連綿たる経常 望日蓮。 アルハズデナイモノ。 ソレハ……。 デモアルモノ。 ミツケテイルケド、ミウシナウモノ。 ダカラ……。 メニミエルカタチデ、モトメタイ。 ソレハワガママ……、 ? ********** 気持ち悪い。 先の見えない未来と。 先の見通せる事柄と。 少しでも判りたいのか。 全く解りたく無いのか。 必要な事とそうでは無い事と。 綯交ぜにして感覚が感情を逆立てる。 夜の闇は呼ばなくても良いものを。 蓋をして無きものにしたものを。 見たくも触りたくも無いものを。 態々と側に呼び寄せて侍らせる。 そして突き付けて精神を追い詰める。 生きたいのか。 死にたいのか。 殺されたいのか。 潰されたいのか。 意味を見失う生は。 生きる価値があるのか。 意味を見出だせた死は。 死に至り幸福なのか。 沸々と沸き出す感情に。 胃の腑が拒絶を起こし。 吐き戻す行為は。 破棄戻す事なのか。 ドアの向こうから声が掛かる。 「大丈夫ですか?ウォーカー」 「……平気…だか、ら。ありが、と…う、リンク」 気遣う声が彼なら良いのに。 愛して止まない彼なら良いのに。 なんて罰当たり。 でも、やっぱり彼なら…。 そんな自分勝手。 とても我儘。 解ってるそんな事。 「…っは、ベタ惚れ、だ」 その声に頬が、口許が。 引き上げられ笑みを結ぶ。 強いつよい依存。 求め過ぎる存在。 温もりを、匂いを、鼓動を、声を。 彼を、彼を、彼を。 「ユウ……」 弱味で。 強味で。 愛して、愛して、愛して止まない。 段々と酷くなるのめり込みは。 どんどんと愛の強さを見せ付ける様で。 それは心地良くて。 でも、それは反面。 とても心地悪い。 抱きしめて。 キスをして。 体を重ねて。 想いを。 意思を。 恋情を。 曝け出して。 見せ付けて。 確認をして。 互いを求めて。 互いで埋めて。 互いを愛して。 彼が僕を好いてくれていると。 僕が彼を間違い無く好いていると。 疑う訳ではないが。 離れた時間が増えれば。 離れざる時間が増せば。 疑心暗鬼的に生まれる不安。 彼は嘘など言わぬ人なのに。 彼は誤魔化し等せぬ人なのに。 なのに、頭では無く。 感情が嫌な悲鳴を上げ。 それに引き摺られる肉体。 胃液しか出ぬ口からは。 苦し気な呼吸音が。 それがやけに耳に付き。 何かしら解らぬ苛立ちを蒔く。 げほん、と、強く吐き出して。 そのまま床に座り込んだ。 ずるずると崩折れる様は。 今の自身の心持ちの様だ。 任務に出る前に彼に貰った。 温もりも、言葉も、真実だった。 なのに、何故。 これ迄は耐えられた。 これ迄は待ち詫びた。 次まで、次を、その日迄。 なのに、今は。 抑えも我慢も効かぬ、出来ぬ。 「は、や…く、……」 ********** ふ、と、襲われた覚醒の浮遊感に。 視界に映るは天井の模様。 見覚えのあるそれは。 「分かりますか?」 それは治療を施される施設、医療班。 ゆるり、と、瞬きを何度か。 そして、その閉じるタイミングと共に頷く。 「……ぁ、の、」 「倒れたんですよ」 「…ぇ、…たぉ…れ、て?」 「此処で数日、様子を見ますから」 「……、はぃ」 「驚かせないで下さい。ウォーカー」 立ち去る医師のその後ろから掛かる声に。 ゆる、と、視線だけを動かした。 「気分は?大丈夫ですか?何か飲みますか?」 ふ、と、思わず笑みが零れる。 「ウォーカー?」 「ぉ、母さ、ん?それ…みた、ぃ…リンク」 「は?貴方…。兎に角、休んで下さい」 苛っと繋げようとした言葉が飲み込まれ。 代わりに二度、胸をあやすように叩かれる。 「…ん、ぁりが…と…」 引き込まれるように沈む意識は。 すべてを拒絶する事の手助けとなった。 ********** 繰り返す夢は、夢だと思えるのは。 自分に都合の良い、望んだ未来だから。 只人としての自分と彼と、二人だけで。 