:: 綾一は更に不機嫌に眉を潜めて、握り締めた右手の拳をクッションにぶつけた。 『偉い、偉い』 夏の終わり―― あの手は、誰よりも優しく綾一の頭を撫でてくれた。 憧れ続けた義兄・東城和也(トウジョウカズナリ)の去って行く背中を見つめながら、これでもかってくらい泣いた。 貴治は、何も言わずに傍にいてくれた。 だから、余計に涙が溢れた。 あの夏の夜―― * * * * * * 「も〜、綾ちゃん、いつまで泣いてんのよ〜!男の子でしょ〜!?」 「――…っ…るさいなっ」 「何よ!竜ちゃんはいなくなっちゃうし、綾ちゃんは泣いてるし、和兄までっ!」 ブーたれる朱里に、 「まぁまぁ、色々あんだよ、朱里。そう言ってやるな」 貴治は優しく笑った。 朱里を母・京花の部屋まで送り届けた後、 「走りに行くか?」 「……うん」 綾一は、貴治のその言葉に素直に甘えた。 竜樹と和也がどうなったのかはわからないが、じっと一人で部屋にいるよりは気が紛れるように思えた。 初めての恋が終わった。 伝える前から終わりのわかっていた恋だが…。 初めての失恋は、大好きな兄の恋の成就と同時に訪れた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |