小説
半獣半神 其の八
半獣半神
其の八 半神の帰還
血と砂ぼこりに塗れ、ネイルは荒野に倒れていた。
ドラゴンボールを狙い、この星を来襲してきたあの異星人―――フリーザの力は、これまでの連中の戦闘力を、遥かに凌駕していた。
それでもナメック星最強の戦士として――たとえそれが己の命を捨て駒とした戦いであっても――ネイルは勝ち目のない戦いを、戦った。そうして、負けた。己の命の灯が徐々に、だが確実に消えてゆくのを、ネイルはなす術もなく実感していた。もはや動かすことのままならぬ四肢を、地に投げ出しながら。
だがネイルの心を充たしていたのは、喜びと安堵だった。
『オレ…は必ず………この、星に戻っ…てくる。そしてキサマ…と出会う……かなら…ず。
』
『………生きていろ……よ、ネイル………』
想い人の最期の言葉が、ネイルの脳裏をよぎっていた。
他人が見たなら狂気の沙汰と思うかも知れないが、この言葉をネイルは信じ続けていた。
想い人をこの手で殺めてからは、凍てついて閉ざされ、ともすれば自暴自棄に、否いっそ狂気にさえ奔りかねなかったネイルの心を支えてくれた、他ならぬこの言葉を。
ネイルは信じて疑わなかった。―――この星での使命を果たし終えた己に、ピッコロは必ず会いに来てくれるのだと、そう。
……生温かい塊が、胸元をせり上がってきた。ネイルはそれを吐きだした。血の塊だった。
少し遅いと、ネイルは思った。この体はもう、そう長くは保たない。再会が間に合わなくなるとは思わないが、出会った時に満足に言葉さえ交わせないのは、それは嫌だ。
―――そう思った矢先だった。
純白のマントが、目に焼きついた。黒衣をまとった、あの懐かしい長身の人影が、己の傍らに降り立った。
「死にかけだな……」
出会いのあの日と同じ言葉を、同じ声が呟いた。
「じ…時間がない……。わ…わたしはじきに死んでしまう…。
は…はやく、わ…わたしのカラダに手をおけ…」
残された力を振り絞り、ネイルはそう言った。
様子を見る限り、ピッコロに嘗て己と過ごした時の記憶はないようだった。
だがそれでもいい。否いっそその方がいいと、ネイルは思った。今まさに闘いに臨もうとしているピッコロの心に、余計な戸惑いと―――傷を与える必要はない。
今の己がなすべき事は、ピッコロが生き延びるための力を与えること。
そして今己に許される願いは、ピッコロと同化し、意識のみの存在となってその内部で生きてゆくこと。
それだけだった。
……ネイルの言葉に、ピッコロは従おうとした。ネイルの手首に触れかけた指先はだが、途中で止まった。
「…ま、待て」
訝しげな眼差しを、ネイルはピッコロに向けた。
「なん……だ」
「まだきさまの名前を聞いていなかった」
「…………」
驚愕が喜びに変貌するのに、時間はかからなかった。
ネイルの顔に溢れた笑みをどう解したのか、
「か、勘違いするなよ!
名も知らんヤツが、オレの中に居座るのは不愉快だからな!」
ぶっきらぼうに言った。
―――変わらない。何もかもが。懐かしい。
ネイルは微笑した。もう一度。
「…ネイルだ」
万感の思いを込め、一語一句を噛みしめるように言った。
「……そうか」
ピッコロがうなずいた。
光の波動と衝撃がピッコロの全身を襲ったのは、次の瞬間だった。
「…………!!!」
それもほんの一瞬のことで、気付けば眼前に相手の姿はなかった。
荒野に残されたピッコロの心にはだが、不思議な想いが兆していた。―――己の身に充ちる、果てない力。それはいい。
だが、この感情は―――。
最も大切なものを得たようでいながら、最も大切なものを失ったような。
この想いは………?
想いをふりもぎるようにして、ピッコロは大地を蹴った。そのまま上空へと飛び、闘いの場に向かう。
生まれる前に過ごした大地の風が、その白いマントをはためかせた。
おわり。
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