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小説
半獣半神 其の六
半獣半神

其の六 破局

傍らで眠るピッコロを起こさぬよう、ネイルはそっと身を起こした。仄青い闇の中、手探りで衣服を探し、身づくろいをした。
「……どこへ行く気だ?」
 やにわに背後から声がかかった。覚えず振り返ると、半身を起こしたピッコロが、闇よりも深い黒い双眸を、ネイルに向けていた。
「…起こしてしまったか。すまない」
「そんなことはどうでもいい。
 どこへ行く気だ?」
「村へな」
「なに…?」
 訝しげな面持ちのピッコロに、ネイルは穏やかに続けた。
「長老のマイマ様や副長老のメマ様には、幼い頃から随分と目をかけていただいたのでな。おまえとの暮らしを始める前に、今のわたしの決意を、申し上げておきたいんだ」
「何故そんなことをするんだ?
お前を忌人さながらに扱った連中だろう。キサマのその行為は無意味なものだと、オレには思われてならん…」
ネイルは小さく笑った。
「マイマ様やメマ様が、今のわたしに失望し、忌避していらっしゃるのはよくわかっている。だがお二方や村の連中との別離が、曖昧な形であってはいけないと思うんだ。
 ……それに、デンデにも別れを告げておきたい」
「…デンデ?」
「わたしがとりわけ可愛がっている、まだ幼い同胞だ。謹慎中のわたしに、随分とよくしてくれもした」
「…フン」
 半分納得、半分理解不能といった面持ちでピッコロはネイルを見つめていたが、ややあって、首筋に手をあてがった。
「デンデとやらは別にして。
 キサマがその長老たちのような……情けをかける必要のない相手に情けをかけ、実を以て接する価値のない相手に実を以て接する癖は、優しさというよりは、優しさ故の弱さだな」
 ネイルは苦笑した。
「…かも知れん」
「とにかく、さっさと行ってさっさと戻って来ることだな」
「そうする」
 ネイルは言い、ピッコロのむき出しの背に、白いマントをはおらせた。それから相手の秀でた額に軽く唇をつけると、部屋を出た。
 
 ネイルは一つだけ、ピッコロに隠し事をしていた。
 村へ戻るもう一つの目的を、言わずにいたのだ。アジッサの苗木が一株、ネイルは欲しかったのだ。
 いつぞやの会話、日記から知れたように、忌人として育ったピッコロは、ナメック星人にとってはもっとも馴染み深い植物である、アジッサを知らない。ばかりでなく、それを見ることを望んでもいる。
 それ故ネイルは、ピッコロの為にアジッサの苗木を持ち帰ってやろうと思ったのだ。呪詛と汚泥に充ちた、だがこれからは二人だけの住まいとなるであろうこの土地に、アジッサを咲かせたいと思ったのだ。
 
 ……村へと足を踏み入れたネイルを、同胞たちは、まるで忌人そのものをそこに見るかのような眼差しで見た。
 唯一屈託のない態度で接してくれたのは、幼いデンデだけだった。
「お帰りなさい、ネイルさん!」
「…ああ」
 デンデは少しく声を低くした。
「またピッコロさん…っていう人と、会ってきたんですか」
「そんなところだ」
「ネイルさんは本当に、ピッコロさんが好きなんですね」
「ああ。
 ………デンデ」
「?なんですかネイルさん」
「元気でいろよ」
「……ネイルさん……?」
 困惑しきった面持ちのデンデを残し、ネイルはもう振り返ることなく、長老マイマの館へ向かった。

