[携帯モード] [URL送信]

-日記連載-
1.
『ね、ティエリア。どうする?』
『夕飯の後が良い』
夏の頃に予約したのは部屋数が数室しかない静かな旅館。
部屋食可、半露天の天然温泉の部屋風呂付き。
室外ではあるが他に完全露天や足湯も備えた寛ぎの空間。
宿の辺りは緑に囲まれ、日頃の喧騒も忘れさせてくれる優しさが溢れる空間。
人込みが苦手なティエリアの為にアレルヤが選んだのだった。
たまには上げ膳据え膳なのもいいだろう…と。

白を基調とした空間に、木材の茶色が温かみを加え、高い天井に再利用の梁が深みを与える。
真ん中の一部屋を中心とし、開放出来る扉で区切られたベットルーム。
それを挟んでその正面に全面窓の半露天の風呂場。
大きな窓が嵌め込まれてある為に圧迫感は無く、外の緑が綺麗に映える。
日常とは違う緩やかな時が流れ、ほぅ、と、吐息が出るような安らぎが齎らされる。
部屋の中を貰われてきたばかりの猫のようにうろうろとし、天窓を見上げてジャンプしてみたり、寝室との区切りのドアを全解放してみたり、半露天の鎧戸を全て下ろし、下から格子戸に切り替えて闇を運んでみたり、と、部屋係に説明された設備の一通りをティエリアは興味深げに試している。
『あ、ダメだよティエリア。涼しく無くなるよ?』
部屋と半露天を区切る全解放可能な窓に手をかけたティエリアに、好きに任せていたアレルヤが声をかける。
『少しだけだから』
座してお茶を入れていたアレルヤの姿を窓硝子に写し、それに返事をすると、困った子!と、微笑むアレルヤが応えてくれる。
かちゃん、と、鍵を外し、ベットルールから半露天までを一つの空間に繋げ、ぐるぅり、と、一回りすると、からから、と、窓を閉めた。
『ティエリア、冷たいお茶が入ったよ』
くる、と、振り返り、アレルヤの向かいに座るが、落ち着かない様子で何度も座り直す。
『どうしたの?』
『この椅子…』
ティエリアが座ろうとしたのは木製の座椅子で、そこには柔らかくて嵩高な座布団が敷かれてある。
座椅子に座ると沈み込み、尚且つ座椅子の背もたれは角度が特有な為か何だかしっくり来ない。
『座布団にだけ座ったら?』
『座布団?』
ティエリアを此処に連れて来よう…と、決めてから、アレルヤは旅館や出先について予習をしてある。
ティエリアを楽しませ、喜ばせる事に全力なアレルヤに抜かりは無い。
座布団を手で圧して少し調整をすると、座椅子を外してやり、ぽん、と、座布団を叩いて座るように促す。
『あ、…ありがとう』
『どういたしまして』

夕食までの時間を部屋でのんびりと過ごす。
何を話すでも無く、話したくなれば話し、それぞれが思い思いにその空間のたゆう時を満喫する。
ゆっくりと静かに、家とは違うゆるやかな流れる時間が心地いい。
畳の上に俯せに寝転がり座布団を胸の下に敷き込んで、両足を空に預けて、ふらりぷらり、と、しながら、窓から見える緑の漣をアレルヤは眺める。
広がるのは稲と呼ばれる植物で、収穫期には金色に代わり、稲穂が重く頭(こうべ)を垂れるらしいが、今はまだ緑の葉と穂は風に掠われ、さわさわ、と、和みを生んでいる。
『どうしたの?ティエリア』
向こう側で寝そべって居たティエリアが、いつの間にかアレルヤに擦りつくように、その背中から腕を回して抱き着いて来た。
『何を見てる?アレルヤ』
『自然の優しさ…かな?』
『ふぅん…、』
曖昧に返事をすると、アレルヤが見ていた風景を一緒に眺める。
『地球なのに。何故か懐かしくて落ち着く気がする…』
『そう…』
風音に葉音、湯舟に注ぐ水音、すべてが優しく包み込みように、心に染み入るように、二人にじんわりとした安からな時が流れた。

[次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!