何に急かされるでもなく、時を刻み。 幸せに笑い、時に争うもまた打ち解け。 間に入る何かは何も邪魔をせずに。 只、人としての営みを繰り返すのだ。 同性と言う柵。 組織と言う柵。 世間と言う柵。 すべてすべて、何も煩わされず。 気にする事も必要も無く、怯えずに。 彼と、彼との、彼とだけの日常を。 醒めたく無い、醒めたく無いよ。 だって、神田は、ユウは、誰にも渡したくない。 ずっと、ずっと、このまま離れたく無いんだ。 世の異性に。 世の規則に。 世の反目に。 隠れずに、堂々と、享受出来る幸せを。 手放したく無いんだ、手放したく無い。 「 」 呟きは日常の雑音に紛れ。 何にも届かずに消えた。 ********** 俺がその事を知ったのは、報告書の提出時。 目当ての人物の姿は無く、その妹が居た。 机上の紙束を纏める手元に突き出す。 「コムイに渡しといてくれ」 「おかえりなさい、神田」 受け取ったのを確かめ、背を向ける。 早く奴に会いたい、既に一月程経つのだから。 早々に立ち去ろうとした所で、リナリーに。 「ぁ、神田。あの、アレンくんがね、……倒れたの」 「……、モヤシ…が?」 「もう何日も眠ってるの。…何か、知らない?」 「俺が…、知るかよ」 「そうよ…ね。神田はずっと居なかったものね」 「…別に普通だったじゃねぇか?彼奴」 「うん。でも、」 「何だよ」 「気のせいかも知れないけど…、最近元気が無かった、かも……」 「…病気、なのか?」 「ぅうん。精神的に、みたい。原因が判らなくて…」 「……」 「何でも良いの。何か思い出したら…」 「…あぁ。解った」 ********** 会いたいのに、近くに居るのに、会えない。 会いに行く口実が見付からずに。 刻々と過ぎる時間は、浪費感を募らせて。 苛々とした、やり場の無い負の感情を積もらせて。 ぎっ、と、思わず噛み締めた唇に血が滲んだ。 何も出来ないのがもどかしくて。 もどかしくて、もどかしくて、変になりそうだ。 「ユーウ!何してんさ」 「……ラビ」 用も無く、彷徨く教団内はとても広い。 それなのに、選りに選って此奴に見付かるとは。 勘が良くて、切れて、聡くて、鋭い。 こんな時には会いたくない、敏感な奴に。 「どぅしたんさ、口」 「…別に」 「あ、そうだ。アレンの事聴いた?ユウ」 「…あぁ、聴いてる」 「俺も久しぶりに帰って来て吃驚さ」 「……」 「…、そぅさ!今からお見舞いに行くさ!」 「ぇ、」 「日頃喧嘩してても、こんな時くらいは、な?」 願っても無いチャンスが齎された。 ********** 白い、蒼白と言う程の真白さで。 白いシーツの上に、白い上掛けで。 白に埋まるように眠り込むその顔に。 会えた安堵は直ぐに消え失せて。 痩せた頬に目元の窪みに、覗く手首の細さに。 眉根を寄せて、じつ、と、見詰めた。 「……これ、…は、」 眠っているとの情報とは懸け離れた姿。 言葉が途切れ、アレンを見て言い澱むラビ。 それは神田も同じ気持ちであった。 「…なぁ、ユウ。これって……」 「ただ寝てるようには見え無ぇ…な」 「だよな。何が一体…、アレン」 「…ァ、…モヤ、シ。何休んでんだよ」 「ちょ…っ、ユウ!」 「サボんなよ、馬鹿モヤシ。起きろ」 「ユウ!ほら、また来るさ。な?行こう」 背を押されて、離れ難くも離れ。 ぱたり、と、扉が繋がりを断ち切った。 また、離れてしまった、最愛の奴と。 「な、ユウ。アレンと何かあった?さっきの…」 「別に」 「そっか。でも…、」 「モヤシが、…彼奴が、……暢気に寝てるからだ」 「…そっか。……食って掛かってさぁ、起きれば良いのにな、アレン」 「……、あぁ」 「何が切っ掛けか。…探してみるさ」 「……」 「ユウも喧嘩友達として探すさ。な?」 静かに話し、優しく向けられる視線に。 何故か素直に頷けて、小さく頭を動かした。 ********** あれから目を覚ます気配も無く。 何度かの任務と完了を繰り返し。 眠り姫のような奴を待つしか無かった。 「なぁ、リナリー」 「なぁに?ラビ」 「俺考えたんだけど、やっぱり何も思い当たらないさ」 「私も考えてたの。……はっきりと…じゃ、無いんだけど、」 久しぶりに揃い、何と無く寄るとも無く。 席を並べて食事を始めたが、物足り無い空気が増す。 そんな顔を付き合わせて、奴の話になった。 「ラビも神田も任務に出て…、10日位かしら」 「うん」 「見た目は普通何だけど、ぼんやりしてる事が増えたの。寂しそうに」 「寂しそう?アレンが?」 「いつも独り…、そんな雰囲気で、何を考えてるのかな、って…」 「うん」 「変かな?と、思うのはそれ位しか…」 「そっかぁ。…んー……」 「私も留守にしたりで、全部を見てた訳じゃ無いけど…」 「だよなぁ。アレンは壁を作るからなぁ……」 「前よりも大分打ち解けてはいるけど」 「それはそぅ何だけどね。…難しいさ、」 そんな二人の会話を黙って聴くしか無かった。 ********** 『ユウ。ずっと好き、大好き』 『側に居てね、居させてね。ユウ』 『ユウは僕で良いの?』 『離れないでね、ユウ。離さないで』 『ね、ユウ。嫌いにならない?』 以前は不安気に、何かに怯えるように。 確認するかのように、言葉を伝えて。 揺らぐ瞳と気持ちが危うげで。 その都度抱きしめて、キスをして。 言葉を添えて、伝えたつもりだった。 それは付き合い初めの頃で、少しずつ落ち着いて。 段々と、解っているのに、の、確認で。 好きでしょ?だったら…な、意地悪で。 からかいを含んだじゃれ合いの延長で。 お前以外は必要無いと。 お前以外にはしないと。 お前だからするのだと。 お前だけが大切で。 お前だけが大事で。 お前だけが一番で。 想いも愛も伝わっていると思っていて。 それなのに、そんなに不安定だったとは。 合間あいまに互いの事も話し、知って、理解して。 受け入れて、受け止めていると思っていたのに。 今、自分は…、アレンの事がこんなにも解らない。 お前の痛みが、苦しみが解らない。 アレン……。 ********** 窓から覗く景色は、新緑の緑から移ろい。 花が色を競い、その種類を変えて行く。 見るともなく窓から視線をさ迷わせ流すと。 ぽつ、と、高さの違う黄点が目に入った。 「……向日葵…か」 一つだけ背が高く、一つだけ咲くそれは。 寂し気でもあり、誇らしくも映った。 『ね、ユウ。知ってます?』 『何が』 『向日葵の花ってお陽様の動きを追うんですよ』 『それがどうした』 『一途ですよね。…僕もユウに一途ですからね』 『陽を追うのは蕾の時だ。咲いてからは東を向く』 『も、ばぁかっ!兎に角一途です!大好きですっ』 そんなやり取りをした事を思い出す。 「……ぁ、」 走り出す、もしかしたら…と、走っていた。 廊下を、階段を、人を、踏み、避けて走る。 行きを切らせて太陽の花の元へ。 ぜぃぜぃと吐き出す息をそのままに。 「ごめ、…な、力を…貸して、くれ」 風に揺らぎ、頷く仕草をする花を手折った。 花弁を散らさぬように、そぅっ…と、抱き込む。 目指す先は、彼の居る白いしろい部屋。 早く、お願いだから、起きてくれ、…アレン。 ********** 眠る彼を看るものは、俺達の関係を知る唯一人。 ベッド以外は何もない四角い白い部屋。 そして変わらずに白に埋(ウズ)もれる想い人。 移された小さな部屋は寂しかった。 離されたそこは、拒絶を見せるかのような彼にはしっくりと。 アレンの孤独を現すようであった。 「神田ユウ。どうしました?」 ノックもせずの来訪に、リンクは驚いた様子を見せる。 「悪、ぃ…、監査、官……外し、て……」 荒い息に邪魔されながらも言葉を紡ぐ。 「…喉が渇きましたので、」 「……」 「此処、お願いします」 「あぁ、」 扉が閉じられ二人の世界が生まれた。 「なぁ、…アレ、ン。覚えて…る、か?」 まだ少し乱れる息を、唾液と飲み込んで。 ゆっくりと寝台に近付いた。 膝を折り床に跪くと、花を掲げた。 「アレン…、これ……」 『そう!花言葉は知ってます?』 『は?知ら無ぇよ』 『花言葉はね…』 「”私の目は、貴方だけを見詰める。”…アレン」 『僕は何時もユウだけを見詰めますよ!』 『そうか』 『ん!だからユウも僕だけを見詰めて下さいね』 『ばぁか!』 「アレン、今年の向日葵が咲いたぞ」 『ね、ユウ。』 『何だよ』 『我儘言っても?』 『あぁ』 『いつか…、目に見える形をくれる?』 『形?』 『僕だけを見詰めるその証を…』 『あぁ、解った』 「お前は…、俺を見てるんじゃ無かったのか?」 『ユウの愛を疑ってる訳じ…』 『黙れ。疑って無ぇのは知ってる』 『ごめん、ね』 『不安、何だろ?俺に捨てられないか』 『…ぅん』 『ばぁか!』 「俺の方こそ不安なんだ、アレン……」 『だって、』 『来年、来年になったら向日葵を贈ってやる』 『…ぇ、』 『抱え切れない程の向日葵を』 『…ぅん』 『見過ぎだ、って程に、ガン見だからな』 「アレン…、俺を見てくれ」 『今年最後の向日葵に誓ってやるよ』 『はい。来年初めての向日葵を待ってます』 「俺の想いを受け止めてくれないのか、アレン」 『早く沢山咲く時期が来ると良いのに』 『…そんな物無くても、お前だけだからな』 「アレン」 「……ュ、…ゥ」 「…………ぁ」 閉じたままの目尻から溢れる涙に。 閉じていた唇から溢れる声音。 ふる、と、睫毛が揺れて、開かれる瞼に。 視線を離せずに顔をもっと見詰めた。 「ュ、…ゥ、ぉか、…ぇ……り」 「アレ、ン……、アレン、アレンッ」 壊さないように、潰さないように。 そっ、と、そぅっと、肩を抱きしめる。 首筋に顔を寄せると、想い人の久しぶりの香り。 「……ュ、ゥ?」 「アレ、ン…ア…レ……」 名を呼ぶ奴の声は、まだぼんやりとしていて。 弱々しく、呟きみたいな声量だけれども。 確かに、確かに、名を呼んだんだ。 顔を上げて、頬を包み込んで。 確かに目を開けたことを、確認と実感する。 「アレン…、アレン……」 「泣ぃ、て……る、の?」 「お前だって…」 「僕…が?」 頬に添えた右手の人指し指を動かして。 水分の流れる跡をなぞり示す。 「ぁ…、れ……嬉し、…かっ…たの、に」 「アレン?」 「ユウ、…が、……夢、だった?」 「夢?」 ********** それは夢ではなくて現実だったと。 いつもは見せない恋人の弱い部分で。 それは自分にとっては嬉しい吐露で。 自分だけでなく相手も不安で。 それだけ大事に思っている証拠で。 目に見えなくとも存在する物で。 だからこそ見失いがちで求めてしまう。 見えないからこその大切さと。 見えるからこその安心とを。 どちらも本物でどちらも存在するのに。 目に見える事だけが真実では無いし。 目に見え無い事だけが真実でも無い。 上手く繋ぎ会わせ、見せ合う事が、時には必要で。 日頃の足りない部分を補う物なのかも知れない。 見えない気持ちを言葉で届け。 見えない気持ちを品物に託し。 それぞれに幸せの形を産み出して。 それぞれに幸せの道を歩んで行く。 幸せに、幸せに成る為に、愛する人と。 ********** 白い、しろい部屋は、太陽の子が沢山に。 大輪の笑顔を振り撒きながら。 白い部屋の白い主を優しく囲み。 夏の訪れと彼の想いを運んで来る。 白を黄色で埋め尽くし、うめつくし。 花に託し隠された愛の印は。 今日も絶えること無くその部屋に溢れた。 ”私の目は、貴方だけを見詰める。” 貴方だけを……。 [*前へ][次へ#] [戻る] |