 乞われもせぬのに自らの館を訪なったネイルを、マイマ長老は侮蔑と嫌悪の眼差しで迎えた。
「……ネイル。
 お前はまた、忌人の地へと出向いたな。ばかりではない、我らが種には禁じられておる関係を、忌人と結んだな」
「はい」
 マイマ長老は、絶望的な仕草で頭を振った。
「お前の浅ましい行状には、ほとほと愛想が尽きた。
 お前が幼い頃から、その聡明な資質、卓越した力を愛で、わしはお前を信頼してきたというのに……。その結果が、これか。
 ネイル、お前は我々同胞の面汚しだ」
「申し訳ございません。
 ですが、わたしの行状が長老様を苦しめることは、もはやありますまい」
「ネイル…?」
「わたしはこの村を出、長老様や同胞たちが忌人と呼ぶ者―――ピッコロと共に、生きてゆくことを決めたのです。
 今のたび、不躾な訪問をいたしましたのは、その由と別離の挨拶を、長老様に申し上げるため―――」
「狂ったか、ネイル?!」
「いいえ」
 ネイルは言い、周章する相手を真っ直ぐに見つめた。
「わたしの行状が同胞たちの掟に背くものだということは、重々わかっております。
 ですが、その行状故に同胞たちに蔑まれ、見放されようとも、わたしにはピッコロへの思いを断ち切ることは叶わないのです。未だ嘗て、いかなる同胞に対しても抱いたことのない思いを、わたしはピッコロに抱いております。わたしのただ一つの、そして一番の望みは、ピッコロと共にあること、それだけです。
 幾度も、幾たりも己の心に問いかけ、導いた答えです。誰が何と言おうと、翻意はいたしません」
「……ネイル…お、お前は………!」
「長老様、最長老様のお気持ちを裏切ってしまうことは、わたしにとって心苦しいことです。
 ですが何度考えても、わたしにはこの道しか選ぶことは出来ないのです。
 どうかお許しください。
 そしてこの愚かな、不肖の同胞のことは、一刻も早くお忘れになってください」
 言い、ネイルは深々と頭をさげた。
「―――それは、許されぬ」
 予想外の言葉に、ネイルは覚えず顔を上げた。
「なぜです?
 ピッコロへの思いを断ち切ることが出来ぬわたしが、これ以上村にとどまることは、誰の為にもなりますまい」
「…確かに」
 長老は苦しげに言い、額を拭った。
「お前の行状はもはや、同胞の誰からも容認されぬ、汚らわしいものだ。お前の存在はもはや、忌人と同様だ。
 だがお前のその力―――戦闘タイプとして生まれついたお前のその、卓越した闘いの力は、戦う力を持たぬ、我々ナメック星人には不可欠なものなのだ」
 ……ほおを力任せに打たれたと思った。
 が、次の瞬間、それが本音かと思った。―――それが本音なのか。あなたがたはわたしの人格を愛で、信頼を置いてくれたのではなく、只わたしの力だけを必要としていたのか。わたしが「同胞」と、信じて疑わなかった者たちの本音は、それか。こんな「同胞」たちの為に、わたしは命を賭して、望まぬ戦いを続けてきたのか。
「……ご自身が今仰った言葉を、もう一度思い返してみられるがよろしい」
 怒りを抑え込み、ために震えを帯びた声で、ネイルは言った。
「本当に浅ましいものは、わたしの行状か、それともあなたたちの心根であるのか、すぐに知れましょうから」
「口をつつしめ、ネイル!!」
「わたしは村を出ます。もうお目にかかることはありますまい」
「ならん!!
 誰か、そいつを、ネイルを取り押さえろ!!」
 その言葉が発せられるのとほぼ同時に、長老の傍らに伺候していた若い同胞が数人、ネイルを押さえにかかった。その中には嘗て、ネイルと懇意だった、同年代の同胞も交じっていた。
「放せ!!放してくれ!」
「長老様の命令だ、それは叶わん」
 怒りを抑えた、冷ややかな声が返った。
 ネイルは途方に暮れた。己の力を以てすれば、今自分の身を押さえつけている連中を瞬時にはねのけることは、わけなく出来た。だが、嫌悪と侮蔑の眼差しを投げつけられているとはいえ、嘗ての同胞たちをいたずらに傷つけることは、ネイルの本意ではなかった。
 抵抗らしい抵抗も出来ぬうち、床にねじ伏せられてしまったネイルに、長老の無慈悲な一言がかかった。
「当分の間身動きが叶わぬよう、手足を折ってしまえ。
 そのままそいつを家に閉じ込めておいたなら、頭に上った血も、やがては下りるだろう」
「…………!!」
 ―――ピッコロに会えなくなる。
 そう思ったネイルは、必死で身を振りほどこうとした。だが一度奪われた手足の自由は、そうたやすく戻せるものではない。嘗ての同胞たちの手が、己の利き腕を不自然な角度に折り曲げようとするのを、ネイルは感じ―――。
 轟音とともに、館の壁が崩れたのはその時だった。
「ネイル!!」
 ネイルがそれを聞くことを切望した、想い人の声が響いた。立ち込める土埃の中、翻る純白のマントを、ネイルは認めた。
「なんたることだ……。汚らわしい忌人が村に足を踏み入れるなど……。
 そいつを叩き出せ!!」
 長老が悲痛ともいえる叫びを発すると同時に、若いナメック星人らはピッコロに攻撃をしかけた。力任せに打ちかかる者もいれば、エネルギー波を放つ者もいた。……いわゆる不幸中の幸いというやつだろう、ネイルの身はそのおかげで、ようやっと解放された。
 ピッコロはだが、己に仕掛けられた攻撃を即座に一蹴した。片腕は拳を難なく受け止め、襲撃者の体を床に叩きつけた。もう一方の腕はエネルギー波を無造作にはらいのけた。
「くっ………」
 ナメック星人らの顔に浮かぶ焦燥の色が濃くなってゆくのに頓着せず、ピッコロは淡々と、ネイルに言葉をかけた。
「キサマの気が敵意に充ちた気に囲まれていたので、慌ててやって来たんだが…。
どうやら事なきを得たようだな、ネイル」
「ああ……。すまない」
「だからオレはキサマの行為が無意味だと言ったんだ。
 キサマを忌避しているくせに、キサマの力だけは利用しようとする……こんな連中の何処に、実を以て接する価値があるんだ?」
「……………」
「く、くそ…」
 嘗て同年代の同胞の中では、ネイルと最も懇意だった、ガルゼという若者がようよう立ち上がったのは、その時だった。
「忌人の分際で、言わせておけば!!」
 そのままピッコロに攻撃を仕掛けようとするガルゼを、ネイルは必死で止めにかかった。
「止めろガルゼ!!これ以上、無意味な戦いは止せ!!」
「放せ!!ナメック星人の面汚しが!!」
「―――ッ!」
 ガルゼの拳をまともに顔面に受け、ネイルはよろめいた。
「―――ネイル!!
……よくもネイルを。お前は殺す」
「フン、忌人が何を―――」
 ガルゼの言葉はそこで途切れた。一瞬で相手の間合いに飛び込んだピッコロは、その長身を軽々と操ると、地に片膝をついた。そのまますくい上げるように、手刀をガルゼの首に叩きこんだ。
 ……首が胴を離れ、床に転がった。思い出したように、切断面から血が噴き出した。
「ピッコロ!!おまえはなんてことを―――」
「…オレは何か間違ったことをしたか?」
 刺すような視線に射すくめられ、ネイルは言葉を失った。想い人に恐怖を抱いたのは、これが初めてだった。
「こいつは何の非もないキサマを、無意味に傷つけた。だから殺してやった。そこに何か問題があ―――」
 言葉はそこで、獣じみた呻きに変わった。両手でその双眸を抑えながら、ピッコロはただ呻いていた。
「―――ッあ、熱いッ!!目が抉られるっ!!くそっ、目が……あ、頭が割れ………」
「―――ピッコロ!!」
「く、来るなネイル……だ、誰もオレに触れるな……ッ!」
 その只ならぬ苦悶と切望の叫びに、ネイルは動きを止めた。居合わせたナメック星人らも同様であった。
「―――ア……ああ。は……今のは……オレは………」
 ややあって――ネイルには数時間にも感じられたが――肩で息をしながら、ピッコロは両目を覆っていた手を下した。
「……………!!」
ネイルは絶句した。
ネイルが馴染んだ、あの愛しい闇色の双眸はそこにはなく、毒々しい真紅の双眸が辺りを見つめていた。―――あの魁偉なナトス神の神像の目を、ネイルは想起した。
「オレは―――オレはどうなったんだ?
 オレの中になにか―――得体の知れないオレがいる。そしてオレはそいつを抑えられな―――」
「目だ、ピッコロ」
 ネイルは叫んだ。
「―――目?」
「今のおまえの目は闇色じゃない。禍々しい真紅をしている」
「なぜ……オレ、が…。
 ぐっ……う……あァ……」
「ピッコロ」
「寄るな!!」
 駆け寄ろうとしたネイルを、ピッコロは血を吐くような叫びで制した。
「誰も今のオレに近づくなっ……!!
 ネイル、たとえオレに触れるのがキサマであっても、オレはキサマを殺してしまいそうだ……ッ」
「…………!!」
 絶句したネイルをよそに、ピッコロは殆どよろめくようにして、館を出て行った。
 その姿が上空の黒い一点になるまで、ネイルは呆然とその場に立ち尽くしていた。
 オシマイダ。―――そんな言葉が、その言葉だけが脳裏をよぎった。
 ―――おしまいだ。もう取り返しがつかない。もうおしまいだ………。
「…ネイル」
 いくらかかすれてはいたが、冷ややかなマイマ長老の声が、ネイルを重苦しい現実に連れ戻した。
「見ただろう。
 お前が情愛を手向けたものの、真の姿を…」
 ネイルは黙していた。ガルゼの首が視界の隅をかすめた。
「ネイル」
 マイマ長老が言葉を続ける。
「は…」
「今からわしは六人の長老とともに、最長老様の許へ赴き、今後の措置と、お前に下す裁きを論じる。
 それが決まるまで、お前は村を離れることはおろか、家から一歩たりとも出ることはならん」
 ネイルはうなずいた。
 
 つづく。


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