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小説
半獣半神 其の一
半獣半神

  其の一 死にゆく者と忌まれし者

 人生最大の不覚だったと、薄れゆく意識、それに伴い弱まりゆく苦痛の中で、ネイルは思った。
 ネイルの住まうナメック星には、それを七つ集めた者の許には夢の神ポルンガが出現し、その者の願いを叶えてくれるという奇跡の宝玉―――ドラゴンボールがある。
 この宝玉の存在を知るのは、ナメック星の住人以外にない筈だが、時折何処でどのようにしてこの情報を仕入れたものやら。己が野心の実現の為にこのドラゴンボールを利用すべく、他の惑星から不穏な来訪者がやって来ることがある。
 そして、現在のナメック星において唯一の戦闘タイプナメック星人であるネイルには、そうした不穏な輩を排除するという命が、最長老により下されていた。
 ―――のだったが……………。
 今日己を襲った三人の侵略者たちの力は、ナメック星の最強戦士であるネイルの力に、ほぼ拮抗していた。
 激闘の末、どうにか三人を倒したものの、ネイル自身も相当の深手を負った。このままでは―――同胞(はらから)たちの集落から遠く離れた、細長い岩、奇妙な色合いの、これまたひょろ長い苔の林立する荒野で、無様に横たわったなりでは、死が己を訪なうことは確実だった。
 同胞への情誼に厚く、気を感じることに敏い仲間たちが、誰一人として姿を現さないところを見ると、己の気はいよいよ微弱な、死にゆく者のそれになっているのかと、ネイルは思った。己の生みの親である最長老、兄のように己を慕う幼い同胞・デンデの面影が脳裏をよぎり―――。

「……………!」
 薄れゆく視界が一個の人影をとらえたのは、まさにその時だった。
 ナメック星人の特徴である二本の触角を隠すかのように、頭部に巻かれたターバン。その長身の背丈の、足首までを覆う白いマント。漆黒の上着とズボン。真紅の帯―――そのような出で立ちをした人影の主(あるじ)の顔は、ネイルに酷似していた。先端の尖った大きな耳。すらりと通った鼻筋。きりりと引き結ばれた唇。彫りが深く、端正な、どこか克己的な印象を与えるその顔は。
 ………否。
 似てはいる。似てはいるが、酷似という程のものではない。自分の眼差しはあのような冷ややかさ、そしてあのような陰鬱さを宿したことはない。あの陰鬱さを双眸に宿しうるのは、人生のごく早い段階で、見てはならぬものを見、耐え難い辛苦に耐えざるを得なかった者だけだ………。
薄れつつも、奇妙に研ぎ澄まされた感覚で、ネイルはそう思い直した。
 そんなネイルの胸中など知る由もない相手は、
「死にかけだな……」
 低い、絞り出すような声音だった。奇妙に魅惑的な声音でもあった。
 冷ややかではあるが、この場合実に正鵠を得た言葉だと、ネイルは内心の苦笑を禁じ得なかった。
「どうやら話すこともままならんようだな」
 言い、相手はネイルの傍らに片膝をついた。そのままネイルの手首をつかむ。白光と温もりがネイルの身に流れ込み、苦痛が和らいだのはそれとほぼ同時だった。
「…………?」
「オレに相手の傷を癒す力はないが、気を少し分けてやった。どこのどいつかは知らんが、キサマほどの手練れなら、もう少しすれば動けるようになるだろう」
「……あり………がたい…」
「ほう…。もう喋れるのか。ならばオレはもう行くぞ。
 オレは他者とはあまり関わらんことにしているんだ」
 言い、相手は踵を返しかけた。その時だ。
 ―――ををう。うをををん………。
 そう遠くはない場所から、獣じみた咆哮が聞こえた。巨竜だ。その性は獰猛で、家一個分ほどの丈がある。ナメック星人の村落を襲い、大切なアジッサの苗木を荒らしてゆくこともしばしばだ。
「巨竜か………」
 相手は忌々しげな舌打ちをし、
「キサマまだ、あいつとまともに渡り合える程に、回復はしていないな。
 ………オレもヤキが回ったもんだぜ…」
 言い、ネイルの片腕――よりにもよってひどい裂傷を負わされた方の――を鷲掴みにすると、その身をいとも軽々、背にかつぎ上げた。
 傍から見れば様になっている…と言えなくもない光景かも知れないが、ネイルにとってはたまったものではなかった。覚えず呻いた。
「四の五のぬかすな。ガキかキサマは。今度弱音を吐きやがったら、首の骨をへし折るぞ」
 その毒舌の響きが消えやらぬうち、ネイルの意識は途切れた。

 …焚火のはぜる音で目が覚めた。
 ごつごつした黒い岩からなる天井が目に入った。場所は何処かの洞穴と思しい。体には、見覚えのある白いマントがかけられていた。あのナメック星人のものだと、すぐに気付いた。
 マントの主はどうしただろうと視線を動かすと、焚火の向こうに胡坐し、腕組みをしている本人と目が合った。
「目が覚めたようだな」
「おまえが運んできてくれたのか」
「他に誰がいる。
 そんなことより、傷はもういいのか」
 マントの下で軽く身じろぎをした。痛みは大分ひいていた。この分ならもう少し休めば、村へ帰れそうだ。
 そのことを告げると、相手は小さくうなずいた。
「そうか。
 それならオレがここにいる必要はもうないな」
「ま、待て」
 立ち上がろうとする相手を制するため、半身を起こした。その拍子に全身に痛みが走り、思わず呻いた。
「間抜けなヤツだな。
 この上オレに何の用だ」
「これをおまえに返さなければ……」
 言い、マントを差し出した。
「大切なものなんだろう」
「別に大切ではない。オレに大切なものなど何もない。
 が、忌人(いみびと)のものを持っていたのでは、キサマも何かと具合が悪いだろうからな」
 ネイルがその言葉の意味を解さぬうち、相手はマントをひったくるようにして受け取った。手早くマントを身につけ、さっさと立ち上がる。
「………?」
 が、相手が立ち上がったその時、マントの裾の部分が無造作に破かれているのを、ネイルは見てとった。
 そして裾の切れ端は、思いがけぬ程近くで見つかった。先刻、鷲掴みにされた腕の傷に、不器用に巻きつけられている。
 ネイルの視線から思いを察したのだろう、
「オ、オレが情けをかけたなどと、勘違いするなよ。
 キサマをここへ運び込む時、傷口を力任せに掴んでいたことに気付いてな。その詫びだ」
 ぶっきらぼうに言った。そのほおが心なしか紅潮している。ネイルは覚えずほおを緩めた。
「何がおかしい!オレは今度こそ、もう行くからな」
 そう言い放ち、踵を返しかけた相手に、
「…おまえ、名はなんというんだ」
 ネイルは問うた。
 相手の歩みが止まった。
「…妙なことを聞くヤツだ」
「わたしはおまえに恩を受けた。受けた恩は必ず返すのが、わたしたちナメック星人の礼儀だ。そのためにもおまえの名を知っておきたい」
「…くだらん」
「わたしの名はネイルだ」
 相手は振り返った。深い闇色の瞳に宿る陰鬱な色合いが、その濃さを増していた。
「…オレに名などない」
「無い筈はないだろう。わたしたちナメック星人は生まれ落ちた時、最長老様から名をいただき、七人の長老様たちから言祝ぎを受ける」
「…ないものはない。それにオレは言祝ぎを受けたこともない。
 ……フン、妙な顔をしているな。ならば教えてやろう。オレは『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』の住人(すみびと)だ」
 ………驚愕と戦慄が表に出るのを、ネイルは抑えかねた。
 そんなネイルを、相手はじっと見据えていた。冷酷さと侮蔑、恨みと、そうして寂しさの入り混じった眼差しだった。
「…フン」
 ややあって、再び踵を返しかけた相手を、ネイルは呼びとめた。
「わたしの名はネイルだ」
 その声はあくまで落ち着いた、穏やかな、常の彼の声音だった。
「それはさっき聞いた」
「わたしはおまえに恩を受けた。その恩を、わたしはいつか必ず、おまえに返したい。だから名を教えてほしい」
 相手が振り返った。奇妙な、未知の生き物を見る眼差しをネイルに向けてきた。それから自身が、奇妙な表情を浮かべた。笑みかけたような、泣き出す寸前のような、あるいはその両方が入り混じったような。
ややあって乱暴な足取りでネイルの傍らに歩み寄って来、乱暴な仕草でその場に腰を下ろした。心なしか、その頬が赤い。
「ならオレのことはピッコロと呼べ」
「…なぜだ」
「オレに一番馴染みのある言葉だからだ。これは『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』の扉を開閉させる呪文だ」
「そうか」
「…そうだ」
 言い、相手―――ピッコロはマントを無造作に脱ぎ捨てた。そのままそれを、ネイルに放り投げる。
「キサマまだ、体力が十分に回復していないんだろう。
 さっきの巨竜がここを見つけんとも限らんからな。村に帰れるようになるまで、オレがここにいてやる。少し寝ていろ」
 口ぶりは相変わらずぶっきらぼうで、視線をネイルと合わせようとさえしないが、そのほおはいよいよ赤い。
 ネイルが小さく吹き出したのに気付いたのだろう、
「寝ろ!!これ以上グダグダぬかしたなら、オレ様が力づくで寝かせてやるからな」
 幸いにしてその必要はなかった。照れくささを露呈したせいで、初対面の時よりよほど幼く見えるピッコロの顔を見るうち、ネイルは眠りに落ちた。

 どれほど眠ったものか。目が覚めた。
 傷が殆ど癒えたことは、見ずともわかった。
 常の落ち着いた、だが寸分の隙もない仕草で、ネイルは身を起こした。再び礼を言いつつ、ピッコロにマントを返した。
 そのピッコロだが、ネイルとは対照的に落ち着きがなかった。どころか不機嫌そうにさえ見えた。形のいい唇をへの字に歪め、視線はネイルを見据えるかと思えば、洞窟の天井、はたまた出入り口に向いたり。
 訝しげな面持ちのネイルに、殊更傲岸さを装った声がかかった。
「おい!」
「…なんだ」
「キサマさっき、オレに受けた恩はいつか必ず返すと言ったな」
「…言った」
「なら明日返せ」
「……どういうことだ?」
「明日、三つ目の太陽が昇る頃、ここに来い。オレもここに来る。キサマと話がしたい。
 そうすれば恩は返してもらったことにしてやる」
「…なぜだ」
「四の五の言わずにオレの言う通りにしろ!!」
 と怒鳴るや否や、ネイルに背を向けた。
 腹立ちを通り越したネイルが、常ならぬ唖然とした顔つきをしていると、
「………が初めてだからな」
「…なに?」
「オレを忌人だと知ってもなお、マトモに話をしてくれたのはキサマが初めてだからな。
 だからオレはキサマと話がしたいんだ。……これで得心がいったか?!」
 横柄に言い放ったピッコロの、そのほおが赤く染まっているのを、ネイルはしっかり見て取った。覚えず吹き出した。
「なにがおかしい!!」
「随分と安い恩返しだ。
 それなら明日だけじゃなく、明後日も、その次の日も、三つ目の太陽が昇る頃にここに来る。これから毎日、お前と話をしにな」
「…ほんとうか」
「わたしは守れない約束はしない」
「……………」
 ピッコロは無言だった。
 こういう時、不用意に言葉をかけない方がいいことを、ネイルは知っていた。
 だから洞窟を出る際、すれ違い様、相手の背を軽く叩くだけにしておいた。
 ピッコロは不動のままだった。
 だが、
「…楽しみにしている」
 背後から聞こえた小さな、小さなその呟きは確かに、ネイルの耳に届いた。

  つづく。


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