: 思い出したくても思い出せない、あのもどかしい感じ。 ――ド忘れみたいなモンか…? あー、誰だっけ、ほら、アレ!あの人!…みたいな? そんな軽いものじゃないのはわかっているが、不謹慎にも想像して真咲は少し笑った。 笑ってないと泣きそうだった。 『人はその時、死んでも無くしたくないものを無意識に選択するんだ』 遠野の言ってくれた言葉は、まるで記憶を無くした悠に代わって弁護しているようで…。 もしそれが本当なら、悠に縋りついて泣きたいほど嬉しい。 「…戻るよ」 「そうか…それがいい」 真咲が立ち上がると、遠野も頷いて立ち上がった。 悠は思い出すだろうか…? 今はわからない。 とにかく、話すしかない。 「あんまり恨詰めるなよ?ゆっくり戻していけばいい」 「うん…」 「それと、悩み過ぎない事!君が倒れちゃ意味がない」 「はぁ〜い、センセ」 優しく髪を撫でる遠野に、真咲はいつもの悪戯な笑顔で笑って見せた。 「さて…と………」 一人、悠の病室へと向う。 病室へと続く廊下が真っ直ぐに延びて、まるでスタート前の100Mレーンを見ているような――そんな気がした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |