化学準備室―― 「ふぅ〜…」 玲司は静かに煙草の煙を天井へと吐き出した。 「おや、ご機嫌斜めですか?松田先生」 化学教師の古賀健一(コガケンイチ)が、コーヒーカップをテーブルに置いて首を傾げた。 玲司は、よくこの部屋に煙草を吸いにくる。 保健校医である手前、まさか保健室で堂々と煙草を吸う訳にはいかない。 喫煙仲間の古賀の所なら、特に文句を言われることもない。 健康増進法やら何やで、喫煙者には肩身が狭い世の中だ。 「いえ、すこぶるご機嫌ですよ」 「そうですか」 玲司がコーヒーに礼を言うと、長身の古賀が眼鏡の奥でふわりと目を細めた。 古賀は玲司の2つ年上。 昔は相当ヤンチャしていたらしいが、今は全くその片鱗を見せない。 いつでも穏やかに笑っている。 「出た〜!偽善スマイル」 「失礼な…松田先生ほどじゃないですよ?」 玲司が胡散臭げにからかったところで、返ってくるのは偽善スマイルの上乗せ。 「……」 玲司は嫌な指摘を真に受けて、不貞腐れたように目を眇めて古賀を睨み見た。 確かに、玲司は校医である時とない時とで態度が変わる。 態度が変わるというよりは、オンとオフの使い分けをしているといった方が正当性がある。 いくら何でも、28歳――自分の容姿くらいは把握していた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |