶色だった。
「なんでお前はバレないんだよ」
「啓ちゃんそれ地味に痛い」
上にいるのをいいことに俺のつむじを押してくる指から逃げて、啓ちゃんの足の間に収まる。下から見ると窓を背にしてるから光に当たって余計に茶色い。今担任がきたらまた怒られそうだな。
でも心地よいあったかさに負けて言うのをやめた。担任はまだこないはずだ。
でもさすがに眩しくて、瞬きしながら啓ちゃんの頭に手を伸ばす。髪が崩れないようにそっと触って、少しずつ誘導していく。
「もうちょっと前来て」
「は?なに、日よけかよ」
「正解」
上を向いてても眩しくない位置に頭を固定する。不機嫌だから怒るかなと思ったけど意外に笑顔で、なんだよと言いながらその位置にいてくれた。機嫌直ったのかな。このあと遊びに行くから直してほしいけど。
表情を探るように見てると、前を指差して笑いかけてきた。なにかあるのかと視線をずらしても何もない。啓ちゃんに視線を戻そうとして、後頭部になにか当たった。なにこれ、動いてるから手かな。
「なんでこんななってんの?」
「ん?髪?」
「はね方おかしいよ晴、いじっていい?」
いいよと言う代わりに前を向き直して、引っ張られる感覚を待った。
俺が髪に気を遣うようになった原因は啓ちゃんで、一年のときに二人でよく雑誌を見て、唸りながらセットしていたのを思い出す。啓ちゃんはもう雑誌もネットも見なくてもセットできるようになってしまった。俺はいつも悩みながら鏡とにらめっこしてるというのに。
「はねさせときゃいいってもんじゃねえんだよ、はい終わり」
「啓ちゃんだって最近ツンツンじゃん」
「短いからいいんだよ」
確かに最近髪切ったのは知ってるけど、俺と啓ちゃんの髪の長さはそんなに違いがない。よくわからないと首を捻りつつ、機嫌が直ったらしいことに内心安堵した。
髪は弄り終えたはずなのにまだ触ってるのが気になって、大したことをされてないのに緊張が消えてくれない。最近触られるといつもこうだ。胸の奥のところの、自分でもよくわからない部分がぞわぞわしておかしい。
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