: 「真柴先輩…」 病室に残された比呂はぼんやりと、眠る悠を見つめていた。 馬鹿なことをしてしまった。 後悔が胸をつく。 事件が起きる直前、比呂は悠につっかかるような態度をとった。 それは悠が見せる優しさが、比呂にとって嬉しくもあり、辛い棘でもあったから。 三能に入学してすぐ、同室の悠に見惚れた。 長い手足。 すらりとした長身。 黒い瞳は寡黙だが優しく、決して出すぎない態度で、悠は比呂に笑いかけてくれた。 悠はいつも朝早く起きて自主トレに出る。 比呂が目を冷ます頃には、黙ってコーヒーを入れてくれる。 孤高の存在で、学園内の誰もが憧れながら決して近づけない悠。 そんな人が毎朝、毎晩同じ部屋にいることの不思議。 『ただいま』と『おかえり』を交わすようになれば、それは他人とは呼べなくなる。 まるで、自分しか知らない悠がいるような錯覚に陥る。 一見怖い印象を抱かせる悠が、実はこの上なく優しい顔で笑うのだと知ったのは、恋人と電話をする悠の姿を見た時だった。 恋なのかもしれないと自覚した瞬間、比呂のその想いは淡く打ち砕かれていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |